苦悩の罅 by oneeven


苦悩の罅
(〜くのうのひび〜 痕異伝3上)






その土地では、2人の人間が、同じ理由で苦しんでいた。



自分が、自分でなくなる恐怖に。
ヒトではなく、殺戮の本能を持つ別の生物に なる恐怖に。
毎夜迫り来る「それ」を、必死に退け続けた。

そのうちの一人、
体中から血を流し、打撲痕を作りながら必死に抵抗していた者、
実は名家の姪達を持ちながら、彼女達には自らの存在を知られておらず、
唯一親しかった隣人すら廃人となった為、実質天涯孤独な者、
毎朝独りで起き、その隣人の状態に涙していた者は、
・・・ついに変化してしまった。

ヒトではない存在、殺戮者、狩猟者、鬼・・・エルクゥに。

人としての彼には、悲しき「人生」が待っていた。










運命に従うのならば。




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深夜、隆山署屋上。






その一角が、ふと、陽炎のように揺らめいた。
と同時に、その場所から少し強い風が巻き起こる。

風が収まった時、そこには人影が一つ、存在していた。

辺りを見回し、

「・・・さあて、ここはいったいどこかいな〜?」

少し剽軽でおっちょこちょいの声が発せられた。

ズボンのポケットに手をつっこみ、猫背気味な姿勢で歩き出す。
歩調は、何だか浮き浮きしていた。


と、いきなり足が止まる。


「げ・・・ちょ、ちょっと、マジかよおい!わ、わ・・・」
自分の体を見下ろす。

・・・あせっている口調すら、どこか剽軽だった。
だが、本人にとって、事態は結構深刻らしい。
彼の体が、服ごとぼやけ出していた。

「わ、モレ・インターフィールドが・・・ あ、ナノ・・・」

言葉と同時に、彼の周りが霞(かす)んだ。何かとても細かいものが 彼の周りに広がっている。

「くそ、フィールドを縮めて・・・やべえな・・・
ええと反重力・・・どーやんだったっけ・・・
あ、あ、どわああぁぁぁ〜」

彼の声と体、そして「霞」が瞬時にかき消え・・・



屋上のコンクリートに染み込んだ












・・・・・・隆山署の屋上は、再び静寂を取り戻した。




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階下の喫煙室。




紫煙たなびくその部屋で夜間巡回に出かけようとしていた警官達数人は、 ふと、何かが猛スピードで上から下にすり抜けて行ったのを見た様な気が した。
それに、空気---部屋に充満する煙草の煙にも違和感を覚える。


・・・気のせいだろう。


そう、彼らは小さく呟いた。
すぐに、何も起こらなかったかのように、会話を再開する。


体中に煙をしみ込ませ、彼らは巡回へ向かった。
















警官達が巡回に出て行った後の部屋。

暫くして、今度は床からほこりの様なものがこんもりと盛り上がった。
盛り上がった「ほこり」の塊は、輪郭がはっきりしない。
「ほこり」は、行き倒れた人間の様な形をしていた。・・・と、それが 動き出す。

「手」をついて起きようとするのだが、「体重」をかけると崩れてしまう ので起きられない。暫くじたばたしていたが、ふと、ぴたっと動きを止め た。

「阿呆か、俺は。」
声がすると同時にいきなり体が鮮明になる。

先ほど屋上で喚いていた彼だ。
やっと手をついて立ち上がる。

「実体化すんのをすっかり忘れてた。やれやれ、 慣れん事するとすぐこれだ。つくづく俺って、能力低いのなー。
危うく『反対側』に足を突き出す所だったぜ・・・。」

ぶつぶつ言いながら部屋を見回す。
そして片手を伸ばし、ゆっくりと体を回した。

部屋中から、彼の手に向かって何か細かいものが突進した。
体を止め、開いた手を見る。
彼の手の周りには、「霞(かすみ)」が漂っていた。

「それにしても、よりによって、警察に来ちまうとはなぁ。
おまけにナノを少してーきょーしちゃったし。あー回収すんの めんどいなぁ。」
再び愚痴を言って、開いた手を閉じた。
同時に、「霞」が握られた手に染み込んで消える。

