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マコトの抗議でマコトたちもヒロシとアマヒラたちの話に立ち会うことになったが、カフェテラスでヒロシと同じ席ということにはならなかった。ヒロシはアマヒラ、ミキと同じテーブルになり、マコトとキヨミはモリと同じテーブル、シンジとノボルはまた別のテーブルになった。しかも、ヒロシとマコトたちの間にはアマヒラ、モリ、ミキが座るという念の入れようで、ヒロシはマコトたちを警戒しすぎだと思えてならなかった。 でも、アマヒラはヒロシの考えていることなどまったく気にしてない様子で、ゆっくり店内を見回しながら座り直すと、改めてヒロシに向き直った。 「みなさん落ち着かれたようですね」 「…………」 「この店に入るのは初めてですが、ヒロシさんは気に入りませんか?」 「……別に」 「それなら結構です。あと、ヒロシさんはフレッシュ・オレンジとマカロンだけでよろしいんですか? 何を注文されても結構ですし、今の季節なら、マロングラッセなどもいかがですか?」 アームチェアに足を組んでくつろいでいるアマヒラはヒロシを促したが、ヒロシはアマヒラへの警戒を解かなかった。両親やミキの話からNSSに良い印象を持ってなかったし、さっきドレッドノートに荷物のように抱えられたことで印象はさらに悪くなっていた。 そのため、ヒロシは無言の拒否でアマヒラに答えて、アマヒラはもう一度ヒロシの警戒を解こうと優しい口調で話し掛けた。 「安心してください。別にこれぐらいで買収しようとなんて思ってませんよ」 「それより、こっちの話を聞くんですか?」 「まあまあ、その前に少し弁解させてください。ウミダさんに良くないウワサを聞かれているかもしれませんが、私たちは決して差別的な会社ではありません。ヒロシさんも私が人間でないことはご存じでしょう?」 「まあ……」 「それに、NSSは飛鳥救援プロジェクトに協力しています。プロジェクトは宇宙船そのものより、電人の飛鳥救出が目的ですから、本当に差別的な会社だったら協力しないでしょう。 もちろん、だからといって、何もなかったとは言いません。ネットワーク管理企業として、戦前、戦中は電人や電命の方たちと不幸な関係になることもあったのは事実です。ですが、現在は様々な方法で和解に努めていますし、ウミダさんたちとも良好な関係を保ちたいと思っています」 『だったら、私たちの邪魔をしないでほしいものね』 アマヒラが話していると、不意に、黙っていたミキがアマヒラの話を遮るように口を開いた。ミキは店から借りたイス型のディスプレイに等身大の姿を映していて、同じように映像のコーヒーカップから口を離したところだった。 『ヒロシを見付けたのは私たちが先よ。あとから来て強引に割り込まないでくれる?』 「それは誤解です。私たちはヒロシ君を守ろうとしただけです」 『私たちでは力不足ってこと?』 「いいえ。私たちの方がヒロシ君を物質空間でも万全の体勢で守れると判断しているだけです」 アマヒラはミキを見ようとしないまま言い返して、ヒロシに話を続けた。 「ヒロシさん、私たちに任せていただけませんか? 私たちならヒロシさんにいつでも最高のものを提供できます。ヒロシさんの願っていることにも必ず協力できるでしょう」 アマヒラはアームチェアの背もたれから身を離すと、片手でテーブルに名刺を置いた。 「私の名刺です。これに私たちが提供できるもののリストを入れておきましたから、確かめてください」 「ミキにも見せるけど?」 「どうぞ。ユニットは入れていないとお約束します」 『それは何よりね。 ヒロシ、ケイタイで読み取ってくれる?』 「うん」 疑心暗鬼で名刺を受け取ったヒロシはポケットから取り出したケイタイに名刺をかざした。 読み取った名刺の情報はミキがすぐにチェックしたが、ミキの表情は険しかった。 『……あなたたちはヒロシを実験台にするつもり?』 「とんでもない。