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 他の人たちが動き始める中、ジャケットに蝶ネクタイという服装のハルマルが彫像のように座っている。ひどく緊張した様子で、前の座席の裏側を一心に見詰めたまま、他の人のことなど目に入ってない様子だった。
「……やっぱり、来ない方が良かったんじゃないか?」
 ハルマルは不安で仕方がない表情でつぶやいたが、一足先に立ち上がっていたパンツスーツ姿のエレンに頭上から注意された。
「ほら、どうしたの? 気持ちでも悪いの?」
「ち、違うよ」
「だったら、早くしなさい。先方もあなたがこの便に乗ってることを知ってるんだから、早く済ませちゃった方が気が楽よ」
「う、うん」
 慌てて言い返したハルマルは、すぐにシートベルトを外して、シャトルの床を蹴って宙に浮かんだ。ハルマルたちは月面にある建造所からシャトルで月の周回軌道を回る建造ドックに来ていて、シャトルの船内はしばらく前から無重力状態だった。
(とにかく、自分で決めたんだからな)
 ハルマルは内心の不安をエレンに気付かれないように他の人のあとに並んで、中型砲艦ルイーゼ・ボッシュの完成式典会場に移る順番を待ちながら、シャトルの窓の外に広がる建造ドックの施設の一部を眺めた。
 月面の工場から送られてきた部品を組み立てる建造ドックには、完成式典やそのあとのパーティーも開ける会場施設が付属していて、ハルマルたちを乗せたシャトルはこの会場施設にドッキングしていた。また、この会場施設が目の前にあるため、シャトルの窓からルイーゼ・ボッシュの姿はまったく見えなかった。
 すると、窓の外を見ているハルマルの後ろに並んだエレンが、もう一度ハルマルに話しかけた。
「近くで見るとさすがに大きいわね」
「うん、ドックだけでも五百メートルあるらしいよ」
「私たちが乗ってきたシャトルの大きさはどれくらいだっけ?」
「全長二十五メートルくらい」
「そう。じゃあ、ドックだけでも二十倍もあるのね」
 エレンは感心した様子で窓の外を眺めた。
 ハルマルの付き添いとして来たエレンはハルマルが隠そうとしている不安にとっくに気付いていたが、自分から指摘するつもりはなかった。ハルマルが緊張して不安になる理由はよく理解できたし、かといって、今さら約束を破るように勧めることもできなかった。
 せいぜいできるのはハルマルの気をそらすことぐらいで、エレンは二人が完成式典会場に移るまでの間、ハルマルに過去の家族旅行のことなどで話しかけ続けた。
 でも、ハルマルは完成式典会場に移ってすぐ、大勢の出席者たちの中から談笑しているルイーゼとその一団を見付けた。
 ――!!
 ルイーゼはウーとは違う上司らしい軍人と話していて、近くには取材に来ているマスコミの姿もあった。モールの飾りがついた軍服姿のルイーゼは別世界の人のようで、まだ入り口近くにいたハルマルは瞬間的に身をこわばらせた。
 そして、ルイーゼもすぐにハルマルに気付くと、ハルマルは思わず逃げようとした。
「ちょっと、どこ行くの?」
「え、ええと……」
 後ろを向いた拍子にエレンとぶつかりそうになって、ハルマルはひどく動揺した。エレンに不安を気付かれるわけにはいかなかったし、自分でもなぜ逃げようとしたのかうまく説明できなかった。
「ほら、ボッシュさんが迎えに来たわよ。あとがつかえちゃうから早く行きなさい」
「……う、うん」
 エレンに弁解することもできないまま、ハルマルは動揺を押し隠して、一団から離れて迎えに来たルイーゼに向き直った。マスコミや他の出席者たちの間を抜けて近付いてくるルイーゼにもどこかためらいがある様子で、二人とも、無重力状態で向かい合っているということ以上に落ち着かない様子だった。
(お、落ち着け)
 なかなか顔を合わせられないハルマルの前で、ルイーゼは器用に床のフックに足を掛けて動きを止めた。二人が直接会うのは今日が二回目で、ハルマルは気力を振り絞ってルイーゼや周囲の視線に耐えた。
「ハルマル君も、エレンさんも、よく来てくださいました」
「こ、こちらこそ、招待してくれてありがとうございます」
「宇宙酔いなどは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