「ふう。さーて、これからどうしようかね・・・」

呟くと、つっ立った姿勢のまま彼の姿が壁に突進し、 消えた。





部屋の中には、紫煙だけが残った。




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翌日、再び夜半。









並木が続く通りで、悲鳴があがった。





悲鳴をあげた学生らしき者は、恐怖の為気絶した。
恐怖の元凶は、悲鳴を上げた存在を「狩ろう」と、自らの持つ凶器 ・・・鈎爪を振り上げた。


そこへ、警官が数人、偶然通りかかった。




再び上がる悲鳴。





恐怖の元凶・・・「狩猟者」は、動かない獲物よりも、悲鳴をあげる、 活発な獲物を選んだ。


パン、パン・・・。


日本警察制式拳銃ニューナンブが火を噴く。


しかしその持ち主は、前より更に恐怖に彩られた悲鳴をあげる事となった。






「おーい、どうしたんだぁ?」
悲鳴と銃声を聞きつけたらしく、更に一人、野次馬---別名犠牲者とも言う--- が現れた。







・・・・・・すぐに彼も、悲鳴を上げる事となった。




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ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・っ
魂の消える声を上げて、警官が又一人殺された。




残った民間人の一人に、エルクゥの爪がはしる。


どえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
頭を抱え、さっき命を散らした警官に負けない程でかい悲鳴を上げながら、 犠牲者予備軍はしゃがんだ。

エルクゥの「刃」が、頭てっぺんぎりぎりをかすめる。

ひぃぃ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!!!
腰を抜かした格好で叫ぶ。

返す手で、袈裟がけに「刃」が襲った。


ぎゃあぁぁぁぁぁぁ、恐い、 こわいよおおぉぉぉぉぉ!!!
叫びつつ、横に転がる。



エルクゥの爪は、又しても空(くう)を切った。

エルクゥの顔に、困惑ともとれない事もない表情が浮かんだ。
同時に、これまでで最速の速さで爪が襲う。


今度は悲鳴を上げず、犠牲者予備軍はかき消えた


「おーこわ。鬼さん、こーちら
今までとは打って変わって剽軽な声が、エルクゥの後ろから聞こえた。


「彼」の声が。


エルクゥは、明らかに怒りの表情を浮かべた。
振り向きざまに、腕を・・・

・・・捕られ、優雅な円を描いてエルクゥは地面に叩き付けられていた。




「ふ〜ん、基本的な体のつくりは、ヒトとかわらん らしいな。合気道が使える。」

呑気な声がした。

「次は北派のショアイといくか。八卦掌かな。少林拳・・・いや、通背拳 もいいし・・でも、日本少林寺拳法の柔法も捨てがたいしなー」

エルクゥの全身の筋肉がうねった。身を起こそうとしたらしい。
しかし、起き上がれない。

捕(と)られた腕は、離されていなかった。


「でも・・・」
「彼」の言葉の再開と同時に、ふっと腕にかかった不可思議な力がゆるんだ。
エルクゥは瞬時に立ち上がり、豪腕を・・・



「やっぱり力のレスリングも馬鹿にしちゃあいけない。」

エルクゥの後ろから声が聞こえ、次の瞬間、 エルクゥはバックドロップを決められた体勢になっていた。
衝撃で、鬼の頭部がぶち当たった部分のアスファルトには、亀裂ができている。


何だ?何故人間如きが誇り高き狩猟者をこんな風にあ しらえる?

