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10、逃走


「しっかり走って! 転んだりしたら承知しないからね!」
「お、おい……」
 マコトに手首を捕まれて走りながら、ヒロシは訳が分からなかった。マコトたちが見事な連携でヒロシをアマヒラたちのところから連れ出したのは分かっても、なぜそんなことをするのか見当も付かなかった。
 でも、そのことをマコトやノボルに問いただせる雰囲気でなかったから、ヒロシは二人に気付かれないように小声でミキに尋ねた。
「なんでこいつらがこんなことするんだよ?」
『さあ。でも、良い友達じゃない』
「まさか、ミキが何か吹き込んだんじゃないだろうな?」
『それこそまさかよ。私が無関係の子供を巻き込むわけないでしょ』
「だったら――」
「ちょっと、何ぶつぶつ言ってるの! よそ見してるヒマがあったらしっかり走って!」
 マコトが顔だけ振り返ってヒロシの手首を引っ張った。ヒロシはマコトのせいで尾行されたという思いもあって反発を感じたが、マコトの手を振り払わないだけの分別はあった。
 ヒロシはマコトの手を振り払う代わりに意地で足を速めて、再び振り返ったマコトに言い返した。
「これからどうするんだよ」
「東口まで走って、シンジとキヨミたちを待つつもりよ」
「『東口まで』!?」
「当然でしょ。あのお供の人、GM人間よ」
 マコトはヒロシが驚いても構わない様子で、さらにスピードを上げた。
 でも、当てが外れたヒロシはまた引きずられないようにするだけでやっとだった。ヒロシは適当なところで手を放させて歩くつもりだったし、運動に慣れてないヒロシのスピードは少しずつ落ち始めていた。
 すると、マコトがもう一度ヒロシの手首を引っ張る前に、ミキがヒロシのケイタイを使ってマコトに呼び掛けた。
『ヒラタさん、お供の人は追ってきてないから、そんなに急がなくて大丈夫よ』
「え?」
『前を走ってるミズタニ君にも伝えてくれる?』
「だ、誰!?」
 マコトはひどく驚いた様子で振り返った。急に立ち止まったマコトはミキの姿を捜して、ヒロシはもう少しでマコトにぶつかってしまうところだった。
「急に止まるな!」
 突然放り出される形になったヒロシはマコトに文句を言おうとしたものの、逆に両肩を捕まれて問いただされてしまった。
「フジムラは一人じゃなかったの!?」
『驚かせてごめんなさい。私はフジムラ君の知り合いで、ウミダミキと言うの』
 ミキが食ってかかられているヒロシの代わりに名乗った。ディスプレイがないので声だけだったが、驚いているヒロシと対照的に落ち着いて丁寧な口調だった。
 でも、マコトは信じられない様子で、ヒロシから両手を離した。
 そして、先を走っていたノボルがついてこないマコトとヒロシに気付いて引き返してくると、ミキはノボルにも声を掛けた。
「おい、急に立ち止まってどうしたんだよ。あいつらに捕まっちまうだろ」
『ミズタニ君、初めまして。フジムラ君を助けてくれてありがとう』
「え!? フジムラは一人じゃなかったのか?」
『でも、私はフジムラ君のケイタイを使って同席してただけだから』
 ミキはマコトと同じように驚いているノボルに説明した。
『それに、フジムラ君はあの人たちに強引に話を進められそうになってたところだったから、連れ出してくれて本当にありがとう』
「じゃあ、フジムラを連れ出して良かったんだな?」
『ええ』
 ミキはノボルに感謝しながら、ヒロシのサングラスに「口裏を合わせるように」と指示を映した。ヒロシはマコトたちに邪魔をされたと腹を立てていたものの、ミキには何か考えがあるらしかった。
『フジムラ君もヒラタさんとミズタニ君にお礼を言ったら?』
「……ありがとう」
『スギムラ=スペンサー君とサタケさんにはあとでお礼を言わせてもらうとして、とりあえずはヒラタさんの言うとおりに東口まで移動しましょう』
「そうだな。ここで立ち止まってると目立つしな」
『フジムラ君も歩いてなら大丈夫でしょ?』
「バカにするな」