私たちはヒロシ君の願いに協力できることを示しただけです」 『協力するんじゃなくて、利用させてもらうって素直に言ったらどう? あなたの父親も相当願ってるって、もっぱらのウワサよ?』 ミキは百歳を超える元会長が政府などに電子空間の利用を規制する法律の改正を働き掛けていることを批判した。 『元会長が願うのは勝手だけど、そのためにヒロシに近付くのは止めてもらえないかしら』 「ウミダさんこそ、ウワサで決め付けないでください。それに、このリストを判断されるのはヒロシ君ですから」 アマヒラは批判するミキを冷ややかに切り捨てた。ヒロシはリストを見たくなかったが、「実験台」とはどういうことなのか気になってもいた。 そして、ミキの視線を無視して、アマヒラが先を促した。 「ウミダさん、確認が終わったのでしたら、リストをヒロシ君に見せてあげてください」 『……そうね。 ヒロシ、サングラスに表示するわよ』 「うん」 ヒロシが返事をすると同時に、サングラスに箇条書きの文章が表示された。でも、ヒロシは読みたい気持ちと読みたくない気持ちが半々で、黙ってリストをスクロールさせた。 すると、硬い表情でリストを見ていたヒロシの身体がビクッと小さく震えた。 ――! 「別に隠されるようなことではありませんよ。誰でも一度は思うでしょうし、ヒロシさんには“事情”もあるようですから」 「……『実験台』ってこれのことか?」 『そうよ。技術は進んでいても、長い間、実施されてなかったんだから分かるでしょ?』 「…………」 ヒロシはアマヒラとミキに見詰められながら、食い入るようにリストの一文を見詰めた。アマヒラたちがどうやってヒロシの秘密の願いを知ったのかは分からなくても、リストには「電子空間で暮らすために必要な設備・技術・人材・資金の無償提供」とはっきり書かれていた。 「……これは本当なのか?」 「もちろんです。他にも謝礼を支払わせていただきますし、すべてが終わるまでの安全はNSSが保障いたします。必要であれば、ご両親の説得にも協力いたしますよ?」 「…………」 「ウミダさんたちがヒロシさんに何を約束されているかは分かりませんが、私たちの提案も考えていただけませんか? 私たちはヒロシさんの協力を必要としているのです」 アマヒラの言葉に、ヒロシはもう一度リストの一文を見詰めた。 ミキもヒロシが電子空間に住むことに協力すると約束していたが、アマヒラたちの提案の方がはるかに具体的だった。リストにはNSS関連の研究所や病院の名前まで書いてあって、ミキたちではとてもこれだけのものを提供できそうにないという気がした。 でも、ヒロシはミキの視線に気付いて、考えていたことを頭から追い払った。NSSについて聞かされたことやドレッドノートにされたことを思い出そうとした。 「いらない。それより、今度はこっちの話の番だ」 「まあまあ、そんなに急いで結論を出さないでください。ウミダさんへの気兼ねもあるでしょうし、しばらく考えてくださって結構ですよ」 「何度考えても答えは同じだ」 ヒロシはミキの信頼を裏切りたくなくて名刺を突っ返した。ミキたちだってまだ提供できないと決まったわけではないし、これ以上アマヒラの話を聞いていたくなかった。 「それより、そっちの話を聞いたんだから、今度はこっちの話を聞いてもらうぞ」 「もちろんです。でも、この名刺は持っていてください。私たちはヒロシさんが協力してくださると信じてますし、これがお役に立つことがきっとあるでしょうから」 「何?」 名刺を突っ返してアームチェアに座り直したヒロシは露骨に眉根を寄せた。 「どういうことだ?」 「一言で言うと、ヒロシさんは狙われているのです」 「知ってる」 「ですが、どれだけ多くの者がヒロシさんの協力を願っているかご存じですか? 今のところはウミダさんたちが対応されているようですが、中には何をするか分からない者もいますからね。その点、NSSなら人材も豊富ですし、シェルターの提供などもできますから」 アマヒラは親切そうな態度で言って、ミキを牽制した。ヒロシはミキをかばいたかったが、ヒロシもミキの仲間を二、三人しか知らされてなかった。 