ディーゼル車と環境保護を考える

 私は、昨年9月までディーゼルエンジンの乗用車に乗っていました。少々音が大きいのを我慢すれば、燃費は抜群、力もあり、年に3万キロは走る私にとって、欠かせない車でした。

 その我が愛車が、調子を壊し、14万キロの寿命を果たしたとき、妻が思わぬ提案をしました。

 「環境を守るためにガソリン車にしましょう」と、

 やりくり上手の妻の言葉とは思えぬ意外な言葉でした。妻は、雑誌でディーゼルエンジンの排気ガスが、環境に大きな影響を与えていると言い出したのです。


 現在、大気汚染の主要な原因物質とされているのは窒素酸化物(NOX)と浮遊粒子状物質(SPM)の二種類である。特にSPMの一種でディーゼル車の排気ガス中に含まれる微粒子(DEP)は、発ガン性やアレルギー性鼻炎の原因物質であることが確認されているという。(下記に掲載した新聞記事参照

 更に昨年11月に発表された、つくば市の環境庁国立環境研究所大気影響評価研究チーム(代表・嵯恋井勝総合研究官)の、「DEPが動物実験でぜんそくの一因となる」とする一連の研究成果は、医学界に大きな反響を呼んだ。

 DEPとはディーゼルエンジンの不完全燃焼で生じる黒煙に含まれる浮遊粒子状物質のひとつ。ディーゼルガソリン車の黒煙の量はガソリン車の30〜100倍に及ぶ。

 排気ガスはガス状成分と粒子状成分に分類され、ガス成分としては窒素酸化物、硫黄酸化物があり、DEPは粒子成分で直径2ミクロン以下の極微粒子を指す。

 ガス成分と異なり粒子は肺細胸内へ長い時間を掛け徐々に沈着するため、慢性疾恵、特に肺の発がん作用が指摘されている。

 財団法人結核予防会結核研究所の調べでは、ディーゼル機関車運転手の退職後の肺がん発生率は一般の1〜4倍に達するという。

 大気汚染の主因はディーゼル排気ガスと考えられ、都市部の「かすみ」の正体でもある。DEPの中にはさらに2000種の化学物質が含まれる。DEPは都市部でのSPMのうち圧倒的な比重を占めている。

 平成7年の11月、国立環境研究所大気影響評価チームは、ディーゼル排気微粒子が人間のぜんそくの原因の一つであることをマウスで明らかにした実験結果を発表した。

 実験では、通常の生活で吸入する程度の排気ガスから出るDEPの直接投与をマウスに行い、さらにアレルギーを起こす物質(抗原)を同時に投与した。すると、少量短期間で、血管透過性の昂進、粘液の過剰分泌、気管支粘膜下の炎症、気道過敏性の昂進といった慢性の気管支ぜんそくの基本的な病態全てが顕著に現れた。

これまで、有害な大気汚染物質を実験的に研究し因果関係を証明したものはなかった。ぜんそくがDEPにより発現される相関が明らかにされたとして大きな関心を呼んだ。

 同研先チームでは「人間がハウスダストなどと一緒にDEPを吸うと喘息の病態は確実に起こる。逆にいうと空気中にDEPがなければ、喘息はおきないのではないか」と指摘する。

 研究は今も各分野から高い関心を集めている。問い合わせ相次ぎ、一般の人からは「もっと詳しく知りたい」、あるいは「数年前に幹線道路沿いに引っ越した。しばらくしてから咳などぜんそく症状が現れて困っている」と相談を持ち込まれるといったケースが多い。

 また、住民がせんそくに陥ったのは幹線道路からの自動車排気ガスによるものとして、国と首都高速道路公団を相手に損害賠償を求めている「川崎公害訴訟」(原告128人)控訴審で、同チームの総合研究官が原告側の証人として出廷、証拠として因果関係の科学的根拠となる証言を提出した。この裁判で因果関係が認められるならば、今後の自動車公害への司法判断に大きな影響を与えることになる、というのが原告側弁護団の見方だ。