 ヒロシは怒ってミキに言い返すと、歩き始めていたノボルを追い越すように早足で歩いた。
 でも、すぐにマコトが鋭い口調でノボルとヒロシを呼び止めた。
「待って! なんでその人が私たちの名前を知ってるの?」
「おい、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「だけど、その人がホントにフジムラの知り合いだって証拠はあるの? もしかしたら、あの人たちの仲間かもしれないじゃない」
 マコトは振り返ったノボルに怒った様子で言い返して、同じように振り返ったヒロシに向き直った。
「ウミダ……ミキさん、でしたよね?」
『そうよ。“ミキ”って呼んでちょうだい。不審に思うのはもっともだけど、私はあの二人ともNSSとも関係ないって約束するわ』
「じゃあ、フジムラとどういう関係?」
『フジムラ君のご両親に頼まれた探偵よ。本当はこういうことはしないんだけど、フジムラ君のご両親にはお世話になってるから、今日から付き添ってたの』
 ミキはすらすらとウソをついた。しかも、昨日のヒロシの様子に関係があるとにおわせて、それ以上追及させないもっともらしさを持たせていた。
 さらに、ミキはそれでも納得しない様子のマコトの前で、何度もやっているかのようにヒロシに頼んでみせた。
『フジムラ君。悪いけど、ケイタイを出して二人に私の姿を見せてあげてくれる?』
「分かった」
『私は電人だから、証拠にならないかもしれないけど、今はこれで信じてちょうだい』
 ヒロシがポケットから取り出したケイタイの画面で、ミキはマコトとノボルに誠心誠意といった様子で訴えた。ヒロシにも本当だと思わせかけるほど堂に入った演技で、ノボルは完全に信じた様子だった。
「ほら、ヒラタもこれで満足だろ? 早く東口に行こうぜ」
「……分かった。
 ウミダさん、疑ってすみませんでした」
『気にしないで。
 フジムラ君もケイタイを出してくれてありがとう』
 ミキはヒロシにも向き直って、小さな身振りで二人についていくように指示した。
 そして、ヒロシたちは再び東口に向かい始めたが、ヒロシは歩き始めるときにマコトから向けられた、敵意に満ちた視線が気になった。
(なんで俺が恨まれなきゃならないんだよ。怒ってんのはこっちだぞ)
 ヒロシはミキにも腹が立ったが、すぐ近くを歩いているマコトに気付かれないように、ミキと二人だけで話をするのは不可能だった。その上、マコトはミキが話に加わってからずっと不機嫌な様子で、よけいにミキと話せそうになかった。
 すると、先頭を歩いているノボルが少しだけ振り返ってマコトに話し掛けた。
「東口に着いたら、どこでシンジたちを待つんだ?」
「そうね、地下街で待っても良いけど、ペデストリアンデッキに出て、南口に回りましょ。どこかのビルに入っても良いし、駅に戻ることもできるでしょ」
「そうだな。地下街で追い着かれたら、歌舞伎町に逃げるしかないもんな」
 ノボルはすぐに納得した様子で向き直った。地下街よりもビルの方が隠れる場所が多かったし、帰りを考えれば、あまり駅から離れるわけにもいかなかった。でも、ヒロシは早く解放してもらいたくて、恨めしい思いで先を歩いているノボルの背中をにらんだ。
 そのため、ヒロシはマコトが解放してくれることを期待したが、マコトは黙ったまま歩き続けた。自然とヒロシたちも歩きに集中して、三人は東口に着くまで一言も口を利かなかった。ヒロシはペデストリアンデッキにつながる一番近いエスカレーターに向かうマコトに続いたものの、黙っていることが苦痛になり始めていた。
(誰かなんとか言えよ)
 いつもなら話を振られる方が苦痛なのに、ヒロシはこの沈黙が不自然で落ち着かなかった。特に、不機嫌なマコトがヒロシとミキを追い払おうとしないことが理解できなかった。
 ヒロシは何度かマコトに切り出そうとしたものの、なぜか口から出たのはシンジとキヨミのことだった。
「……なあ、スギムラとサタケは大丈夫だと思うか?」
「大丈夫に決まってるでしょ」
「でも、一人は元戦闘用のGM人間だぞ?」
