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16、決行


 ヒロシたちはモリの案内でNSS本社ビルの特別会議室に到着した。
 シミュレーションでは完全に分からなかった重厚な雰囲気に圧倒されて、ヒロシたちは全員言葉少なだった。床にはぶ厚い絨毯が敷かれて足音がしなかったし、自分たちのいる場所が重役専用のフロアであることはヒロシたちにも一目で分かった。
 モリも必要以上のことを話さなかったから、ヒロシたちは、到着しても、黙って様子をうかがうばかりだった。
(怖じ気づいてないで辺りをしっかり見ろ!)
 ヒロシたち五人の先頭を歩いていたヒロシが、自分を叱咤して辺りを見回し始めた。作戦で、アダムの遺産の残り半分を取り返してからの道案内などのために、ヒロシたちはスズメバチ型の小さなロボットを使うことになっていて、隠し持っているヒロシが必要なデータを集めることになっていた。
 ヒロシの義眼を通してロボットに送られるデータはいくらあっても良かったが、ヒロシが辺りを見回し始めてすぐ、モリが特別会議室の中にいるアマヒラに呼び掛けた。
「フジムラさんとご友人たちをご案内しました」
『どうぞ』
 インターホン越しにアマヒラの声が聞こえたと思うと、特別会議室のドアが開いた。ヒロシたちは、もしかしたら、アマヒラの他に誰かいるかもしれないと警戒していたが、中にいるのはアマヒラ一人らしかった。
「どうぞ、先にお入りください。今、ジュースをお持ちいたします」
「あ、ありがとうございます」
 急いで見回すのを止めたヒロシが、ドアの脇に立つモリに頭を下げて、マコトたちを振り返った。マコトが代表して小さくうなずいて、ヒロシたちは特別会議室に入った。
 今日のヒロシたちは、全員、作戦に備えて動きやすい服装だったから、ヒロシはアマヒラにも尋ねられないことを心から願った。
 そして、特別会議室に最初に入ったヒロシが中を見回すと、特別会議室は二十人ほどが楽に会議できそうな広さだった。
「うわ、広……」
 マコトとキヨミに続いて特別会議室に入ったノボルがつぶやいた。
 奥の巨大な窓からは新宿の高層ビル街が見えていて、その景色を背にアマヒラが立ってヒロシたちを迎えた。アマヒラの前にはテーブルがO型に並べられていて、アマヒラと向かい合う側には革張りの大きな背もたれがついたイスが五脚並べられていた。
「どうぞ、お掛けください。今日はご足労いただきありがとうございます」
「いえ、こっちこそ会ってくれてありがとうございます」
「先日も電話でお話ししましたが、よくウミダさんたちの申し出をお断りできましたね? ウミダさんたちに尾行されませんでしたか?」
「大丈夫です。ミキとはしっかり話をつけてきましたから」
 ヒロシが勧められたイスに向かって歩きながら答えると、アマヒラはほとんど無表情でうなずいた。アバターでももっと表情を出せるのに、アマヒラは何度見ても表情がよく分からなかった。
「それなら結構です。念のため、私たちも確認いたしましたが、ウミダさんたちはヒロシさんたちを尾行しなかったようですね」
 アマヒラはヒロシたちがイスに座るのを見届けて、特別会議室に入ってきたモリに小さく合図した。
 ヒロシたちが入ってきたドアとは違うドアから入ってきたモリは、もうオレンジジュースを乗せたお盆を持っていて、慣れた様子で、座ったばかりのヒロシたち一人一人に出していった。
「失礼します」
「あ、ありがとうございます」
「お話のあとにランチをご用意いたしますので、今はオレンジジュースだけでご容赦ください」
「は、はい……」
 ヒロシたちは、モリの、ヒロシたちが大人であるかのような態度に再び戸惑った。素早く、鋭い行動で、ドレッドノートのような大型のGM知的生命にも匹敵する、元戦闘用のGM人間ということだったが、モリもまた、よく分からない相手だった。
 そのため、ヒロシたちが少し緊張していると、オレンジジュースを出し終えたモリがお盆を抱えていったん下がって、アマヒラも自分の豪華なイスに腰を下ろした。
「どうぞ、楽にしてください。暑かったり、冷房が利きすぎということはありませんか?」
「大丈夫です」
「それより、お話の前に、一つだけ質問させてください。NSSは、アダムの遺産の残り半分を、リズから奪ったわけじゃないですよね?」
 突然、今日はこれまであまり話さなかったキヨミが割って入った。
「ミキさんは、NSSの元会長が奪ったに違いないって言うんですけど、違いますよね?」
 キヨミのすがるような表情に、アマヒラはキヨミに向き直った。
「サタケさん、ウミダさんがなぜそうおっしゃったのかよく分かりませんが、私たちNSSは、アダムの遺産の残り半分を所持していません」
「で、でも、そうじゃなかったら、なんであんなにすごい提案をフジムラにしたんですか?」
「残念ですが、その質問にはお答えできません」
「じゃ、じゃあ――」
