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(何、あの二人組) ヒロシがモリを連れたアマヒラに話し掛けられていたころ、マコトは隣の車両から一部始終を見ていた。ヒロシの姿は淡い灰色のパンツスーツを着たモリの後ろ姿でよく見えなかったが、ヒロシが立ち上がって二人を拒否しなかったのも気に入らなかった。なんとなく、ヒロシに裏切られた気分だった。 そのため、マコトがヒロシから目をそらせようとすると、アマヒラとモリを食い入るように見ていたキヨミが目を輝かせて振り返った。 「……すごいよ。あの黒いスーツの人、NSSのアマヒラライザよ」 「それが?」 「『それが』って、超セレブじゃん! マコトだって、この前、一緒に特集見たでしょ!?」 「まあね……」 「だったら、なんでそんなに怒ってんのよ。これって、スクープじゃん! フジムラったら、なんでアマヒラさんに話し掛けられてるんだろ?」 キヨミはすぐに向き直って、ケイタイで写真を撮り始めた。サングラスはとっくに外してしまっていて、誰の尾行をしているのかすっかり忘れてしまった様子だった。 「ちょっと、ノボルのところからはアマヒラさんとフジムラが話してるとこ見える?」 「見えるけど、何話してるのかはさっぱり分かんねえ」 「だったら、場所替わって!」 「は? なんでだよ」 通路を挟んで反対側の席からヒロシを見張っていたノボルが振り返ったときには、ケイタイを構えたキヨミがノボルの場所に割り込んでいた。マコトとキヨミの場所からだと、モリの後ろ姿でアマヒラの姿もよく見えなかった。 「おい、止めろって」 「ノボルとシンジはあっちで見張って。こっちにマコトも来てもらうから」 「勝手に決めるな」 強引に席を取られてしまったノボルはキヨミに抗議したが、マコトも立ち上がっているのに気付いてそれ以上抗議するのを止めた。電車はすぐに次の駅に着いてしまうし、今は一秒だって惜しかった。 「ちぇっ、分かったよ。シンジも早く立てよ」 「ああ」 「ありがと」 「それにしても、あの二人組はフジムラに一体何の用なんだ? 電車で待ち合わせる必要なんてあるのか?」 「知らない」 キヨミはアマヒラを撮るのに夢中な様子で、ノボルに振り返ろうとさえしなかった。 「ノボルたちで考えてみて」 「おい」 ノボルはもう一度キヨミに抗議しようとしたが、すぐにあきらめてマコトと席を交換した。 (ホントに何の用?) マコトもシンジが座っていた席に座ってヒロシとアマヒラの様子を見張りながら、ノボルと同じ疑問を感じていた。NSSがわざわざ電車で待ち合わせるとは思えなかったし、ヒロシが電車の中でアマヒラに会いたがるとも思えなかった。 (もしかして、何かの勧誘?) マコトはアマヒラが元会長の使者として動き回っていることを思い出した。キヨミと一緒に見たテレビの特集番組では、アマヒラが自由に動けない元会長に代わって、スカウトのようなことまでしているらしかった。 「ねえ、キヨミはフジムラがNSSにスカウトされるような何かを持ってるって聞いたことある?」 「知らない」 「でも、フジムラがホントにあの二人と知り合いだと思う? ホントに知り合いだったら、最初から別の場所で待ち合わせるんじゃない?」 「偶然会ったのかもよ?」 「まさか」 マコトはキヨミが答えるとすぐ言い返した。ヒロシは自分の左に腰を下ろしたアマヒラと話していたが、どう見ても知り合いという感じではなかった。口を動かす回数はアマヒラの方がずっと多かったし、ヒロシは聞いている間もひどく落ち着かない様子だった。 「あれじゃ、まるで二人で取り囲んで、ヒロシを逃がさないようにしてるみたいじゃない」 「でも、アマヒラさんに話し掛けられたら、誰だって緊張するんじゃない?」 キヨミは一方的に話を進めようとするマコトに少しだけ振り返って反論した。積極的に反対することはなくても、マコトの考えに賛成していないことは明らかだった。 「それより、マコトもアマヒラさんを撮るの手伝ってよ。アマヒラさんが普通の電車に乗ってるなんてすごく珍しいんだから」 「悪いけど、あとにして。シンジとノボルもキヨミと同じ考えなのか確かめちゃうから」 「えー」 キヨミの抗議を無視して、立ち上がったマコトはシンジとノボルの前に立った。はっきりした根拠はなかったが、マコトはヒロシの行動らしくないと感じた。