でも、ミキは落ち着き払った態度で、コーヒーカップをソーサーに戻した。 『確かに、これからはあなたたちの名前のある方が楽でしょうね。でも、もっと簡単な方法があるわよ?』 「まさか、ウミダさんたちも協力してくださるのですか?」 『そうじゃなくて、私たちと“対抗訓練”をするのよ。私たちが勝ったらあなたたちの名前と同じくらい効果があるし、そうでなくても、牽制にはなるでしょ?』 「なるほど、『対抗訓練』ですか」 ヒロシを向いていたアマヒラが少しだけミキに身体を向けた。アマヒラもミキが誘いを掛けていることに気付いた様子だった。 『訓練の内容は、私たちがNSSの本社ビルを模擬攻撃するから、あなたたちがそれを阻止する、なんてのはどう? もし私たちが突破できたら、ヒロシを狙ってる人たちもいなくなると思うわよ?』 「そうかもしれませんが、ハンデが大きすぎるのではありませんか?」 『それくらい、こっちに合わせてくれるでしょ?』 アマヒラより少し背が高いミキはアマヒラに挑戦するように見返した。 (そうだ、同意しろ!) ヒロシも息をこらして見守ったが、アマヒラはミキに答えないでヒロシに向き直った。 「ヒロシさんのお話も同じですか?」 「あ、ああ」 「では、協力しましょうと言いたいところですが、他の訓練なら協力いたしましょう」 「え!」 「どんなウワサを聞かれたのか知りませんが、本社ビルでの訓練は無理です。また、ヒロシさんを守るためでしたら、攻守を入れ替えた方が良いでしょう」 「で、でも……、他の訓練なんてどこでやるんだよ」 「ヒロシさんを適切に避難誘導できるかという訓練なら、今すぐにでもご協力できますよ?」 「う……」 ヒロシはアマヒラに見据えられて黙った。反論しようにも、うまく言葉が出てきそうになかった。 (こっちはアダムの遺産の半分を賭けるんだぞ) ヒロシは心の中で反論したが、アマヒラはミキの誘いに乗らなくても、必ずヒロシの指輪を手に入れられると信じている様子だった。 そして、答えられないでいるヒロシがアマヒラから目をそらすと、アマヒラはかすかにほほえんだ。 「大丈夫ですよ。今日はみなさんお疲れでしょうから、心配される必要はありません。ヒロシさんもお菓子とジュースを楽しんでください」 アマヒラはモリに合図をして、待たせていたマカロンとフレッシュ・オレンジを運ばせた。 「ウミダさんも訓練は後日ということでよろしいですか?」 『そうね。残念だけど』 「それにしても、対抗訓練とは自信がおありなんですね」 『私たちもこの仕事で食べてるからね』 「なるほど。ついでにお尋ねしますが、支援者はELFのスガ前大統領ですか?」 ――? 目の前に並べられているマカロンとフレッシュ・オレンジに気を取られていたヒロシはもう少しで聞き逃してしまうところだったが、すぐに顔を上げた。 (なんで電人連邦が出てくるんだ?) でも、ミキは不思議に思わなかった様子で、ごく当たり前のように受け流した。 『さあ。NSSに対抗できるスーパーコンピューターは他にもあるんじゃない?』 「ですが、前大統領は“イブの子供たち”の一人ですから」 『そうね。地球に残っている最後の生き残りね』 アマヒラに見据えられているミキは肯定も否定もしないで、ヒロシに振り返った。 『ヒロシ、名刺は受け取っといてちょうだい。これからこの人たちと連絡を取り合うのに便利でしょうから』 「う、うん」 ヒロシが戸惑いながら答えると、アマヒラもヒロシに向き直った。 「ヒロシさん、くれぐれも無理されないでください。私たちはいつでも待っていますから」 「…………」 『嫌われたみたいね』 「いえ、ウミダさんに気兼ねされてるんでしょう」 ミキとアマヒラはその後もヒロシを挟んで話をしたが、ELFやスガ前大統領が話題に上ることはなかった。でも、ヒロシはミキとこれらの関係が気になって、ひたすら早くアマヒラたちから解放されることを願った。 |
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