そう思ったであろう鬼は、威嚇するように---実際は激痛の せいであろう---ゆっくり立ち上がった。
手を振り上げると見せながら、次の瞬間疾風の如く 「彼」の背後に・・・

・・・背後から

「打撃はやっぱり」
という声がするのと同時に、エルクゥの背中にもの凄い衝 撃が2回走った。

「八極拳と心意六合拳だよなー」

吹き飛ばず、そのまま後ろに倒れる。

「あ、そういえば、形意拳の崩(ぽん)拳もなかなかだよなー。
・・・ところでお前、ヒトのツボも同じように存在してるらしいな。ほれ、動け んだろう?」


再びエルクゥの全身に力が込められ、そこかしこの筋肉がうねったが、 目の前の「獲物」の言葉通り、四肢を動かす事はできなかった。


「あ〜あ。みーんな殺しちまいやがった。うわー、あのにーちゃん なんか、頭割れてるぜ・・・」

「彼」は、きこえよがしに言った。
しかし、言っている内容の割には、あまり声に同情の感情が入っていない。



次に彼は、

やれやれ。ナノの回収しようと思ったのに、しばらく出来なくなっち まったじゃねえか・・・

と、小さく呟いた。



エルクゥに近づく。目だけは油断無く相手を見つめていた。

「俺に手間かけさせた罪滅ぼしに、催眠術ごっこにつきあってもらお うか。」

言って、エルクゥの顔を横向かせ、目を覗き込んだ。









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「おめーの体のつくり、基本的には人間と変わらんようだが・・・」
「彼」が話し掛けると、

グオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!!!!


エルクゥは、いきなり咆吼した。

「おーこわ。
んな事しても敵が更にやって来るだけだぜ。」

地球上のあらゆる猛獣より恐ろしい雄叫びに臆した風もなく、 「彼」は平然と言を続けた。
まあ、檻の中のライオンがいくら雄叫びを上げても、檻の外の 成人男子が怖がる事はまずない。

と、ぴたっと止まる咆吼。

「ほー、知恵があるらしいな・・・しかも日本語がわかる。」

黙り続けるエルクゥ。
しかし、エルクゥ自身、「彼」から視線を離す事はなかった。

「さあ、話せ。お前・・・人間だな?」

ヒトなどという弱々しく狂った存在はここにはいない。ここにいるのは誇り高き狩猟者だ。

やっと日本語とわかるような異質な声で、エルクゥは答えた。

「ホコリたかき、ねぇ・・・今度掃除機かけてきれいにしてやるよ」
「彼」は茶々を入れた。

「・・・まあそんなカッコしてんだからわからないでもないが・・・ そんなに殺すのが楽しいのかねぇ。」

ふはははは、楽しいに決まっているだろう。
逃げ惑ったり刃向かったりする獲物の命を奪う事こそ、俺の存在意義だ!
俺は、狩猟者なのだ!
俺の本能が、そう命ずるのだ!
俺は、それに従っているだけだ。


「ったく、たちの悪い本能だぜ。」

『たちが悪い』のは、人間にとって、だろうが。
牛や豚から見れば、人間はよほどたちが悪い存在だろうよ。
連中が口をきけたら、何というか、聞きたいじゃないか、え?


「大部分の人間は、殺す事が楽しいから殺してるんじゃねえ。
自分達が生きる為に、必要に迫られて殺してるんだ。
前提条件が違うだろ?
楽しみの為だけに、自我を明らかに持ってる生命を殺すお前と 一緒にすんな。」

ほう?じゃあ、牛や豚を殺すのは、 悪じゃないと言う訳か?

「悪だよ。仕様がないから容認してるだけだ。」

では、俺は本能がそう命ずるから、どうしようもないから、狩りを続けても良い訳だ。人間をな。

「俺は、ヒトだから、同族のヒトが別物に殺されるのは嫌だ。許さん。」

はっはっは。 随分勝手じゃないか。

「そうだよ。エゴだ。それで何が悪い?」

ヒトは、欲望を抑圧する事を美徳としているだろう。それに反するではないか。

「根本は、ヒトの都合が最優先さ。それで何が悪い。
この星で、他の生き物を思いやる事をする生きもんは、それこそヒトだけだぞ。 ・・・妙な所で人道論を持ち出すな・・・?
意志の一部は、普通の人間と同じらしい。」

ふざけるな!今や俺は、本能を抑圧する事を美徳とするような、狂った存在ではない!

