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20、友人


 オペレーションルームを出たヒロシたちは、ドレッドノートたちに迎えられて、さらに、シンジたち三人を連れた、アマヒラとモリに迎えられた。
 ヒロシは、無表情なアマヒラを見た瞬間、何を言われてもいいように身構えたが、ミキと話が付いていたらしくて、特に大したことは言われなかった。逆に、ヒロシがサングラスを掛けてないことに気付いた、キヨミとノボルがうるさいくらいに尋ねて、帰りの電車の中でも、二人の追及は続いた。
 そして、休日を挟んだ昼休みの保健室になっても、ヒロシがサングラスを外していたことが話題になっていた。
「ほら、少しだけで良いから、サングラスを外してよ」
「嫌だって言ってるだろ」
「だけど、あのときは驚いたよな。一瞬、何かあったんじゃないかって思ったもんな」
「だから、止めろって」
 ノボルがシンジにしみじみ語る隣で、ヒロシは、手を伸ばすキヨミからサングラスをかばった。ヒロシは、ドレッドノートから返してもらったサングラスを掛け続けていたが、色を少し薄くして、今までより表情が分かるようになっていた。
 また、ミキに直接、アマヒラは違法なAIの“人形”だと知らされたキヨミも、アマヒラのことを一言も口にしなかったが、完全に吹っ切れた様子だった。
 キヨミはヒロシの表情が分かって面白いのか、しつこくサングラスに手を伸ばして、ヒロシもそのたびに身をかわすなど、抵抗し続けていた。
「ねえ、ちょっとだけ良いから」
「嫌だって言ってるだろ。
 おい、誰か止めろ」
「そうだな、そろそろウミダさんも来るしな」
 さすがに哀れに思ったらしいタケルが、自分の席からキヨミに注意した。タケルはマコトが止めると思っていた様子で、今回も自分だけ、ヒロシたちが座っている丸テーブルから少し離れた、自分の席に座っていた。
「ほら、今はとりあえず止めとけ。続きは教室に戻ってからにしろ」
「はーい」
 キヨミは素直に腰を下ろして、隣に座っているマコトに小さく舌を出した。
 黙っていたマコトは少しあきれた様子で二人を見ていたが、身体を反らせてサングラスをかばっていたヒロシは、タケルに強く抗議した。
「おい、そんな止めさせ方ないだろ!」
「気にするな。ほら、ウミダさんが来るぞ」
 タケルのあしらうような言い方に、ヒロシはさらに怒ったが、ミキの登場に口をつぐんだ。ヒロシも、丸一日ミキに会ってなかった。
 ミキは、ノック代わりにタケルのケイタイを鳴らしてから、前回と同じように、ヒロシの隣に置かれたイス型のディスプレイに姿を映した。CGであるアバターの姿からは、作戦でのNSSとの激しい攻防のあとはまったく感じられなかった。
『遅れてごめんなさい』
「いえ、気にしないでください。こいつらを見てれば気になりませんから」
『ヒュウガ先生は優しいんですね』
「優しいもんか」
 互いにあいさつする二人の隣で、ヒロシはわざと二人に聞こえるように文句を言った。
 でも、ミキはちょっとヒロシを見て苦笑しただけで、タケルを含めた全員を見回した。作戦が終了して、今まで保健室を貸してくれていたタケルにも、話を聞いてもらうことになっていた。
『改めて、みんな、本当にありがとう。お陰で、アダムの遺産は、NSSに渡らないですんだわ。今、仲間が自由なソフトウエアとして公開する準備をしているから、二、三日もあれば公開できるでしょう』
「それは良かった。でも、こいつらがそんな大変なことに協力してたなんて、ホントに驚きですよ」
「ひどーい」
「そうだそうだ。俺たちだってやればできるんだぞ」
 キヨミとノボルが、大げさに肩をすくめてみせるタケルに抗議したが、タケルも、それなりにヒロシたちを自慢に思っている様子だった。
 タケルはキヨミとノボルの抗議を無視して言葉を続けながら、視線をミキからヒロシに移した。
「大体、お前が他の生徒と協力して、サングラスまで外すとはな。一体、どういう心境の変化なんだ?」
「タケルには関係ないだろ」
「そうか。じゃあ、あとでマコトに聞かせてもらおう。一昨日は、マコトと一緒に最後までいたっていう話だからな」
「な――!」
 ヒロシは立ち上がってタケルに飛び掛かろうとしたが、ミキに強い口調で止められた。
『止めなさい。今はそういうことをするときじゃないでしょ?』
 タケルがニヤニヤしていることにも気付いて、ヒロシは乱暴に腰を下ろした。タケルにからかわれたと知って腹立たしかったが、今はミキのいうとおりだった。
 そして、ヒロシが我慢している様子でおとなしくなると、今度は、今まで黙っていたマコトがミキに尋ねた。
「ずっと疑問に思ってたんですけど、なんで、フジムラの指輪にアダムの遺産の半分が入ってたんですか? フジムラの指輪は、ひいお祖父さんのお祖母さんの形見らしいですけど、そのお祖母さんは、アダムの遺産の半分が入ってることを知ってたんですか?」
