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18、混戦


 ヒロシたちは、一般エリアを目指して懸命に非常階段を駆け下りたが、次第に、下の階から、ドレッドノートたちがガードロボットたちと戦う音が聞こえてきた。
 始めのうちは無視していても、催涙ガスやオゾンのかすかなにおいが加わり、怒声や警告音まで聞き取れるようになってくると、ヒロシたちの足は少しずつ遅くなった。
「そろそろ無理なんじゃない?」
「……クソ」
 ヒロシは認めたくなかったが、先を行くスズメバチ型のロボットも、警告するように飛び方を変えていた。このまま無理に降りていったとしても、一般エリアまでたどり着けないのは明らかだった。
「ねえ、そろそろ決めないと」
「……次の階まで降りたら、一旦、様子を確認しよう」
 マコトに促されたヒロシは絞り出すように答えて、駆け下りながら、空いている両手をきつく握りしめた。
 そして、先頭のヒロシとマコトが非常階段を飛び出して、すぐ近くにある、作業ロボットの待機スペースに駆け込んだ。ほとんど人目に触れない場所だったから、続く、キヨミとシンジ、ノボルの三人も気付かれないですんだ。
「ねえ、これ以上降りるのをあきらめるの?」
「そうじゃなくて、様子を確認するの」
 ヒロシに尋ねようとしたキヨミをマコトが遮った。ヒロシは、メールでミキと連絡を取り始めたところだった。
「キヨミたちはまだ下に降りられると思う?」
「あと一、二階ならなんとかなるんじゃない?」
「でも、もし気付かれたらどうするんだ? あと一、二階降りたところで、一般エリアには着かないんだぞ?」
「じゃあ、ノボルは反対なの?」
 キヨミがノボルを振り返った。キヨミたちは、ヒロシがサングラスを外す覚悟を決めたことを知らなかったから、なんとか一般エリアまで降りる方法を見付けようとした。
「エレベーターを使ったらどうだ? ウミダさんたちが制圧してるんだし、あいつらが非常階段に集まってるなら、裏をかいてエレベーターを使えるんじゃないか?」
「ダメよ。作戦で、エレベーターは使用禁止だって言われたでしょ。第一、エレベーターが動けば吹き抜けから一目で分かるし、すぐに降りる階に先回りされちゃうわ」
「でも、非常エレベーターがあるだろ」
「ダメ。気付かれたら逃げようがないじゃない」
 ノボルの提案をキヨミがきっぱり否定している間に、ヒロシはミキとの連絡を終えた。ヒロシもまだ一般エリアに降りることをあきらめたわけではなかったが、サングラスに表示された、ミキの指示は簡潔だった。
「……作戦変更だ。一般エリアまで降りるのはあきらめる」
「え? 良いの?」
「覚悟できたのか?」
 キヨミとシンジが驚いた様子でヒロシを見詰めた。
「無理することないんだぞ?」
「そうよ。まだ、あきらめるのは早いじゃない」
 二人は口々に言ったが、ヒロシは硬い表情を崩さなかった。
「反対側の非常階段を降りているモリが、もう少しでドレッドノートたちに合流する。そうしたら、俺たちがこっちの非常階段を使っていることがばれる」
「そう……」
 ヒロシの硬い表情に、キヨミもノボルもそれ以上主張するのを止めた。それどころか、モリがヒロシたちのいる非常階段に気付いて向かってくる前に、非常階段から離れなければならなかった。
「じゃあ、早くここから離れないと」
「でも、どこに行くんだ? リーダーは確保できたのか?」
「リーダーは、二階上のオペレーションルームが使えそうらしい」
「戻るのか。リーダーが確保できないと、かなりやばいな」
「そこはウミダさんたちを信頼するしかないでしょ」
 マコトがヒロシ、キヨミ、ノボルの話を引き取って、早く離れるようにせかした。
「シンジ、外の様子はどう?」
「まだ気付かれてないみたいだ。でも、下からの音が大きくなってきてる」
「じゃあ、フジムラはそのオペレーションルームまで道案内をお願い」
「分かった」
 ヒロシはすぐにロボットに合図して、待機スペースの出入り口に向かった。シンジの言うとおり、ドレッドノートたちの怒声やガードロボットたちの警告音が大きくなっていたし、催涙ガスやオゾンのにおいも強くなっていた。
 そして、ヒロシがマコトと並んで再び非常階段に向かおうとすると、シンジがヒロシとマコトに声を掛けた。
「作戦どおり、俺たちがついて来なくても気にするなよ」
「分かってる」
 シンジとすれ違いながら、マコトが少しだけ表情を曇らせた。作戦で、誰かに見付かった場合は、シンジ、キヨミ、ノボルの三人が、おとりとして、相手を引きつけることになっていた。
「無理しないでよ」
「心配すんな。そっちこそ、うまくやれよ」
 シンジは小さく親指を上げてみせたが、ドレッドノートたちやモリの態度次第では、かなり危険な役目だった。
 そのため、ヒロシも何か言うべきだと思ったが、シンジとマコトの様子を見て、良い言葉を思い付かなかった。ヒロシはマコトたちを仲間だと思っていても、マコトたちとの間に越えられない壁のようなものを感じた。
(考えるな! 今は作戦を成功させることだけを考えるんだ!)
