10 へ目次へ12 へ


11、包囲


 ヒロシを連れて東口まで逃げてきたマコトたちは、エスカレーターに乗ってペデストリアンデッキに到着した。
 空調の効いた地下と違って、外であるペデストリアンデッキはまだムッとする暑さだったが、マコトたちは地下にいたときは感じなかった解放感と安心感を感じた。ペデストリアンデッキは南口以外にもたくさんの場所に行けたから、アマヒラたちから逃げ切ったという気がした。
 でも、マコトはアマヒラたちに捕まったシンジとキヨミを助けるつもりだったこともあって、すぐに歩き始めながらノボルに声を掛けた。
「ノボル、あたしが先に行くわ」
「何かあったのか?」
「シンジとキヨミがあの人たちに捕まったらしいの。それに、フジムラはロボット街に行くつもりだったって言うから、早く二人を助けないと」
「え!? じゃあ、フジムラはどうするんだ!」
「南口まで一緒に行って別れるつもりよ。フジムラは一人じゃないんだし、南口からだったらロボット街まで行けるでしょ」
 マコトは突き放すように言って、ヒロシを振り返ったノボルを追い越した。ノボルはマコトの変わりように戸惑っていたが、マコトは自分の気持ちを説明しようとしなかった。また、ヒロシも考え込んでいる様子で、口を開きそうになかった。
 そのため、ノボルはすぐに向き直ってマコトに続いた。
「分かった。南口までフジムラと一緒に行って、そのあと、シンジたちを助けに行くんだな。なんだったら、俺一人でフジムラを連れていこうか?」
「いい。あたし一人じゃシンジたちを助けられっこないもの」
「じゃあ、俺が先に行って、様子をうかがってこようか?」
 ノボルはマコトと並んで歩きながらマコトに話し掛けた。ノボルなりに気を遣っているらしくて、話を途切れさせないようにしていた。
「シンジたちの居場所は分かっても、あいつらの様子は分からないだろ? だから、俺が先に行って、情報だけでも集めとこうか?」
「いい。もし見付かったら、ノボルまで捕まっちゃうじゃない」
「大丈夫さ。相手がGM人間だって簡単には捕まらないって」
「フジムラの話によれば、あのGM人間はボディーガードとか、プロかもしれないんだって」
「え!?」
 得意そうに話していたノボルが一瞬目を丸くした。明らかに考えてなかった様子で、少しの間マコトから遅れもした。
「その話、ホントか?」
「ホントよ。ウミダさんに教えてもらったんだろうけど、フジムラに聞いてみれば?」
「いいよ。変に話し掛けたりしたら恨まれそうだ」
 ノボルはヒロシを一瞥しただけで向き直って、すぐにまた話を続けた。
「だとしたら、その分も考えとかないとな」
「そうね」
「あの感じでボディーガードだとしたら……」
 横向きで器用に歩きながら、ノボルはモリに捕まらないで調べる方法を考え始めた。
 でも、マコトはノボルの話を適当に聞き流してヒロシのことを思った。ヒロシがミキと一緒だったなんてまったく考えてもなかった。
(なんで学校じゃなくて探偵に頼むのよ)
 自分まで否定された気がして、マコトは心の中でヒロシの両親を責めさえもした。でも、それだけヒロシがNSSにスカウトされるような何かを持っているという確信が強くなって、ヒロシと南口で別れて良いのだろうかとも思った。
 そして、マコトたちがペデストリアンデッキから南口につながる通路に差し掛かったところで、マコトは少しだけヒロシを振り返った。
「フジムラ――?」
 立ち止まったのは少し遅れ気味のヒロシが気になったからだが、振り返ったマコトはすぐに驚愕した。かすかに物音が聞こえて、視界がわずかにゆがんだと思うと、突然、ヒロシの身体が持ち上がった。
「うわ!!」
「え、何!」
「何だ!」
 ほぼ同時に振り返ったノボルも驚きの声を上げる中、さらにヒグマのような頭が宙に現れて警告した。
「騒ぐな」
 うなるような低い声で警告した頭に続いて、アーミーグリーンの戦闘服に包まれた巨体が現れた。光学迷彩で隠れていた相手は身長が二メートルを軽く超えるGM知的生命で、その人間よりヒグマに近い身体は見る者を圧倒した。そして、そのヒグマのようなGM知的生命は、右手でヒロシをコートか何かのように抱えたまま、マコトたちに向き直った。
「遊びは終わりだ」
 ――!
 声と同時に遮光器型のゴーグルで隠された目がマコトを見下ろしたとき、マコトは殺されると思った。この戦争映画から抜け出してきたようなGM知的生命は、マコトたちが中学一年だろうとまったく手加減するつもりがないのは明らかだった。
 それでも、抱えられていたヒロシが自由になろうとしてもがきながら叫ぶと、マコトは勇気を振り絞って言い返した。