「『今や』?じゃあ、前は普通の人間だったって事か?」

普通の人間だった奴は、散々無駄な抵抗をした挙げ句、今や意識の底の暗い檻の中だ。今は、俺が俺の主だ!

「・・・おめえのそのろくでもない本性を考えれば、マトモな人間だったら、 誰だって抵抗するに決まってんだろが!」

獲物を狩り、生命を奪い去ることが俺の存在理由だ。俺の本能だ。
それをあいつは、くだらぬ感傷に浸って命を断とうとし、この高潔な魂の尊さ を軽んじた。
あんな存在など、クズだ!


はっはっはっは!!本能如きもの・・・ 自分の意志じゃなくて、
他からインプットされた--強制されたものに素直に従って、それが存在理由?
そんな奴の魂が、言うに事欠いて高潔?ふああ〜っはっはっはっは!!


このド阿呆(あほう)!!


自分の存在理由を自分で作り出して始めて、高潔って評価のトバ口に立てるんだ。
てめえの魂なんぞ、それこそクズだ!必死に抵抗した元の奴の方が、数十倍も 高潔だ!!
このカス!!

ただの獲物如きが何を言う!!

その獲物如きにやられてるくせして、偉そうな口きくんじゃねえ!!!
叫んで、「彼」はエルクゥの手を捕り、関節の逆を取った。

ビキッ・・・。

関節が嫌な音を立てた。

ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!
再びエルクゥの咆哮---但し今度は苦鳴の---が上がった。


「ふ・・・安心しろ、いかれる寸前で止めてやったよ。
さあて、たっぷり喋るようになったし・・・そろそろ本番行くか。」

打って変わって冷静になったその言葉と同時に、「彼」の周りに霞がかかった。
その霞は、エルクゥの方へ向かって行く。

き、きさま・・・何をするつもりだ!!

「ふふふふふ。もうさっきからやってるよ。ずっと饒舌だろう?おまえ。
もっともっと心を開いてもらうぜ。
人が来るのは嬉しくないからな。早めに済まさなけりゃ・・・」
「彼」が呟くと同時に、「霞」は、エルクゥの頭部を包んだ。

や、やめろ!!

「恐いか?おまえの元の人格も、そう思ってたろうな。
・・・ふふ、情報が入りはじめたぜ。
ええと、こいつの主要人格は・・・うっわーごっついなぁ。」
「彼」は、意味不明の事を呟いた。




それから暫く、

「やけに支配率高い部分人格だな・・・あ、こっちが元々・・・なのか」

とか、

「ここの意識階層の部分人格群は・・・結構見込みあるじゃねえか。
ようし、こいつら使ってあいつを教化して・・・」

などの言葉が「彼」の口から漏れ続けた。
その間エルクゥは、一言も喋らない・・・
・・・いや、眠っていた。
更に、次第次第に体が人間の体に戻ってきた。




そして。




「聞く。お前の本質は何だ。言え。」

暫くぶりに、「彼」は目の前の鬼・・・ではなく、人に話し掛けた。

おれは・・・俺は・・・人間だ!柳川祐也だ!
祐也は叫んだ。

「・・・全人格再構成終了。そうさ、ゆーちゃんは人間だよ。」
そう言って、「彼」はニカッと笑っ・・・た後で、少し驚いた 顔をした。

あれ?どっかで見た事がある顔だな・・・まあ、いいか。
立ってみな。できる筈だが?」
服を脱ぎながら、「彼」は言った。

「ああ。よい・・・しょっと・・・」
祐也は立ち上がった。










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「ゆーちゃん、これ、入るか?」
「彼」は、すっぱだかの祐也に、脱いだばかりの自分のズボンと上着を渡した。