「おい!」
 ヒロシとマコト、シンジの三人を挟んで反対側に座っていたノボルが強い口調でキヨミの言葉を遮った。
「話の邪魔になるだろ!」
「ご、ごめん……」
 言いすぎに気付いたキヨミが素直にノボルに謝った。結局、全員がミキから聞いた「アマヒラが機人ではない」という話は、出発前に集まったときの話し合いで、切り札として使うことに決めてあった。
「ミズタニさん、私は別に構いませんよ。疑問や心配などがありましたら、遠慮しないでお尋ねください」
「ありがとうございます。でも、あたしたちはフジムラの付き添いですから」
 マコトがアマヒラに見詰められたノボルの助け船に入って、アマヒラの矛先をノボルからそらさせた。
「あたしたちのことは気にしないで話を進めてください」
「……分かりました。ヒロシさんはよろしいですか?」
「はい」
 ヒロシは正面に座っているアマヒラにうなずいた。シミュレーションで何度も練習していたが、ミキの手助けなしで、アマヒラをだまさなければならないと思うと緊張した。
(落ち着け。シミュレーションではうまくできたじゃないか)
 心の中で自分に言い聞かせていると、テーブルの下のヒロシの右足に、マコトのつま先が当たった。
 ――ほら、しっかり。
 昨日の夜からマコトを意識してしまっていたヒロシは、マコトの応援だと気付いて、緊張していた気持ちが奮い立った。ミキがいないからといって、絶対に失敗させるわけにはいかないと思った。
「言われたとおり、指輪を持ってきました」
「まだ出さないで結構です。今、確認書をご用意いたします」
 シャツの胸元から指輪を取り出そうとしたヒロシをアマヒラが制止した。そして、アマヒラがヒロシから視線を上げると、いつの間にか、特別会議室に戻ってきたモリが、確認書とともに、ワゴンに乗せたリーダーを運んできていた。
「……あれがリーダーか」
 ヒロシは左隣に座っているシンジのつぶやきが聞こえた。
 リーダーそのものは片手に乗る大きさのはずだったが、ミキの言っていたとおり、わざわざワゴンと一体化させてあった。
 ――なにせ、機密情報システムから書き込みもできる、社内に数台しかない、特別仕様だからね。
 ヒロシの耳にミキの言葉がよみがえった。
 作戦でも、あのリーダーを使って、アダムの遺産の残り半分を持ち出すことになっていたから、ヒロシたちの視線は自然とリーダーに集中した。
 でも、モリはヒロシたちの注目に気付いてない様子で、ワゴンをアマヒラの左隣に運んだ。
「確認書はヒロシさんにお出しして」
「はい」
 アマヒラの指示を受けたモリは、すぐにテーブルを回り込んで、確認書と万年筆をヒロシの前に並べた。革製のファイルに入った確認書は紙に書かれていて、ヒロシは初めて見る紙の書類に視線を落とした。
「確認書の内容をご確認の上、こちらにサインをお願いします」
「おい、なんて書いてあるんだ?」
「確認書は、ヒロシさんがアダムの遺産の半分を提供して、私たちNSSに協力してくださることを確認するためのものです。アダムの遺産の半分を譲り渡したり、ヒロシさんの行動を制限する契約書ではありませんから、ご安心ください」
 ノボルがヒロシに尋ねた質問にアマヒラが答えた。
 アマヒラは反対側のテーブルから、ヒロシたちの一挙一動を監視しているようだったが、ヒロシは構わないで万年筆を取った。
「ここにサインすれば良いんですね?」
「はい。もうご確認はよろしいのですか?」
「気持ちは変わってませんから」
 ヒロシはモリに答えて、一気に確認書にサインした。ヒロシは独りでなかったし、アマヒラたちが確認書でヒロシの気持ちを縛れると思っているのなら、大間違いだと思った。
 そして、サインを終えたヒロシは、万年筆と確認書をモリに返して、アマヒラを見返した。
「指輪はどうするんですか?」
「モリにお預けください。こちらで読み込ませていただきましたら、すぐにお返しします」
「預けるんですか?」
「はい。こちらのリーダーはNSSの機密情報システムに直結していますので、どうかご理解願います」
「じゃあ、そっちで待って良いですか? ここからだと、指輪がよく見えなさそうなので」
 ヒロシは泳ぎそうになる目をなんとかそらさないで、アマヒラに主張した。リーダーの近くにいることが、作戦成功の絶対条件だった。
 アマヒラに見返されて、ヒロシは視線に力を込めた。
(気付くなよ)
 今日、ヒロシが持ってきた指輪には、アダムの遺産の半分ではなく、ミキたちが苦労してNSSの機密情報システムに侵入させた、ユニットを作動させるためのコマンドが入っていた。そして、コマンドは、リーダーで読み込まれるのと同時に作動することになっていたから、ヒロシは必死だった。
 拒否されたら、ユニットが作動した瞬間に、全員で駆け寄ることになっていたが、アマヒラはあっさりとヒロシの主張を認めた。
「……分かりました。では、ヒロシさんだけ、こちらにいらしてください」