 同チームは今後、人体の健康に及ぼすリスク評価を疫学的な調査を踏まえながら行っていくという。「DEP=ぜんそく」の相関を明らかにするためDEPの測定用機械の開発をメーカーとの協力体制の下で進めている。またディーゼル排気ガス(DE)を直接吸わせる実験も継続している。現時点でアレルゲンとの併用投与で既に病態は発現している。これらの成果は秋の大気環境学会で再び発表されることになっている。

 研究官のひとりは次のように強調する。「ディーゼル車は環境を激しく汚染するものです。環境に負荷を与える生活はやめるべきです。被害を受ける立場に立つなら、DEPが男性の精子の運動量を低下させるという報告もあります。それは子孫の問題にまでかかわってきます。ディーゼル排気ガスをなるべく出さない生活を選択する努力が求められています」と。


 以上は、新茨城新聞の記事を中心にディーゼルエンジン排気ガスと環境汚染との相関をまとめたものである。ここまで、具体的な資料を提示され、そのまま黒い煙を吐き続ける車に乗ることもできない。

 そんなわけで、五台続いた我がディーゼル乗用車の歴史は閉じられ、ガソリン車がやってきたのです。

 蛇足ながら一言付け加えると、自然を愛すると自他共に認める方々が、大型の4輪駆動車(いわゆるRV車)にのって、町中を闊歩され、林道を砂煙を上げ疾走し、砂浜を我が物顔に走り回っている。

 自然を守る、環境を守ると言うことを真剣に考えると、RV全盛の今のブームが不自然に思えてならない。皆さまのお考えをいかがであろうか。


待たれるディーゼルエンジンの排気浄化装置

 同じくつくば市の財団法人日本自動車研究所が開発した、DEPを九割除去する「ディーゼル排気浄化装置」が今、注目されている。

 つくば市苅間の財団法人日本自動車研究所は8年前から三菱、いすず、日産ディーゼル、日野の四つの大手ディーゼルエンジン会社とともにディーゼル排気ガス除去装置の開発を行ってきたが、DEPの排出を90%以上抑えるという画期的な排気浄化装置「ディーゼルパティキュレートフィルター」装置(DPF)を3年前に試作した。

 同装置はマフラー部分に取り付ける。ミカン箱程度の大きさで重量20〜30s。数ミクロンの貫通孔が無数に空いている耐熱性の高いセラミック製(コーディェライト)のフィルターで濾過する。現行の装置の価格は装置自体は250万円、改造費用が200万円程度とかなり高い。

 昨年4月から神奈川県横浜市交通局の市営バスと東京都交通局の都バスがそれぞれ2台ずつに搭載して実験走行させていたが、横浜市では今年度30台分を新たに導入することを決めている。(下記掲載新聞記事参照

 同研究所須藤英夫主任研究員は浄化装置について、「精度は高く、特徴的な黒煙は全く出ない上に、走行には問題はありません。残念ながらまだ試作段階で、実用に至るまでにはあと2〜3年は最低必要になるのではないでしょうか」と話している。

 燃料費が安価で税金も低い割に馬力があるディーゼル車は運輸業、バスといった商業車に多い。最近ではRV車など一般の乗用車でも一割強がディーゼル車で、さらに増加している状況にある。ディーゼル排気微粒子問題は生活に直接かかわっている。須藤主任研究員は排気浄化装置について、「メンテナンスが重要となる性格の装置です。やはり一般の人たちがディーゼル排気微粒子についてどう考えるかがか重要です」と語っている。

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排ガス対策、多角的視点で ディーゼルに肺がんの原因物質

94.05.13 読売朝刊

 ディーゼル排気に含まれる微粒子「DEP」が、ぜんそくばかりでなく肺がんの原因にもなっていることが科学的に裏付けられ、環境庁は健康被害の元凶、DEP対策に本格的に取り組むことになった。(科学部 小出 重幸)

 DEPは、ディーゼル排気微粒子(Diesel Ex‐haust Particles)の略語。

 厚生省の調べによると、19670年に人口十万人当たり10.2人だった国内の肺がんの死亡者は、92年には3倍(32.5人)に急増した。この間、ディーゼル車の台数も240万台(78年)から1050万台(93年)へと、4倍以上に増えている。