「だから? 元戦闘用だからって、二人に乱暴するとでも言うの?」
「いや……」
 ヒロシはマコトにそっけなく返されて言葉をにごした。ヒロシも差別的な言い方だったと反省したが、他にうまく説明できる言葉を思い付かなかった。
 でも、ヒロシはマコトに誤解されたくなくて、もう一度マコトに声を掛けた。
「別に……、乱暴するとかじゃなくて、元戦闘用だと、ボディガードとか、プロだったりするだろ? だから、二人は捕まらないで、うまく逃げられたと思うかって聞いたんだよ」
「そう」
「別に、差別や偏見というわけじゃないからな」
 ヒロシは言いたいことを言い終えると、目をそらせてマコトから少しだけ離れた。解放してほしいとは言い出せなくても、言いたかったことだけは伝わったはずだと思った。
 そして、ヒロシたちがエスカレーターに乗ってペデストリアンデッキに向かったところで、今度はマコトが振り向かないままヒロシに尋ねた。
「じゃあ、フジムラはどう思うの?」
「え?」
「フジムラは二人が捕まってると思うの?」
 マコトの声は少しだけ緊張していた。マコトはいつの間にかトートバッグからケイタイを取り出していて、シンジやキヨミと連絡を取ろうとしていたらしかった。
(まさか、気付いてなかったのか?)
 ヒロシは心の中で驚いた。てっきり、それくらい分かった上での行動だと思っていたが、どうもそこまで考えてなかったらしかった。マコトは焦りを必死に隠そうとしていて、ヒロシはなぜマコトたちが自分を連れ出したのかと改めて思った。
 すると、タイミングを図っていたかのように、ミキがヒロシにだけ話し掛けた。
『ほら、良い友達でしょ。そうでなきゃ、後先考えないで助けてなんかくれないわよ?』
「うるさい。それより、二人は大丈夫なんだろうな?」
『もちろん。これだけ大勢の人の目があるもの。二人とも捕まっちゃったけど、とても丁重に扱われているわ』
 ミキはヒロシのサングラスに二人の映像を映しながら説明した。
『だから、ヒラタさんにもヒロシの口から早く説明してあげて。私はどうも嫌われちゃったみたいだから』
「おい」
 ヒロシはミキに抗議しようとしたものの、ミキは一方的に話を切ってしまった。
 さらに、なかなか答えないヒロシにマコトがもう一度尋ねた。今度はいらだちも感じられる声で、ヒロシはマコトに答えないわけにいかなかった。
「ちょっと、聞いてる?」
「ああ、聞いてる。二人は捕まってるけど、丁重に扱われてるみたいだぞ」
「そう……」
「二人を助けるなら、引き返した方が良いんじゃないか?」
「そんなことできるわけないでしょ。フジムラだけでもあの人たちから見付からないところに連れてかなきゃ」
 マコトはヒロシに背を向けたまま言い切って、取り出していたケイタイをトートバッグにしまった。まるで、ヒロシに心配されたことが気に入らなかったような言い方だったが、ヒロシはそれ以上にマコトの言葉に驚いていた。
(ホントに俺を助けたのか!?)
 ヒロシはとても信じられなかった。ウソだと叫んで否定したかったが、マコトはヒロシの気持ちに気付かない様子で話を続けた。
「それより、フジムラはどこに行くつもりだったの?」
「え?」
「フジムラだって、ただ電車に乗ってたわけじゃないでしょ?」
「あ、ああ……。ロボット街まで行くつもりだったんだ」
 ヒロシは慌ててマコトに答えた。いくらミキに気付いてごまかしているだけだと思っても、今ここで騒ぐわけにはいかなかった。
「じゃあ、ヒロシも南口に回るようね」
「ああ」
「南口からだったら、ヒロシもあの人たちに見付からないで行けるでしょ?」
「ああ」
 ヒロシは自分の気持ちに気付かれたくなくて、マコトの言葉に短くうなずいた。
 そして、二人は再びエスカレーターがペデストリアンデッキに到着するのを待ったが、ヒロシは解放されることがうれしくなくなっていた。さっきまであれほど早く解放してほしいと思っていたのに、ヒロシは急に解放されたくないと思い始めていた。

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