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「こっちだ!」 脱出したマコトたちは、ヒロシの先導で、とりあえず、特別会議室の下の階に到着した。NSSの本社ビル内は、ミキたちの攻撃でほとんど機能しなくなっていたから、非常階段を使っての移動だった。 下の階もひどく騒然としていて、誰もヒロシたちのことを気にしてないようだったが、珍しく興奮している様子のヒロシは、先を急ごうとした。 でも、後ろの三人を振り返ったマコトは、すぐにヒロシの左腕をつかんで引き止めた。 「待って。ノボルがまだ来てない」 「なんだって? もう捕まったのか?」 「違うって! 追ってきそうかどうかギリギリまで見てるの!」 マコトの代わりに、追い着いたキヨミが強い口調で答えた。しんがりのシンジとノボルとの連絡役になっているキヨミは、まだ少しアマヒラたちを信じているようだったが、それなりに吹っ切れた様子だった。 キヨミはすぐに非常階段に駆け戻って踊り場を見上げて、ちょうど駆け下りてきたノボルに気付いた。 「来た!」 「様子はどう?」 「ウミダさんが言ってたとおり、もうしばらくは大丈夫そうだ! ドアを壊そうとしてるみたいだったけど、まだ他から助けは来てなかった」 「じゃあ、先にスカーフを着けちゃいましょう」 ノボルの非常階段を駆け下りながらの報告を聞いたマコトは、ウエストポーチからスカーフを取り出して、素早く首に巻いた。 ミキがヒロシたち全員に持たせたスカーフには、NSSの監視システムを誤作動させるコードが印刷されていて、アマヒラたちが監視システムを奪回したとしても、ヒロシたちを画像認識できないはずだった。 「フジムラ、これで良い?」 「ああ。それより、用意ができたら先に進むぞ」 ヒロシはスカーフを巻いたマコトを一瞥しただけで答えた。ヒロシはスカーフを鉢巻きのように細く折って頭に巻いていて、キヨミ、シンジ、ノボルの三人も、どの方向からも柄が見えるように身に着けていた。 「みんな良いわね?」 「うん、大丈夫」 スカーフを首に巻いたキヨミが代表して答えると、ヒロシが先に飛ばしていたスズメバチ型の小さなロボットに合図した。大きさもスズメバチくらいのロボットは、電子空間での作戦で手が離せないミキに代わって、ヒロシたちの道案内と周辺の警戒をすることになっていた。 「じゃあ、行くぞ」 はやるヒロシに促されて、マコトたちもフロアの反対側にある非常階段に向かった。 「話し掛けられるなよ」 「フジムラこそ、不審がられないでよ」 マコトはヒロシに並びながら、小声で言い返した。 社内の重要部署が集まっているフロアは、特別会議室のある階よりずっと人が多い上に、GM人間やGM知的生命、機人の姿もあった。今は気にされてなくても、アマヒラたちのことを気付かれたら、逃げ切れないのは火を見るより明らかだった。 そのため、ヒロシたちは精一杯平静を装って、フロアの通路を進んだ。 途中、何度か人とすれ違ったり、追い抜かれたりするたびに、ヒロシたちは緊張した。視線を向けられるだけで駆け出したくなったが、シミュレーションで何度も練習したとおりに、なんとか早足にはならないですんだ。 「ねえ、ウミダさんはまだリーダーを確保できないの?」 「ああ。まだ連絡はない」 ロボットを目で追っているヒロシは、マコトに目を向けないまま答えた。 まだしばらくは大丈夫と分かっていても、いつモリがドアを破って追ってくるかと思うと、マコトは気が気でなかった。モリ一人でさえ相手にできないのに、一階には、警察や軍隊の特殊部隊に匹敵するドレッドノートたちまでいた。 「ねえ、ウミダさんは何て言ってるの? 忙しくても、連絡は取れてるんでしょ?」 「ああ。でも、さっきからずっと『予定どおり、一般エリアまで降りろ』のままだ」 「じゃあ、ドレッドノートたちは? ウミダさんたちの足止めはうまくいってるの?」 「さあな」 ミキとの連絡を一手に引き受けているヒロシの口調に、少しいらだちが混じった。 「俺に話し掛けるヒマがあったら、回りを警戒しろよ」 「ご、ごめん」 マコトはすぐに口をつぐんだ。でも、落ち着かないのは変わらなかったし、黙って歩くのは苦痛だった。シミュレーションとはまったく違うプレッシャーを、マコトは少しでも吐き出してしまいたかった。 とはいえ、それはできなかったし、してはならないことだった。 (何やってるのよ! フジムラを責めてばっかりじゃない) マコトはヒロシの隣を歩きながら、心の中で自分をしかりつけた。ヒロシを責めても意味がないどころか、ヒロシにマコトが嫌な性格だとばれてしまう可能性さえあった。 口をつぐんだままヒロシから目をそらせたマコトは、手に隠し持っている複合煙幕弾を強く握りしめて、自分に強く言い聞かせた。 (こうなったら、なにがなんでも作戦を成功させきゃ) マコトの力による作戦の成功だけが、ヒロシにぶつけた言葉を正当化できる方法だと思った。 そして、決意したマコトがすぐに前方の警戒とキヨミとの連絡に取り掛かって、ヒロシたちは、無事にフロアの中央にある吹き抜けに到着した。 屋外に出たように感じられるほど巨大な吹き抜けは、ヒロシたちのいる特別管理エリア全体をつないでいて、七、八階分の高さがあった。作戦中でなければ、階下の日本庭園を楽しむこともできたが、マコトはすぐに上下階の様子をうかがった。 