「え、俺だけですか?」
「はい。他の方はそのままお待ちください」
「分かりました……」
 マコトたちも一緒に近くまで行けると期待していたヒロシは、後ろ髪を引かれる思いで立ち上がった。ヒロシ一人だと成功率は高くなかったが、これ以上要求して、アマヒラたちに警戒されるわけにいかなかった。
「じゃあ、指輪です」
「確かに、お預かりしました」
 ヒロシはチェーンを外した指輪をモリに渡して、モリのあとに続いた。少しだけマコトたちを振り返ると、マコトがアマヒラに気付かれないように片目をつぶって、ノボルが小さく片手をあげてみせた。
(大丈夫。必ず成功する)
 ヒロシはすぐに向き直りながら、マコトたちに小さく片手を握ってみせて、先に確認書と万年筆をアマヒラに渡したモリの指示に従った。
「ヒロシさんはそこでお待ちください」
「はい。それがリーダーですか?」
「そうです。今、モリが読み込ませます。特別なプロテクトが掛かっていなければ、すぐにお返しできるはずです」
 確認書を見ていたアマヒラがヒロシに向き直って説明して、モリが指輪をリーダーに乗せた。読み込み中のランプが点灯して、見詰めているヒロシは緊張が高まった。
(頼むぞ)
 作戦では、マコトとキヨミがアマヒラたちの気を引き、シンジとノボル、そして、NSSのネットワークに侵入したミキが、ヒロシを援護することになっていた。
 アマヒラたちの気を引くのはタイミングが大切だったから、ヒロシがマコトたちに合図して促そうとすると、マコトが自分からアマヒラに話し掛けた。
「あの、一つ質問して良いですか?」
「どうぞ」
「アマヒラさんは機人ですよね?」
「そうです。ですから、指輪はモリに任せました」
「でも、ウミダさんが、『アマヒラさんは機人じゃないはずだ』って言うんです」
 マコトは振り向いたアマヒラに正面から挑んだ。切り札の情報を使って、アマヒラの関心を最大限引きつけようとした。
「ウミダさんがどういうつもりでおっしゃったのか分かりませんが、私は機人ですよ。この身体はアバターではありません」
「それが、『アバターでもない』って言うんです。機人でも、電人でも、アバターでもないなんて、どういうことだと思いますか?」
「さあ、ウミダさんにお聞きした方が良いと思いますが」
 アマヒラはかすかに眉をひそめて不快な表情を見せたが、そのとき、ヒロシたちには分からないすきができた。
 ――!!
 そのすきに、読み込まれたコマンドによってユニットが作動して、機密情報システムが混乱した。そして、混乱は密かに機密情報システムをモニターしていたアマヒラやNSSのネットワークにも伝わって、要塞のように堅固なセキュリティーにほころびが生じた。
 すべてはヒロシたちがリーダーに駆け寄る間もないくらいのわずかな時間だったが、このすきを待ち望んでいたミキたちにとっては十分な時間だった。
「ゆ――」
『やっぱりモニターしてたのね、“究極の人形”さん』
 アマヒラの言葉を遮って、ミキの声が特別会議室の天井から割り込んだ。しかも、特別会議室の中央に設置されたディスプレイを乗っ取って、等身大の映像付きでの登場だった。
「ミキ!!」
「ウミダさん!」
『さ、ここは良いから早く逃げなさい』
 ミキが驚いているヒロシに振り向くのとほとんど同時に、シンジとノボルがアメやチョコレート菓子に偽装して持ち込んだ複合煙幕弾を投げつけた。
 一瞬にして、白煙と熱、騒音、刺激臭が特別会議室に広がって、電波が使えなくなった。
 すぐ近くに投げつけられたモリが、煙幕から逃れて態勢を立て直そうとしたすきに、ヒロシは煙幕を無視してリーダーに駆け寄った。そして、アダムの遺産の残り半分を書き込み終えた指輪をつかんだ。
「止めなさい!」
『悪いけど、あなたたちの相手は私よ』
 ミキは、ヒロシを捕まえようと右手を伸ばしたモリに、天井から超指向性の大音響を浴びせた。すぐにモリは横に飛んで逃れて、ヒロシとの距離がさらに空いた。
「こっちよ!」
 イスから立ち上がったマコトがヒロシを呼んで、援護するための複合煙幕弾をモリの近くに投げつけた。
 キヨミはまだためらっているようだったが、ヒロシたちが座っていたイスをモリのいる方に送って協力した。
「よし、逃げるぞ!」
 駆け戻ってマコトたちと合流したヒロシが呼び掛けると、マコトもシンジとノボルに呼び掛けた。
「みんな逃げるわよ!」
 ヒロシたち五人は、複合煙幕弾を投げつけて牽制するノボルとシンジをしんがりに、特別会議室を脱出した。目指すのは、ビルの外ではなくて、ミキたちがいるネットワークにつながったリーダーだった。
(みんな、頼むぞ)
 どのリーダーが安全かはまだ分からなかったが、ヒロシはマコトたちの協力を確信していた。いつの間にか、ヒロシはマコトたちを信頼していて、仲間だと意識するようになっていた。

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