『良い質問ね。
 ヒロシは知ってる?』
 ミキはマコトにうなずいて、ヒロシに話を振った。
 でも、ヒロシはアダムの遺産の半分が入っていたこと自体、聞いたことがなかったから、頭を短く横に振った。
「いや」
『じゃあ、代わりに答えて良い?』
「知ってるのか!?」
『ええ』
 ミキはヒロシに謎めいたほほえみを見せると、マコトに振り返った。ほほえみは一瞬だったが、ヒロシは、ミキが突然、まったく見たことのない女性になったように思えた。
 マコトに振り返ったミキは、説明する代わりにマコトに尋ねた。
『ヒラタさんは“電子のイブ”って知ってる?』
「ええ。コンピューター危機のあと、行方不明になったアダムの跡を継いで、電人や電命の保護や育成、権利獲得闘争を行った、謎の女性ですよね」
『そう。その女性が、ヒロシのひいお祖父さんのお祖母さんなの』
「え!!」
『ヒロシは知ってるでしょ? ヒロシのひいお祖父さんのお祖母さんは、人類最初の電子空間居住者の一人だったってこと』
 ミキは驚きで固まってしまったヒロシに振り返った。
(ま、まさか……、ホントだったのか)
 ヒロシは驚きのあまり、声も出なかったが、もちろん、ミキに尋ねられたことは知っていた。そして、「もし、曾祖父の祖母が電子のイブだったら」と、何度も考えていた。
 でも、考えていたことが現実になってみると、ヒロシも、マコトたちとほとんど変わらないくらいの衝撃だった。
 ヒロシもマコトたちも、ミキに言われたことの意味を理解しようとして、最初に、シンジがミキに尋ねた。
「……すると、フジムラは、指輪の持ち主だからってこととは別に、アダムの遺産に権利があるってことですか?」
『そうなるわね』
「じゃ、じゃあ、アダムの遺産を勝手に自由なソフトにしちゃって良いんですか?」
 キヨミが興奮した様子でミキに身を乗り出した。一気に、何千億円もの遺産が、ヒロシの手元に転がり込んできた感じだった。
 ヒロシもすぐに何か言わなければと焦ったが、ミキは片手を上げてキヨミを落ち着かせた。
『みんなも落ち着いて。確かに、ヒロシに権利はあるけど、所有権としてではないの』
「どういうことですか?」
『アダムの遺産は、アダムからイブに託された、公共のものだから、ヒロシに所有権はないの。あるのは、優先的な使用権よ』
「『優先的な使用権』?」
『そう。もし、電子空間に住みたかったら、優先的に電人社会の協力を得られる権利よ』
 ミキは発言したノボルに顔を向けた。
 顔を向けられたノボルは、ミキの説明を理解しようとして、まだ興奮している様子のキヨミに割り込まれた。すぐに、ノボルも対抗するようにミキに質問して、ヒロシとマコトを除く、質問競争になった。
「じゃ、じゃあ、フジムラは、電子空間に住めるっていうことですか?」
『ヒロシが望めばね』
「でも、手術が必要だったんじゃなかったですか?」
『そうよ。脳とコンピューターを直結するから、ちょっと大掛かりな手術になるわね』
「身体はどうなるんですか?」
『寝たきりね。技術開発が再開すれば、違うかもしれないけど、今のところは寝たきりね』
「費用はどうするんですか?」
 離れて座っていたタケルが静かに尋ねると、ミキは、イス型ディスプレイごとタケルに向き直った。
『手術やその後の生活に必要な一切の費用は、電人社会が負担します。具体的には、ELFが負担しますが、必要なら、物理空間用のアバターも提供します』
「すげえ……」
 きっぱりと即答したミキの近くで、ノボルが感動したようにつぶやいた。ヒロシももちろん聞いていたが、謝礼や具体的な施設の名前がないだけで、NSSの提案とそれほど変わらない内容だった。
 すると、タケルがミキからヒロシに視線を移して尋ねた。
「それで、ヒロシはどうするんだ?」
「え?」
「そうだよ、フジムラはどうするんだよ」
 ノボルもヒロシに振り返って、自然と、マコト以外の全員の注目がヒロシに集まった。
 でも、ヒロシが全員の前で答えを要求される前に、ミキをにらむように見ていたマコトが、ミキに強い口調で尋ねた。
「待ってください! ウミダさんは、なんで、そんなに詳しいんですか?」
『あら、不思議?』
「イブの子供たちのスガ前大統領に聞いたとしても、アダムの遺産について、少し詳しすぎます。“人形”のことだってそうだし、作戦での強さだって不自然です。本当は、『ウミダミキ』っていう名前じゃないんじゃないですか?」
「お、おい」
 マコトの隣に座っているシンジが止めようとしたが、昨日、キヨミからアマヒラのことを聞いていたマコトは止めなかった。面白そうにマコトを見返しているミキを、マコトは、挑むようににらみ続けた。
「どうなんですか!?」
『ヒラタさんの推理は面白いけど、私の名前は本名よ。ヒロシやヒラタさんたちに偽名なんて使ってないわ』