 排ガス汚染と健康の研究を続ける岩井和郎・結核研究所顧問は、「両者を直接結びつける証拠はないが、動物実験から試算した結果では、日本人の肺がんの5〜7%はDEPが原因と推計され、首都圏など都市部ではそのリスクは2〜3倍になる」と警告している。

 酸素は、生命エネルギーを支える一方、反応性に富む「活性酸素」の状態では、遺伝子を攻撃する物質(ヒドロキシラジカル)を生み、がん細胞や組織の炎症を作り出す。DEPが大量に作り出す活性酸素が、肺がんの原因と突き止めた国立環境研究所などの研究結果は、この警告を補強する意味を持つ。

 しかし、これまでの排ガス対策行政は、酸性雨の原因にもなる窒素酸化物(NOx)を中心に進められてきた。環境庁は一昨年制定の自動車NOx総量規制法に基づき、総排出量抑制と個々の車両規制の両面で、6年後に9割の地域でNOxの環境基準を達成する計画だ。

 NOxの監視体制が確立している反面、DEPは「浮遊粒子状物質(SPM)」として、ホコリや黄砂といっしょに、十把ひとからげに測定されてきた。このため単独の汚染実態も未解明のまま。

 「健康への影響はDEPの方が深刻」という指摘はあったものの、実証する研究が少なかったことが対策の遅れを招いた。環境庁はようやく今年度から、大都市の汚染実態調査、走行と排出実態の把握、低減目標の設定など、総合的なDEP低減対策に乗り出す。

 一方、中央環境審議会も長期目標として、「99年までにディーゼル排気に含まれるDEP排出量を6割以上削減する」ことを、国に義務づけている。これを受け、メーカー各社はディーゼルエンジンの改良に取り組んでいる。

 しかし、NOx排出量を下げればDEPの排出量が増え、DEP排出量が減ればNOxが増えるという傾向があり、汚染の主役とされるトラック、バスなど、中、大型車エンジンのNOxとDEPを同時に低減する技術は、まだめどが立っていない。国は、DEP排出量が三十分の一以下のガソリン車、あるいは電気自動車など低公害車への転換を進めているが、こうした“対症療法”で事態は解決できるのだろうか。

 「沿道汚染」(光文社)の著者、前田和甫・帝京大医学部教授(公衆衛生学)は、「車社会の利害を、私たち一人ひとりが考え直す時期にきている。マイカーの使い方、流通システムの変革、都市構造まで視野に入れた多角的な取り組みがなければ、解決には近づかない」と指摘する。

 NOx、DEPばかりではない。地球温暖化の原因となる二酸化炭素は、15%余が自動車によって排出される。3月21日に発効した「気候変動枠組み条約」は、世界各国に二酸化炭素の排出削減を義務づけ、地球環境の面からも変革を迫る動きは進んでいる。

 DEP汚染が提起した問題は、もはや医学的な警告や運輸業界の規制という単純な視点では、車社会の矛盾は乗り越えられないことを示している。

横浜市バスに浄化装置 発がん性排気微粒子を9割除去

96.02.07 読売新聞

 自動車のディーゼルエンジンから排出され、発がん性が問題になっているディーゼル排気微粒子(DEP)を90%減らす排気浄化装置「ディーゼル・パティキュレート・フィルター装置」を、横浜市は、来年度から市営バスに搭載することを決めた。

同装置の本格導入は、全国の自治体でも初めて。新年度当初予算案に30台分、1億3500万円を計上する。

 装置はミカン箱程度の大きさで、重さ20〜30キロ。財団法人日本自動車研究所が、1988年から大手ディーゼルエンジンメーカー4社に依頼し、開発を進めてきた。どんな型のバスにでも搭載できる。

 横浜市は、昨年3月から東京都と開発に加わり、装置を搭載したバスを試験的に走らせてきた。同市は、1000台ある市営バスに順次搭載していく。

 DEPは、粒径1ミクロン以下の微粒子で、発がん性物質のベンツピレンやニトロピレンを含み大気汚染の新たな原因とされる。

 同市の担当者は「全国のバス運行事業の手本になればと考えた。需要が増えれば値段も下がり、導入しやすくなる」と期待している。