「あ・・・ああ。すまない。」

「早めに返してくれ。下がトランクスだけってのは寒すぎる。」

「わ・・・わかった。俺の家に来てくれ。ところで『ゆーちゃん』 ってのは俺の事か?」

「そうだよ。名前が『ゆうや』なんだろ?だから『ゆーちゃん』。」

「・・・・・・」
祐也は俯いて地面を見つめつつ、黙々と服を身につけた。






「ところで・・・あいつはもう出てこないのか?」
上着のボタンをとめながら、祐也は、いつのまにか、最初に気絶した学生を覗き込んでいる「彼」に尋ねた。

「わからん。不条理な殺人はおこさないように『すりこみ』する のがやっとだった。」

「それじゃ・・・」

「不条理じゃない殺人はやっちまうだろうな。ゆーちゃんの倫理観 がマトモな事を願うのみだ・・・」

「殺人・・・か。」
一瞬警官達の死体の方を振り向こうとして、祐也は止めた。
そのまま俯く。

「俺は・・・同僚を・・・殺してしまった・・・」

「『どうりょう』?」

「あ・・・余計な事言っちまった・・・まあいい。一応自己紹介しよう。
俺は柳川祐也。警察官だ。」

「あらまあ。・・・じゃあ俺様に感謝しろ。そっちの心配は無用だ。」

「何?」

「もうしばらくすれば、わかるよ。後始末がもの凄く面倒だけど。
・・・もう表面上の修復は終わってる筈だ。」

「表面上の修復?・・・ああっ!!」
改めて警官達を振り向きた祐也は、驚きの声をあげた。



警官達の傷は閉じ、浅い呼吸までしていた。



「ど、どうして・・・あいつらは完全に死んでた筈だが・・・」

「俺がこっちに来た時に、最初についたのがあのおまわりさんの 所属してる警察署でね。あ・・・ゆーちゃんもそこの所属じゃねえか?
隆山署、だったか。
あそこの屋上で、間違って、遊びで創った生体再構成用ナノマシ ンを落っことしちまった。丁度分子透過フィールドも展開してし まってて、ナノが、やっこさん達の体に入り込んじまったんだよ。
それを回収しようとしてやっこさん達の後を尾行してたら、おまえ さんが出てきて、やっちゃったって訳。
死んだっつったって、心臓止まった、程度が判断基準だろ。あれは高性能だから、 細胞が死んでなけりゃ、立派に再構成するんだ。
丸一日はやっこさん達ののーみそにも入り込んでた筈だから、 記憶もストアしてると思うよ。
死ぬ少し前の状態に戻ってるんじゃないかな。
ったく、回収すんのと後始末が骨だぜ。何人記憶を修正すりゃいいんだぁ?」
最後に愚痴った。

「???一体何の事言って居るんだ?」

「あー、何でもない。精神異常と思われるの嫌だから、これ以上は 何も言わねーよ。
とりあえず、ゆーちゃんは俺のおかげで人殺しにならずにすんだ。
それだけ覚えて俺にしっかり感謝してろ。」





「・・・・・・あんた、何者だ?」
暫くの沈黙の後、祐也は尋ねた。

「ん〜、変人、おせっかいな傲慢自分勝手野郎、傍観者・・・ってとこかな。」

「何なんだ、それは。」

「ああ、俺の名前もひ・み・つ・・・ていうか、覚えていないんだ。」

「は?」

「何か、一時的に記憶喪失にかかってるらしい。
自分でもヘンだって思うような知識や能力はあるんだけど、俺自身の事となると、 ほとんどわからない。
でも、そのうち戻ると思うから、そんとき改めて自己紹介するよ。
俺の事は・・・そうだな、『彼』とでも呼んでくれ。
そうだ、ゆーちゃんの家に暫く置いてくれ。俺、当分行く所ないから」