「は、放せ!」
「おとなしくしてろ」
「あ……、あなたは何者なの? 警察を呼ぶわよ」
「それはこっちのセリフだ。こいつを連れ去ったのはお前らだろう」
 GM知的生命はマコトがケイタイを取り出してもまったく気にしなかった。
「それに、そのケイタイで通報できるならしてみるんだな」
「え?」
 マコトはケイタイを確かめて驚いた。バッテリーが切れているはずがないのに、いくら操作してもまったく反応しなかった。
「ちょっと、どういうこと!」
「俺のも動かないぞ!」
 同じようにケイタイを確かめていたノボルも叫んだ。
「一体どうなってるんだ!?」
「あなたのせいね!」
 ケイタイから顔を上げたマコトがGM知的生命をにらんだ。ケイタイが使えなければ、電話や買い物どころか、本人確認さえできなかった。つまり、マコトとノボルも捕まったようなものだったから、マコトはすぐにGM知的生命に要求した。
「今すぐフジムラとケイタイを返して!」
「静かにしてろ。もうしばらくしたらケイタイは使えるようにしてやる」
 公然と要求されたGM知的生命は、不機嫌そうにマコトをにらんで、周りで立ち止まっている人たちをあごで追い払った。周りにいた人たちはすぐにマコトたちから離れたが、マコトに同調していた人は少なくなかった。
「あと、俺はNSS保安部のドレッドノートだ。お前たちをどうするかはアマヒラさんが決めるから、それまでおとなしく反省してろ」
“ドレッドノート”と名乗ったGM知的生命は、マコトを一瞥しただけで、もう一度周りの人たちを牽制した。
(ウミダさんは何してるのよ)
 肝心なときに黙っているミキにマコトは怒りをぶつけたが、ヒロシの様子を見る限り、ヒロシのケイタイも使えなくなってしまっているようだった。
 マコトはドレッドノートに荷物のように抱えられているヒロシを見ているうちに、再び我慢できなくなって要求した。
「ちょっと、いい加減にフジムラを放しなさいよ。どうせ逃げられっこないんだから、いつまで抱えてるつもり?」
「お、おい」
 ノボルがマコトのトートバッグを引っ張って止めさせようとしたが、マコトは逆に、マコトをにらみつけるドレッドノートをにらみ返した。マコトはドレッドノートの態度はもちろん、ミキのことも、アマヒラたちのことも気に入らなかった。
「大体、NSSがフジムラに何の用なの? フジムラなんて、ただの根暗な中学生じゃない」
「俺はおとなしくしてろと言ったはずだぞ」
「答えてよ! そして、フジムラを放しなさいよ!」
「止めろって。挑発してどうするんだよ」
「挑発なんてしてないでしょ! ノボルはフジムラに物みたいに抱えられてろって言うの!?」
「そんなこと言ってないさ!」
 強引にマコトを引っ張ったノボルは向き直ったマコトに大声で言い返した。ノボルはドレッドノートを刺激したくないと思っているようだったが、マコトはドレッドノートへの反感で一杯だった。
「ノボルはドレッドノートが怖いの!?」
「違うって! ヒラタまでフジムラみたいに捕まったらどうするんだよ!」
「そうしたら大声で叫んでやるわ!」
 マコトは顔だけドレッドノートに向き直って、さらに文句を言おうとした。
 でも、ドレッドノートはマコトを無視して後ろに振り返って、マコトとノボルも近付いてくるアマヒラたちに気付いた。
 ――!
「……おい、どうする?」
「どうするもこうするも、あたしたちだけ逃げるわけいかないでしょ」
 マコトたちに背を向けたドレッドノートの後ろで、マコトは小声でノボルに言い返した。アマヒラたちはシンジとキヨミを連れていて、すでにマコトたちに気付いている様子だった。
「こうなったら三人まとめて助けなきゃ」
 自分に言い聞かせるように言って、マコトは背を伸ばして近付いてくるアマヒラたちを見返した。
 そして、他の人たちなど眼中にない様子で、アマヒラたちがマコトたちのいる場所に到着した。
「マコト! 大丈夫だった!?」
「ちょっと、しがみつかないで!」
 ほぼ同時に抱きついてきたキヨミをマコトは強引に押しのけたが、アマヒラは再会を喜ぶマコトたち四人を無視して、ドレッドノートに指示した。
「フジムラさんをすぐに下ろしなさい」
「了解」
「あとは私たちがやるから、あなたは元の仕事に戻って」
 アマヒラはまるでドレッドノートが使用人であるかのように下がらさせた。ドレッドノートが放したヒロシはすぐにモリが手助けして、少し声を掛けながらアマヒラの前に立たせた。
 マコトはドレッドノートに指示するアマヒラの姿を改めてきれいだと思ったが、完全に無視されたいらだちも感じた。
 そのため、マコトがキヨミにしがみつかれながらヒロシを見守ると、アマヒラは向き直ったヒロシに深々と頭を下げた。
