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19、勝利


 ヒロシの義眼の偽装したIDを読み取って、オペレーションルームのドアが開くのと、非常階段を登ってきたドレッドノートたちが、ヒロシたちに気付いたのはほぼ同時だった。
 ――!!
 ドレッドノートたちが殺到するより早く、マコトはヒロシを押し込むようにしてオペレーションルームに飛び込んだ。二人の背後では、ドレッドノートたちが目の前で閉まったドアに体当たりする激しい音が聞こえたが、二人ともドアの前からすぐに動けそうになかった。
「危なかった……」
 マコトは両膝に手をついて、力が抜けそうになる身体を支えた。
 まさに危機一髪で、あと一秒でもドアの閉まるのが遅かったら、ドレッドノートたちにこじ開けられてしまうところだった。
 でも、閉じたオペレーションルームのドアはかなり頑丈な造りだったから、マコトは少し安心して顔を上げた。
「フジムラは大丈夫だった?」
 顔を上げたマコトがヒロシを捜すと、少し先で四つんばいになって何かを探しているヒロシの姿を見付けた。
「どうしたの?」
「み、見るな! そっちに、サングラスがあったら渡せ!」
「『サングラス』?」
「そうさ! お前が突き飛ばしたから落としたんだろ!」
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ」
 マコトはヒロシに言い返しかけたところで、ヒロシがサングラスを掛けてないことに気付いた。ヒロシはマコトに顔を見られないようにそらせていたが、サングラスを掛けてないヒロシの横顔は、見慣れてなくて、とても不思議な感じだった。
 そのため、マコトがヒロシを見詰めている間も、ヒロシは四つんばいのままサングラスを捜して、マコトにもう一度叫んだ。
「ヒラタも早く捜せ! なかったらお前のせいだからな!」
「サングラスなんてこっちにないわよ! それに、今はそんなことしてる場合じゃないでしょ!」
 ヒロシの言葉に、我に返ったマコトも叫んだ。サングラスがヒロシにとってどれだけ重要だろうと、まだ作戦は終わってなかった。
「そんなことより、早くリーダーを使って、アダムの遺産の残り半分をウミダさんたちに渡しなさいよ! あたしたちはそのために来たんでしょ!」
「うるさい! 早くサングラスを捜せ!」
 パニックになっているらしいヒロシは頭から拒否したが、マコトはすぐに近付いて、ヒロシのシャツをつかんだ。
「サングラスなんてあとで良いでしょ!」
「放せ!」
 マコトは暴れるヒロシを無理矢理引っ張り起こした。シャツで首が絞まる格好になったヒロシは、マコトを振りほどこうとして、マコトと目が合った。
 ――!
「放せ!!」
 ヒロシはマコトが驚いたすきに、マコトの手を振りほどいて、少し離れたところで立ち上がった。
 オペレーションルームの最上段にあるコンソールを挟んで立つ二人の耳に、ドレッドノートたちがドアをこじ開けようとする騒音が届いた。
 マコトはすぐにヒロシの義眼に驚いたわけではないと弁解しようとしたが、ヒロシはマコトを強くにらみつけると、すぐに身をひるがえしてしまった。
「あとは俺一人でやる」
「ま、待って」
「来んな!!」
「ち、違うの! フジムラの義眼に驚いたわけじゃないんだってば!」
 ヒロシを追い掛けようとしたマコトは、ヒロシより疲れてないはずなのに、足がすくんでうまく動けなかった。ヒロシに嫌われたくないと今までしてきたことが、すべて無になってしまったと感じた。
(あ……、あたしは悪くない。悪いのは全部フジムラじゃない)
 マコトは必死になって自分に言い聞かせたが、ヒロシの憎しみさえこもった目を思い出して、恐怖に身体が震えた。作戦を終えたヒロシがキヨミやノボルに話して、学校中に、マコトが、実は、自分が嫌われたくないから、格好良いところを見せていただけだと知られてしまうと思った。
 そして、マコトがオペレーションルームの最上段で立ちすくんでいる間も、ヒロシはロボットを追って、階段状に百席近く並んでいるコックピットの間を進んでいた。
 電子空間で様々な活動を行うためのコックピットが、これだけ並んでいる光景は、最大手のネットワーク管理会社に相応しかったが、マコトの目には何一つ映ってなかった。マコトは、相反する気持ちに、必死で答えを見付けようとしていた。
 一つは、このままヒロシの前から逃げ出したいという気持ちで、もう一つは、嫌われるのはそれ以上に怖いという気持ちだった。
 ――!!