「じゃあ、なんで、そんなにアダムの遺産について詳しいんですか? 昨日、調べたんですけど、アダムの遺産についての詳しい情報は、イブから託された、“リズしか知らない”そうじゃないですか」
「え?」
 マコトの爆弾発言に、ノボルとキヨミが驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっと待てよ。リズは殺されたって、ウミダさんも言ってたろ」
「そうよ。NSSだって、結構調べてたじゃない」
「じゃあ、いるはずのない人形を見破れたのはなぜ? まさか、スガ前大統領から、そんなことまで教わってたって言うの?」
 マコトは割って入ったノボルとキヨミにきつい口調で言い返して、すぐにミキに振り返った。他の人にどう思われようと、マコトはミキの正体を暴いて、ヒロシを引き止めるつもりだった。
「ウミダさん、本当のことを話してください! でなかったら、ウミダさんのことを信用できません!」
『それは残念ね。ヒロシも同じ考え?』
「え?」
『ヒロシも、私のことを信用できない?』
「そ、それは……」
 突然、ミキから話を振られたヒロシは、ひどく戸惑った様子でうつむいた。ミキから顔をそらせたくても、反対側では、マコトが刺すような視線で、ヒロシをにらんでいた。
 保健室にいる全員の注目がヒロシに集まる中、ヒロシは意を決したように顔を上げた。
「……信用できないわけじゃないけど、できれば、全部話してほしい」
『そう。でも、まあ、仕方ないわね。多分、みんなと会うのも今日が最後でしょうし、話しちゃいましょう』
 ミキは、落胆しながらホッとしているような、複雑なほほえみを浮かべて、全員を見回した。
『私は、リズの記憶と能力をできる限り引き継いだ、いわゆる「生まれ変わり」なの。リズが殺されたあと、スガ前大統領やリズの仲間たちが集めた、リズの情報の断片をできる限り再構築して、足りないところは補って生み出されたのが私。だから、リズとほぼ同じ能力を持っているし、人形も見破れたのよ』
 ミキの説明は、淡々とした短いものだったが、聞いていたヒロシたちに深い衝撃を与えた。全員が、ミキをただの探偵ではないと感じていても、まさか、リズの“生まれ変わり”だったとは、夢にも思ってなかった。
 一般に、非合法すれすれの存在である“生まれ変わり”は、亡くなった人が成し遂げられなかったことを引き継いで生きることになっていた。でも、リズの役目は、今回の作戦ですべて果たされたわけだったから、最初に立ち直ったキヨミが、おそるおそるミキに尋ねた。
「じゃ、じゃあ……、ウミダさんはこれからどうするんですか?」
『リズの記憶と能力を全部消して、“ウミダミキ”になるつもりよ。必要なら、ヒロシが電子空間に住むまで立ち会うけど、そのあとは、しばらく地球から離れてみようと思ってるわ』
「……そうですか」
『それより、ヒロシはどうするの? 電子空間に住むの? 住みたいの?』
「え、ええと……」
 説明をすべて終えたミキに話を戻されて、ヒロシは言葉に詰まった。まだ、ミキがリズの生まれ変わりだったという衝撃が尾を引いていて、頭がほとんど動かなかった。
 でも、ミキはせかすように、ヒロシに質問を続けた。
『住みたくないならそれでも良いけど、住みたいなら、住みたいってことだけでも教えてちょうだい。あとで取り消しても良いから』
「ほら、早く答えなさい」
「な、なんでヒラタがせかすんだよ?」
「悪い? あたしとの約束を守るなら、答えは簡単でしょ」
 割って入ったマコトも、ヒロシに振り返って、きつい口調でせかした。
 オペレーションルームでの二人の約束は、誰にも話してなかったから、再び、ヒロシに全員の注目が集まった。
(なんで約束のことを話すんだよ!)
 約束は秘密にするつもりだったヒロシは、小さな声でうめいた。ミキに会うまでは迷いなどなかったのに、今では、電子空間に住むことが、それほど魅力的に思えなくなっていた。
 ヒロシは、頭を抱えてしばらく考えてから、ミキに顔を上げた。
「……どうしても、今、答えなきゃダメなのか?」
『そうよ。私も、ELFに連絡しなくちゃならないんだから』
「じゃあ、今『住みたくない』って言ったら、アダムの遺産は使えなくなるのか?」
『いいえ。アダムの遺産は自由なソフトウエアになるんだから、ヒロシが「住みたくない」って答えたって、自由に使えるわ。ただ、優先的な使用権はなくなるかもしれないわね』
「……だったら、今は住みたくない。手術がもっと簡単になるとか、もう少し様子を見てからにする」
『そう、分かった。じゃあ、ELFにはそう伝えるわ』
 絞り出すように答えたヒロシに、ミキは優しくほほえんだ。反対側ではマコトもうれしそうにしていて、ヒロシも、二人を見上げながら、弱々しくほほえんだ。

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