「先ほどは私たちのメンバーが手荒なことをして申し訳ありませんでした。代表してお詫びいたします」
 優雅に顔を上げたアマヒラはもう一度ヒロシを見詰めた。
「ですが、ウミダさんにとっては予定のうちだったかもしれませんね。ケイタイは使えるようにしましたが、この程度の妨害ならなんでもなかったのではありませんか?」
『まさか。買いかぶりのしすぎよ。あなたたちこそ、ちょっと物々しすぎるんじゃない?』
 ヒロシではなく、ミキがアマヒラに答えた。突き放すような冷たい口調で、二人の関係が良くないことはすぐに分かった。
『大体、光学迷彩まで使うなんて、ホントはヒロシを誘拐するつもりだったんじゃないの』
「それこそまさかです。私たちはヒロシ君の置かれている状況を考え、万全の体勢を整えただけです」
『その割に、ここにいるヒラタさんたちに簡単に引っかき回されてたけど?』
 ミキは挑発するように尋ねたが、アマヒラはまったく乗らなかった。それどころか、日差しも暑さもまったく感じてない様子で、すぐにミキに逆襲した。
「その理由はウミダさんもよくご存じでしょう。近くにお仲間がいないとは言わせませんよ?」
『あなたたちと同じように万が一に備えただけよ』
「電人の方たちは私たちを必要以上に警戒しておいでですからね」
『そう? 誰だって、あなたの父親が言っていることと同じことを言われれば、警戒すると思うけど?』
「そうでしょうか? 父は持論として問題を提起しているだけです」
『種族差別が問題提起ね』
 ミキがアマヒラをバカにするように突き放した。ヒロシは二人の間でひどく落ち着かないようだったが、マコトもキヨミに腕を引っ張られた。
「ねえ、アマヒラさんと話してるのは誰なの?」
「フジムラの両親に頼まれた、電人の探偵だって」
「なんで探偵がアマヒラさんの邪魔するのよ」
「知らない」
 マコトはキヨミに短く答えただけで二人の会話に戻った。キヨミがアマヒラたちに何か聞かされているようでも、マコトはヒロシの方が気になった。マコトにとって、アマヒラもミキも信用できる相手ではなかった。
 すると、マコトがキヨミと話している間に、ミキが宣言するように言い返して、マコトをハッとさせた。
『とにかく、ここから移動しましょう。続きはそれからよ』
「そうですね。
 モリさん、サタケさんたちがちゃんと電車に乗れるようにホームまで送って差し上げて」
「待って! フジムラをどこへ連れていく気!?」
 突然、割って入ったマコトにアマヒラとモリが振り返った。
「ヒラタマコトさんですね。フジムラさんのことを心配してのことだったそうですが、プライバシーの侵害ですよ」
「さあ、こちらへどうぞ」
「止めて! 後ろめたいところがないなら、フジムラをどこへ連れてくのか言いなさいよ!」
 マコトはアマヒラたちから引き離そうとするモリをかわして叫んだ。ここであきらめてしまったら、ヒロシの新たなイメージを二度と信じられなくなると思った。
「フジムラも何とか言いなさいよ! フジムラはこの人たちを信用してるの!?」
「ちょっと! アマヒラさんに失礼よ!」
 キヨミがすぐにマコトを捕まえて止めさせようとしたが、マコトは従わなかった。呼び掛けられたヒロシも驚きの表情を見せて、聞き取れない何かをつぶやいた。
「すみません! あたしたちはすぐに帰りますから!」
『いえ、立ち合ってもらいましょう。私たちは大丈夫だけど、あなたたちは大丈夫?』
「……もちろんです。
 モリさん、ヒラタさんたちの都合を確認して」
「分かりました」
 ほんの少しだけ遅れたアマヒラの返事を聞いて、振り返っていたモリがマコトたちに向き直った。
「多少時間が掛かるかもしれませんが、みなさんのご都合はいかがですか?」
「もちろん大丈夫よ!」
「サタケさん、スギムラ=スペンサーさん、ミズタニさんのご都合はいかがですか?」
「俺たちも立ち会うよ。
 キヨミだって、もっとアマヒラさんと一緒にいたいんだろう?」
「う、うん……」
 シンジに先に答えられて、マコトを両手で捕まえていたキヨミは困ったようにうなずいた。
「でも、ホントに良いんですか?」
「構いませんよ。私たちも後ろめたいところはありませんから」
『じゃあ、場所はそこのカフェテラスにしましょう。ここに来たのは偶然だし、公平なはずよ』
「分かりました。
 モリさん、ヒラタさんたちをお願いします」
 ミキに言われたアマヒラはすぐにモリに指示して歩き始めた。そのとき、マコトはアマヒラに一瞥された気がしたが、冷たさとは違う、異質なものを感じた。

次へ進む

前に戻る

目次に戻る


押してもらえると喜びます