 不意に、ドアがゆがむ、一際大きな騒音が聞こえて、マコトは弾かれたように走り出した。
「待って! 謝るから一人にしないで!」
 マコトはコックピットの間の階段を、非常階段のとき以上のスピードで駆け下りてヒロシを追った。
「驚いてごめんなさい! でも、フジムラの義眼に驚いたわけじゃないの! あんな近くで目が合うなんて思ってなかったの!」
 ヒロシはマコトに背を向けたままだったが、マコトは駆け下りながら謝り続けた。
「それから、今までずっとだましててごめんなさい! 『あたしが悪い』って思われたら、みんなに嫌われちゃうと思って、ずっとウソついてたの!」
「…………」
「だから、赦して! お願いだから、みんなには『あたしが嫌なヤツだ』って言わないで!」
 追い着いたマコトは、ヒロシの左腕を両手で強くつかんで引き止めた。自分でヒロシをせかしたばかりなのに、すっかり頭から抜け落ちていた。
「お願いだから、『みんなには言わない』って約束して!」
「バ、バカ! 放せ! ドレッドノートたちが突入してきたらどうするんだ!」
「約束して!」
「約束でも何でもするから早く放せ!」
 ヒロシにほとんどもみ合うようにして振りほどかれて、マコトはようやく、気持ちが少し落ち着いた。
 階段の同じ段で、ヒロシと向き合う形になっていたマコトは、正面から見詰めていたヒロシの顔から少し視線を落として、自分のしたことを恥じた。
「……ご、ごめんなさい」
「別に良いさ。それより、先に作戦を終わらせるぞ」
 ヒロシもマコトから目をそらせて、再びロボットを追い始めた。今度は、階段から曲がって、コックピットの列に入っていった。
(……怒ら、ないの?)
 ヒロシを黙って見送っていたマコトは、少し迷ってから顔を上げた。
「フジムラ、ついてって良い? 最後まで責任を取りたいの」
「勝手にしろ。どうせ、あとほんの少しだからな」
 ヒロシは進みながら、しまっていた指輪を胸元から引っ張り出しているところだった。ヒロシを目で追っていたマコトはさらに少し迷ってから、ヒロシと同じコックピットの列に入った。
(……拒否されて、ないよね?)
 今までの思い込みに強く縛られていたマコトは、すがる気持ちでヒロシのあとを追った。事情を知られているシンジには感じなかった感情が、マコトを突き動かしていた。
「ねえ、リーダーはもうすぐなの?」
「ああ、あそこだ。あのコックピットの電子空間側に、ミキたちが待機してるらしい」
 マコトの質問に、ヒロシは振り返らないまま、少し先のコックピットを指差した。
 ディスプレイなどで三方を仕切られたコックピットは、マコトにはどれも同じように見えたが、イスのヘッドレストにロボットが留まっていた。
「あれね」
「俺が中に入って、リーダーに読み込ませるから、ヒラタは外で、ドレッドノートたちを見張っててくれ」
「分かった」
 マコトは素直にうなずいて、ヒロシがコックピットの中に入るのを見守った。マコトの気のせいか、ヒロシも義眼を隠そうとしてないように思えた。
 そして、マコトがヒロシに背を向けて、ドレッドノートたちを見張り始めてすぐ、オペレーションルーム中にブザーとミキの声が響いた。
『状況終了! 訓練参加中の職員は、速やかに元の職場に復帰してください!』
「な、何!?」
『おめでとう。作戦は成功よ。アダムの遺産の残り半分は、無事に外に出たわ』
 今度はコックピットから、マコトとヒロシにだけ聞こえるように、ミキの声が聞こえた。
「ほ、ホントですか!?」
『本当よ。二人ともご苦労様。他の三人も無事だから安心して』
 ミキはマコトとヒロシに必要なことだけ伝えて、ドレッドノートたちなど、他の人たちに呼び掛け始めた。マコトたちにミキの呼び掛けは聞こえなかったが、オペレーションルームのドアの外で、ドレッドノートたちが怒鳴っているらしい様子が伝わってきた。
 その様子に、マコトがオペレーションルームのドアを見上げていると、ヒロシがコックピットから出てきた。
「……ありがとう」
「べ、別に、無理して言うことないわよ」