 胸の奥にマコトたちへの反発と拒絶を感じたヒロシは、見なかったことにしようと強く頭を振って、結局、何も言わないまま非常階段へ急いだ。
 すると、マコトがすぐにヒロシに追い着いて、隣からヒロシをにらんだ。
「ちょっと、黙って先に行かないでよ」
「せかしたのはそっちだろ」
「だとしても、声くらい掛けてよ」
「今度からそうするよ」
「気を付けてよね」
 マコトはすぐに目をそらせて、前方の警戒を始めてしまったが、ヒロシは少しだけ気持ちが落ち着いた。感じたばかりの壁がなくなった気がした。
 ヒロシはマコトと並んで非常階段を駆け上りながら、今度は、自分から、マコトに話し掛けた。
「ちなみに、目指すオペレーションルームは、予備で使われてないらしい」
「そうでしょうね」
「フロアも、そんなに人が出歩いてないっていう話だった」
「そう」
「俺が義眼で入り口のセキュリティーを解除するから、ヒラタは作戦どおり、警戒しててくれ」
「分かった」
 ヒロシの一方的な話し掛けに、マコトは短くうなずいた。非常階段を駆け上りながらでは会話がほとんどできなかったし、ヒロシも、話し掛けていたせいで少し遅れそうになった。
(くそ、もう一階登るのか)
 ロボットについて非常階段を折り返して、ヒロシは非常階段の先をにらんだ。シミュレーションと違って、十階分以上の非常階段の駆け下り、掛け上りは、ヒロシの体力を確実に奪っていた。
 そのため、最後の踊り場を折り返したヒロシが、もう一度マコトに話し掛けようとすると、下からノボルの叫び声が聞こえた。
「やばい!! 気付かれた!!」
「!!」
 ほとんど同時にヒロシもミキからの警告に気付いて、複合煙幕弾の閃光と大音響が下から届いた。
「急がなきゃ!」
「あ、ああ」
 マコトがさらにスピードを上げて、ヒロシも急がないわけにいかなくなった。下からは引き続きノボルやキヨミ、シンジの叫び声や、複合煙幕弾の大音響が聞こえた。
(くそ、早すぎるぞ)
 ヒロシはタイミングの悪さを呪ったが、だからといって、隠れてやり過ごせる場所などどこにもなかった。選択肢はノボルたちを信じてオペレーションルームに急ぐだけで、ヒロシは、疲れてきた足で非常階段を蹴った。
 そして、なんとか目指す階に到着したヒロシは、マコトから少し遅れてフロアに出た。
「急いで!」
 背後からはさらに上の階へ向かうシンジたちが迫っていて、真っ白い煙幕や刺激臭も届き始めていた。
 マコトは叫ぶようにヒロシを促して、素早く通路の両側にあるオペレーションルームを示した。
「どっち!?」
「この先の、吹き抜けを左に曲がった突き当たりだ」
「奥なの!?」
 一瞬、マコトは驚いた表情を見せたが、すぐに、複合煙幕弾をヒロシの背後に投げつけて、非常階段とフロアに間に白い煙幕の壁を作った。
「だったら、走るわよ!」
「……あ、ああ」
 不意を突かれて煙幕を吸い込んでしまったヒロシは、マコトに腕をつかまれて、咳き込みながら走り出した。もう、マコトだけが頼りだった。
 しばらくマコトに腕をつかまれて走っていたヒロシは、煙幕を抜けて吹き抜けが近付いてきたところで、一人で走れるようになった。
「あ、ありがとう。あとは一人で走れる」
「じゃあ、急いで。もし誰かに気付かれたら、フジムラ一人だけでも作戦を成功させるんだからね」
「ああ」
 すぐに向き直ったマコトの後ろ姿に、ヒロシは小さくうなずいた。モリを引きつけてくれたシンジたちの努力を無駄にするわけにいかなかった。
 ヒロシたちは口をつぐんで、吹き抜けと、その先のオペレーションルームへ急いだ。
 竹が植えられていた特別管理エリアと違って、照葉樹の枝が広がる吹き抜けに見向きもしないで、ヒロシたちは吹き抜けを左に曲がった。
「あれが入り口ね」
 二人の先に到着したロボットが合図しているのを見付けて、マコトが先に口を開いた。
「ああ。俺が義眼で開けるから、ヒラタは辺りを警戒しててくれ」
「分かった」
「ドレッドノートたちもいるんだってこと忘れるなよ」
 ヒロシはマコトに釘を差して、心の中で自分に言い聞かせた。
(大丈夫。誰かに見せるわけじゃない)
 もし、マコトや誰かに見られたらと思うと、ヒロシは逃げ出したかった。でも、もう少しで電子空間に住めるようになると、ヒロシは自分の逃げ出したい気持ちを抑えつけた。
 ヒロシたちはオペレーションルームの入り口に到着して、ヒロシはドアの前に立った。
「こっちを見るなよ」
「良いから早くやって」
 マコトの叱咤の中、ヒロシはサングラスを外した。病院関係者や家族、タケルの前以外で、サングラスを外すのは初めてだった。

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