 二人は周囲の強い視線を感じながらぎこちなく言葉を交わして、互いに相手の様子を観察した。
(良かった。怯えてはないみたい)
 ルイーゼは、緊張はしていても、初めて会ったときのように萎縮はしていないハルマルの表情や仕草を見て安心した。ルイーゼにもハルマルにむりやり来させてしまったのではないかという不安があって、かなり気にしていた。ついさっきも一団の人たちにさんざん脅かされていたから、ハルマルが後ろを向いて逃げかけたときには不安が的中したと恐ろしくなった。
 ハルマルの様子を観察したルイーゼはとりあえず安心して、ハルマルとエレンに再び話しかけた。
「では、こちらへどうぞ。式典の前に、私が所属することになる部隊の指揮官と、私の手足として働いてくれる仲間を紹介させてください」
「は、はい」
「ボッシュさん、ハルマルが会う人はそれで全部ですか?」
「いえ、国防政務官と国防総監部幕僚は式典のあとのパーティーで紹介させてください。仲間の友人たちと一緒に懇談の時間を取ってあります」
「そうですか」
「それから、ハルマルにだけど、敬語は使わなくて良いから。マスコミのことも気にしないでちょうだい。マスコミはハルマルたちのことを報道しないし、仲間たちのことも私の家族か親戚くらいに思ってくれれば良いから」
 向き直って一団のいるところまで案内しようとしたルイーゼは、ハルマルの緊張を解こうと自分から敬語を使うのを止めた。エレンのあまり快く思っていない視線が気になったが、他の接し方なんて知らなかったし、緊張したままのハルマルを紹介して、あとで一団の人たちからいろいろ言われたくなかった。
「じゃあ、ついて来て」
「う、うん」
「エレンさんもどうぞ」
「よろしくお願いします」
 ルイーゼによそよそしい態度を崩さないエレンも連れて戻る前に、ルイーゼはさっきから冷やかし半分の視線を向けてくる仲間たちをにらみつけた。最後まで友人が決まらないでいたルイーゼが、自分の設定年齢よりずっと若い中学生の美少年を招待したのだから、仲間たちが話題にするのは当然だったが、ルイーゼは仲間たちによけいなことを一切言わせないつもりだった。
 一般に、宇宙船の維持管理などを実施する“手足”として生み出された機人や電人と、宇宙船として生み出された電人の関係は、宇宙船として生み出された電人が設定の原型となることもあって、“親子”にたとえられた。
 でも、ルイーゼと仲間たちの場合は生み出された時期がほぼ同じこともあって、“親子”というより“年の近い兄弟姉妹”という感じで、ルイーゼの威光はなかなか仲間たちに通じなかった。
(あとで覚えてなさい。二人の前でよけいなことを言ったら承知しないんだから)
 ルイーゼはそれぞれの友人といったん別れてハルマルの“お披露目”に集まってきた仲間たちも牽制しながら、ハルマルとエレンを連れて一団と合流した。
 三人が合流した一団は、十人いる全員が軍人で、人間離れした姿の大柄な機人までいたため、ルイーゼは最初にすっかり圧倒されてしまった様子のハルマルを守るように仲間たちをしかりつけた。
「ちょっと、いつまでジロジロ見てんのよ。ハルマルのことはさっきも説明したでしょ。初対面なんだから、少しは遠慮してちょうだい。
 ハルマル、怖がらなくて良いからね。悪人面とか、目つきが悪いのとかもいるけど、紹介だけしたらさっさといなくなってもらうから」
「おいおい、ひどい言われようだな」
「大佐だって、全員に囲まれてるのはうっとうしいんじゃないですか?」
 ルイーゼは、就役後に所属することになる第一戦隊の司令に素知らぬ顔で答えて、九人いる仲間たちを一瞥した。本当はもっと少人数ずつ引き合わせたかったが、時間の関係でそうもいかなかった。
 ちなみに、人間離れした姿の仲間は船外作業を重視した身体になっていて、二人いる仲間の名前はヨハンとオリバーと言った。また、全部で九人いる仲間の大半は人間そっくりの身体を持つ機人で、ルイーゼと同じ電人も二人いた。もっとも、今はルイーゼと同じようにアバターを使っているため、外見では他の機人と区別できなかった。
 ルイーゼはもう一度仲間たちを目で牽制してから、ハルマルに振り返った。
「ハルマル、まず、この人が私が就役したら所属することになる第一戦隊の司令よ」
「は、初めまして」
「初めまして。そう堅くならなくて良いぞ。私にも君くらいの子供がいるからな」
「よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしく」
 ハルマルに続いてあいさつしたエレンも司令と握手を交わした。司令はウーとそれほど年齢が変わらないGM人間の男性で、仲間の男性たちよりずっと紳士だった。
「じゃあ、次はゴットフリードね。担当は原子炉を含むエネルギー関係よ」
「初めまして」
「よろしく」
 ゴットフリードはそっけなくハルマルの手を握った。スペースや質量軽減のため、ゴットフリードを含めた仲間の大半は背の高さがルイーゼやハルマルとそれほど変わらなかったが、ゴットフリードはルイーゼ以上に偉そうな感じがする機人の男性だった。
「次はマルリース。担当は物質循環関係」
「よろしく」
「よ、よろしく」
 ハルマルは先に差し出されたマルリースの手をぎこちなく握った。マルリースは優しそうな機人の女性で、マルリースとゴットフリードまでが士官だった。
「ヨハン。担当は推進器関系」
「よろしくな。ルイーゼに負けるなよ」
「ヨハン!」
 ハルマルと握手しながらささやいたヨハンにルイーゼの鋭い声が飛んだ。大柄で人間離れした姿とは裏腹に、ルイーゼをからかって楽しんでいる様子だった。
 ルイーゼはヨハンがハルマルから離れるまでにらみつけていたが、再び仲間たちの紹介に戻った。
「次。ザビーネ。担当は通信とコンピューター関係」
「よ、よろしくお願いします……」
「どうも」
「無愛想でごめんね。でも、誰に対してもそうだから気にしないで」
 握手しないままで良いのかためらっているハルマルにルイーゼが声を掛けた。ザビーネは機人の女性で、ハルマルにも完成式典にも興味がなさそうだった。
(でも、ルイーゼより先に友人が決まったんだよな?)
 口にはしなかったが、ハルマルはザビーネの友人はどんな人なのかと思った。
「次はオリバー。担当は構造やエアロックを含む外装、脱出艇関係」
「……よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
 ハルマルは握手した手をすぐに引っ込めたオリバーの態度に戸惑った。ザビーネと同じくらい無口な様子のオリバーは、人間離れした姿でハルマルを怖がらせまいとしているようだったが、ハルマルは内心の不安を見透かされたかと思った。
 でも、ルイーゼはハルマルの気持ちに気付かないで仲間たちの紹介を続けた。
「次はルートヴィヒ。担当は内装関係」
「よろしく」
「よ、よろしく」
 オリバーから視線を戻したハルマルは、はにかんだ笑顔に迎えられて再び戸惑った。ルートヴィヒは一瞬女性に見えたくらいの容姿の持ち主で、設定年齢もルイーゼとそれほど変わらないように見える男性の機人だった。
「次は……って、どうかした?」
「い、いや、いろいろな人がいるなって思って」
「そうね。全部私がやってやれないことはないんだけど、分担しちゃった方が早いから」
「そ、そうなんだ」
 ハルマルに振り返って、ルイーゼもさすがにハルマルの戸惑いに気付いた。でも、ルイーゼは仲間たちの紹介のあとでハルマルにどうしても言わなければならないことがあったから、それ以上は踏み込まなかった。
「じゃあ、次ね。次はエンゲルベルト。担当は財務関係」
「よ、よろしく」
「よろしく」
 ハルマルはエンゲルベルトににらまれた気がして慌てて姿勢を正した。エンゲルベルトもまたひどく偉そうな感じがする電人の男性で、ハルマルはゴットフリードが“傲慢”なら、エンゲルベルトは“冷酷”という気がした。
「次はララ。担当は収納関係」
「『収納関係』?」
「はい。素早く正確に検品、収納、固定することは大変なんですよ」
「よ、よろしくお願いします」
「よろしく」
 ララはハルマルと握手しながらハルマルにもう一度笑いかけた。ララはとても愛想が良くて、ルイーゼやザビーネとは全然違う感じがする機人の女性だった。
「最後はアンゲラ。担当は医療支援関係」
「よろしく。医師や看護師じゃなくて、万能な検査技師ね」
「よろしく」
 ハルマルはまだ少し顔が赤いままアンゲラと握手した。アンゲラはさっぱりした感じがする電人の女性で、これでルイーゼの九人いる仲間たちの紹介は終わりだった。
「じゃあ、これで解散ね。みんな自分たちの友人のところに戻って良いわよ」
「へーい」
「ハルマルはこっちに来て。