「でも、一人だったら成功しなかったろうしな」
「そんなの分かんないじゃない」
 マコトはヒロシにどんな顔をしたら良いか分からなくて、すぐにオペレーションルームのドアに視線を戻した。ヒロシに礼を言われるなんて思ってなかったから、つい、つっけんどんな態度になってしまった。
 でも、マコトに並んだヒロシは、構わない様子で言葉を続けた。
「それに、義眼を正面から見返してくれたのは、ヒラタが初めてだからな」
「え?」
「たとえウソでもうれしかった」
「そ、それは……」
 あれはウソではなくて偶然だと言おうとしたマコトは、振り返って、ヒロシを見て驚いた。礼を言われただけでも意外だったのに、ヒロシは照れているように見えた。
「な、なに照れてんのよ」
「照れてなんてない」
 指摘されたヒロシは怒ってマコトをにらんだが、サングラスがないと、全然怖くなかった。左目の義眼は右目より少し大きくて、少し違和感があったものの、左目の周りのわずかな手術痕と同じくらい気にならなかった。
 二人は少しの間黙って、ヒロシの様子を見ていたマコトは、緊張が解けると同時に、ヒロシに改めて親しみを感じた。
(もしかしたら、あたしもヒロシに似ていたのかもしれない)
 ヒロシは、嫌われたくなくて、すべてを拒否し、マコトは、嫌われたくなくて、すべてを隠していたのかもしれなかった。
 気を取り直したマコトは、ふてくされてしまったヒロシを、これ以上、追及するのは良くないと判断して、話題を替えた。
「ところで、これからどうするの?」
「サタケたちと合流して帰るだけだろ」
「でも、すんなりできると思う?」
「ミキたちがなんとかするだろ」
 ヒロシはまだふてくされた様子でオペレーションルームのドアを見上げた。
 マコトも一緒に見上げると、いつの間にか、ドレッドノートたちの声が聞こえなくなっていた。
「あきらめたのかな?」
「だろ。でなかったら、そろそろドアを破ってるはずだ」
「じゃあ、外に出てみよっか」
「ああ。サングラスも捜さないとな」
 ヒロシはイスのヘッドレストに留まっていたロボットに合図して、先にドアに向かって歩き出した。二人が入ってきたドアは、ドレッドノートたちがこじ開けようとしてゆがんでしまっていたから、最上段にある、別のドアから出るつもりらしかった。
「ねえ、サングラスはあきらめたら?」
 マコトは、ヒロシに続いて階段に戻りながら呼び掛けた。ヒロシがまた義眼を隠そうとしていると思ったら、自然と言葉が口から出ていた。
「そんなことできるわけないだろ」
「でも、義眼は隠さない方が良いんじゃない? 隠すから、よけいに変に思われるんじゃないの?」
「…………」
「あたしもウソつくの止めるから、ヒロシも義眼を隠すの止めなよ」
 振り返ってマコトをにらんでいたヒロシは、マコトに左に並ばれて、困ったように顔をそらせた。
「……できるもんか」
「そんなの分かんないじゃない。今だって、ヒロシはあたしに義眼を隠してないし、あたしだって、ヒロシにウソをついてないでしょ」
 マコトがヒロシの前に出ようとすると、ヒロシは抵抗して、階段を登るスピードを上げた。でも、マコトはヒロシを引き止めて、強引にヒロシの前に出た。
「ねえ、ヒロシも止めなよ」
「…………」
 前をふさがれたヒロシは、マコトと目を合わせないで逃げ道を捜しているようだったが、マコトの気迫に押されたのか、小さな声でつぶやいた。
「……考えてみる」
「約束よ」
 マコトはヒロシのつぶやきを聞き逃さないで、ヒロシに念を押した。一人ならできそうになくても、二人でなら、できそうに思えた。
「じゃあ、外に出ましょう」
「ああ。その代わり、ヒラタがウソをついたら、俺も遠慮なくばらすからな」
「い、いいわよ」
 ヒロシの反撃に、マコトは少しひるんだ。そして、条件については少し話し合う必要があると思いながら、マコトはヒロシとともに、階段を登った。

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