「へ?・・・ま、まあ、いいが・・・」

「あーそれから、ここいら一帯も案内してくれ。今日一日うろついた時に、 小耳にはさんだんだけど、確か・・・鶴来屋ってすげえ旅館があるんだろう?
行ってみたいな。
こっちはすっからかんだから。」

「俺は公務員で、給料は安いし、仕事があって・・・」

「あんまり働きすぎてるんで、上司に『休め』って言われてるんだろ?」

「・・・何でそれを・・・」

「ありゃ、当てずっぽうで言ったら当たってたか?」

「・・・。」

「決定だな。
何も鶴来屋に泊まらせろって言うんじゃない。中を覗いてみたいだけさ。
じゃあ、会社・・・じゃなかった、署に連絡して一眠りしたら、 案内してくれ。もう少ししたら夜も明けるだろ。」

「ふう・・・わかったよ。恩人だしな。」



祐也は、渋々答えた。












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暫く後、祐也の部屋。




「へえ・・・ゆーちゃんは地元史に興味があるのか?」

「彼」は、本棚にあった古びた本を手に取ってめくっていた。

「?何の事だ?・・・ああ、それか。」

「雨月山伝説・・・鬼・・・」

「なあゆーちゃん、これって、もしかして・・・」
暫く読みふけった後、「彼」は祐也を見た。

「ああ。俺の・・・あれと、関係があるらしい。
ここだけの話だが、あんたが行きたがってる鶴来屋の経営者も、だ。」

「へえ。何でわかる・・・って、聞いていいかな?」

「俺の血縁者なんだ。」

「ふーん。」

「この娘(こ)だよ」

「『コ』?」

裕也は雑誌を取出して頁をめくり、「彼」に見せた。

「・・・柏木千鶴・・・えらく若いじゃないか。それに女だなんて・・・奇麗だな。
あれ?何か見覚えがあるな・・・」

「ほう。記憶が戻る手がかりになるかな?」

「だといいが・・・でも、この顔を見ると、何か悲しいような、嬉しいような・・・」

「・・・」

「でも、こんな奇麗なコが血縁者だなんて、ゆーちゃんは幸せ者だな。
いつでもこの顔を拝めるんだから。」

「あいにくそれはできない。」

「へ?何で?」

「彼女は・・・柏木家は、俺の存在を知らないんだ。」

「・・・・・・当てずっぽうだけど、認められぬ愛の故、って奴?」

「まあ、そんなところだ。」

「余計な事聞いたみたいだな。御免よ。
でも、何で又、この娘(こ)が経営者なんだ?」

「記事にもあるが、親と、親代わりの人間が死んじまったからだ。」

「じゃあ、この娘は今、一人ぼっち?」

「いや、下に妹が3人居る。4人姉妹だ。それに、今は従兄弟の耕一って大学生が 遊びに来てる。ちなみに、彼の父親が、『親代わり』だった。」

「・・・・・・そういえばゆーちゃんは、警察関係者だったな。
でも・・・耕一?4人姉妹?
何か・・・ものすごく気にかかる・・・。
なあ、その人達が死んだ理由、知ってるんじゃないのか?」

「交通事故って事になってる。」

「『なってる』・・・言葉尻つかまえて悪いが、ゆーちゃんはそう思ってない って事か?」

「・・・そうだ。」

「・・・なあ。その・・・柏木家とゆーちゃんは縁続きなんだよな?
・・・短絡的なんだけど、亡くなった理由って、『鬼』と関わり合いがある んじゃないか?」

「実は俺もそう思ってる。」

「・・・・・・俺の行きたい所が増えた。その柏木って家にも行きたい。」

「・・・わかった。実際、俺も気になってたんだ。」




・・・暫く後、彼らは眠りについた。







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