 あ、エレンさんはここで少し司令と待っててもらえますか? 司令もエレンさんをお願いします」
「分かった」
 半ば強引に仲間たちを解散させたルイーゼは、エレンの返事を待つことなく司令に頼んで、ハルマルを連れて一団から離れた。
「ちょっと、どこ行くんだよ?」
「すぐ近くだから」
 ルイーゼはまだ残っている一団の視線を無視して、ハルマルを連れて式典会場の中央近くに急いだ。ルイーゼほど無重力状態での移動に慣れてないハルマルはついていくだけで一苦労だったが、一団や他の出席者たちから少し離れた式典会場の中央近くまで来ると、少しは“二人きり”という感じになった。
「……この辺で良いわね」
 素早く一団や他の出席者たちの視線を確かめてから、ルイーゼは身体をひねってハルマルに向き直りながら立ち止まった。
「え、ここで止まるの?」
「ちょっと、何やってるのよ。早く止まって」
 ルイーゼはすぐに止まれなくてぶつかってきたハルマルを押し戻して、周囲に並べられた式典用のイスも使ってハルマルを立たせた。
「ご、ごめん……」
「いいから、上を見て」
「う、うん」
「“私”が見えるでしょ? 全長三百七十二メートル、総質量一万三千トン、星間国家会議の海賊対処能力向上計画でベスタ連邦共和国向けに建造された中型砲艦の二番艦よ」
「うん」
 ハルマルは言われるままに天井の巨大な窓からルイーゼ・ボッシュを眺めた。
 式典会場の天井は全体がドック内を一望できる巨大な窓になっていて、その窓を埋め尽くすように、式典用に真っ白く設定された光学迷彩シールドで身を包んだルイーゼ・ボッシュの艦体が広がっていた。
(……これが、“ルイーゼ”)
 距離が近すぎて、特徴である大出力レーザー砲を搭載した艦首も、メインエンジンを搭載した艦尾もよく見えなかったが、ハルマルはここに来るまでに何度も見た全体像を思い出して、改めてルイーゼ・ボッシュの大きさを実感した。ハルマルの目の前に存在するルイーゼ・ボッシュは、何者をも打ち砕く強さと研ぎ澄まされた美しさを兼ね備えた、芸術作品のような宇宙艦だった。
 そして、ハルマルがルイーゼ・ボッシュを眺め続けていると、すぐ隣に立ったルイーゼが小さな声で話しかけた。
「……今日は来てくれてありがとう。直接電話くれたとき、本当にうれしかった。ハルマルが直接電話くれるなんて思ってなかったからうまく返事できなかったけど、本当にうれしかった」
「うん」
「だから、私にできることがあったら何でも言ってよ? ハルマルは私の友人だし、私はいつだってハルマルに味方するんだから」
「……う、うん」
 互いに相手を見た拍子にルイーゼと目が合ったハルマルは、ルイーゼにつられて赤くなった。ルイーゼは生まれて初めての発言に赤面していて、ハルマルと数秒目を合わせただけでハルマルから顔をそらせた。
「な、何か言いなさいよ。これでも反省して、一生懸命考えたんだからね」
「……あ、ありがとう。すごくうれしいよ」
「とにかく、そういうことだから、もっと大船に乗ったつもりでいてよね」
「う、うん」
「じゃあ、私は式典の準備があるから、ハルマルはエレンさんのところで待っててちょうだい」
 ルイーゼは顔をそらせたままハルマルに言って、ハルマルから逃げるように去っていった。
「……ルイーゼも照れたりするんだ」
 後ろ姿を見送ったハルマルは少し笑ってしまった。軍服を着て偉そうにしていたルイーゼらしくなくて、一気に親しみが湧いた。また、ルイーゼ・ボッシュは雲の海市を壊滅させることも可能なだけに、ルイーゼの言葉は非常に物騒だったが、同時に、非常に心強くもあった。
「『大船』か……」
 ハルマルはもう一度ルイーゼ・ボッシュを見上げた。真っ白な艦体にルイーゼの赤くなった顔が重なって、ハルマルは再び笑ってしまった。なんだか、今までクラスメイトの言葉をいちいち気にしたり、偉い人たちに会うことを意味もなく怖がっていた自分が急にバカらしくなった。
「確かに、『大船』だよな」
 これ以上なく頼もしい友人を眺めて、ハルマルは友人になって良かったと思った。
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(09/10/27公開)

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