「まだ大丈夫そうね」 モリやドレッドノートたちなら、吹き抜けを階段代わりに使いそうだったが、まだそういう気配は感じられなかった。作戦どおり、ミキたちが、抜き打ちの社内対処訓練だと本社ビル中に思わせているようだった。 素早く様子を確認したマコトは、ヒロシに向き直って、進む方向を確認した。 「こっち回りで良いの?」 「ああ。オフィス部分を抜けたから、少しスピードを上げるぞ」 「分かった」 「あと、吹き抜けばかり気にするなよ」 ヒロシがキヨミに合図しているマコトに注意して、マコトはすぐに向き直った。 「分かってるってば」 マコトは少しムキになって言い返すと、再びヒロシに並んだ。シミュレーションで何度もやっていたし、ヒロシに言われなくても、オフィス部分や前方への警戒も欠かさなかった。 (絶対気付かれてなるもんですか) ヒロシにもっと言い返したい気持ちを強く抑えつけて、マコトはヒロシの隣を今までより少し早足で歩いた。 すぐに、キヨミとノボル、シンジもヒロシたちに追い着いて、マコトは少しだけ考える余裕ができた。 (それにしても、ウミダさんってホントにただの探偵なの?) 作戦を最初に聞いたときはとてもできると思えなかったが、ミキたちは、本当にNSSの本社ビルのネットワークを制圧しているようだった。一時的で、ELFのスーパーコンピューターを無制限に使っているからとはいえ、たった数人の探偵にできることとはとても思えなかった。 でも、たった数人では、軍隊でも無理だったから、マコトは小さく首を振ってそれ以上の考えを打ち消した。 (まさか、ウミダさんが“イブの子供たち”のはずないじゃない) 軍隊でも対抗できないほどの実力を持っていたというイブの子供たちなら、一人でもできるかもしれなかったが、マコトはミキがイブの子供たちの一人だと認めたくなかった。ミキの自信やアダムの遺産へのこだわりも説明できるとはいえ、イブの子供たちにミキの名前はなかった。それに、イブの子供たちは伝説的な巨人で、マコトが勝負できるような相手ではなかった。 考えを打ち切ったマコトが、ミキはウソをついていると思おうとすると、隣を歩いていたヒロシが、小さく身体を緊張させた。 「マズイ」 「どうかしたの?」 「一階で、ドレッドノートたちが防火扉を壊して、非常階段を登り始めたらしい」 「え!」 「しかも、二ヵ所とも登り始めやがった」 ヒロシはマコトに答えるのと同時にさらに早足になって、吹き抜けの反対側の通路へ急いだ。 驚いたマコトは、すぐにキヨミに合図してヒロシを追ったが、シミュレーションでも、かなり危険な状況だった。 「じゃあ、どうするの? 一般エリアまで降りるのはあきらめる?」 「いや、ミキたちがガードロボットを使って足止めしてるから、とにかく急いで下に降りる」 「分かった」 ヒロシの深刻そうな横顔を見て、マコトは素早く状況を確認した。作戦では、ドレッドノートたちをもうしばらく一階に足止めできると考えていたが、ドレッドノートは、あらかじめ、アマヒラに指示されていたに違いなかった。 すると、ヒロシとマコトの雰囲気に気付いたキヨミが、小走りで二人に追い着いて、マコトに小声で尋ねた。 「もしかして、もう追ってきたの?」 「そう。ドレッドノートたちが全部の非常階段を登り始めたんだって」 「じゃあ、急がなきゃ」 キヨミも深刻な表情になって、マコトにもっと急ぐように主張した。 「一階で非常階段を登り始めたんなら、モリさんだってそろそろドアを壊しちゃうんじゃない?」 「そうね。変に思われても仕方ないから、もっと急ぎましょう」 マコトは、立派でも、防火扉より弱そうな特別会議室のドアを思い浮かべて、ヒロシに走るようにせかした。 「フジムラ、走るわよ」 返事を聞かないでヒロシの腕をつかんだマコトは、そのまま、ヒロシを引っ張るように走り出した。 キヨミの合図でノボルとシンジも走り出して、ヒロシの先を飛んでいたロボットもスピードを上げた。 ここからはスピードの勝負で、どちらが先にミキたちの確保したリーダーにたどり着くかだった。 「フジムラ、ウミダさんたちはリーダーを確保できてる?」 「いや、まだ連絡はない」 「じゃあ、作戦変更も考えてもらって」 「何!?」 一人で走り始めたばかりのヒロシがマコトをにらんだ。作戦変更で、一般エリアより近い、管理エリアのリーダーを使う場合、権限者のIDに偽装した、ヒロシの義眼による認証が必要だった。 「まだあきらめるのは早いだろ!」 「でも、絶対、一般エリアに先に着けるっていう保証もないでしょ!」 「く……」 マコトの反論に、ヒロシはマコトから顔をそらせた。いくらミキたちが足止めしても、ドレッドノートたちの方が一般エリアに近かった。 そのため、ヒロシはしばらく黙ったままで、マコトと並んで非常階段を駆け下り始めた。 エレベーターの代わりに使っていた人たちが驚いて道を空ける中、ヒロシたちは全速力で非常階段を駆け下りた。 マコトもヒロシの様子をうかがう余裕はなかったが、ヒロシが一度だけ、短く答えるのが聞こえた。 「……分かった」 ヒロシがサングラスを外す覚悟を決めたのだと分かって、マコトは、改めて、自分の力で作戦を成功させると決意した。 |
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