ヒロシがアマヒラのような有名人と話をするというだけで不自然だったし、左に座らせるなんて信じられなかった。 「ねえ、フジムラがあの二人と話してるなんて変だと思わない?」 「そうだな……。めったにあるようなことじゃないよな」 「ノボルは?」 「あの二人、NSSのアマヒラとお供なんだろ? 普通だったらフジムラなんて相手にしないんじゃないか」 「でしょ。フジムラと知り合いだったりすると思う?」 マコトはノボルが賛成してくれて、ノボルに向き直った。シンジは慎重な感じだったし、ヒロシのマンションの前で気まずくなったままだった。それに、マコトは自覚してなかったものの、ヒロシとアマヒラの話を妨害するつもりだった。 「知り合いかどうか分からないないけど、知り合いだったにしても、アマヒラなら用がなければフジムラに話し掛けないんじゃないか」 「じゃあ、用って何だと思う? あたしは何かの勧誘で、あの二人が強引に勧誘してると思うんだけど」 「それはどうだろうな。強引なことをやったらすぐに周りが気付くんじゃないか」 「でも、二人でフジムラを取り囲んでるし、声を荒げたりしなくても強引にできるでしょ?」 マコトはノボルを引き込もうと身を乗り出した。ヒロシとアマヒラの話を妨害するためにはノボルの賛成が絶対に必要だった。 「ほら、よく見てよ。フジムラが自分の左側に座らせて話なんてすると思う?」 「確かに、初めて見るけど、だからって強引にやってることにはならないと思うぞ」 ノボルはヒロシとアマヒラたちから目を戻してマコトを見上げた。ノボルもマコトほどおかしいと思ってない様子だった。 「アマヒラがフジムラの左に座ったのは、単にそっち側の席が空いてたからじゃないのか?」 「そうだとしても、フジムラがあんな有名人と電車の中なんかで話すなんておかしいじゃない」 マコトはもどかしく思いながら力説した。ヒロシに付き添ったり、一緒に帰ったりしたのはマコトだけだったから、そのときに感じたヒロシの新たなイメージを共有できないのが歯がゆくてならなかった。 「フジムラは根暗で薄気味悪いけど、あんな有名人と知り合いだったり、渡り合えるようなやつじゃないんだってば」 「そう言われても、相手が相手だしな……」 「じゃあ、放っておくの?」 「それより、ヒラタはフジムラのところに行ってどうするんだ?」 「え?」 「フジムラのところに行って、ホントにフジムラが助けを求めてるならいいけど、もしそうじゃなかったらどうするんだ? 恨まれるだけじゃすまないぞ?」 ノボルに逆に問い返されて、マコトは返事に詰まった。もし違ったらなんて、マコトは考えてもなかった。 「……だ、大丈夫だってば」 「シンジはどう思う? フジムラが助けを求めてると思うか?」 「そうだな……。俺はマコトと違ってフジムラと一緒に帰ったりしたわけじゃないからな」 「じゃあ、ヒラタに賛成なのか?」 シンジが答えようとしたとき、電車が終点の新宿駅構内にあるポイントで小さく揺れた。他の乗客たちも到着が近いと気付いて、一斉に動き始めた。 「まずい、あいつらも動き始めた! ヒラタも見付からないうちに早く戻れ!」 「え――」 マコトはシンジの答えを聞くつもりだったが、態度を一変させたノボルに押しやられるように席に戻った。 「ちょっと、シンジの答えは?」 「ほら、マコトも早く座って! そんなところに立ってたらすぐに見付かっちゃうでしょ!」 シンジに尋ねようとするマコトを今度はキヨミが引っ張るようにして座らせた。 (シンジの答えは何なの!?) マコトはキヨミに制止されてもシンジから目を離さなかったが、ヒロシたちのいる隣の車両に向かう乗客の列がマコトとシンジの間を遮った。 「マコトも早く顔を隠して!」 キヨミがマコトのトートバッグから取り出したつばの広い帽子を押し付けた。シンジとノボルも同じように顔を隠しているようで、結局、最後までシンジの答えは分からなかった。 そして、マコトはキヨミに押し付けられた自分の帽子を目深にかぶって、電車が到着してドアが開くまでの時間をやり過ごした。 「今、フジムラとアマヒラさんが立ち上がった。お供の人が二人に続いて、乗ってきたときと同じドアから降りるみたい」 「……ホントに、フジムラをどうするつもり?」 サングラスを掛けて様子をうかがっていたキヨミの報告に、マコトは帽子の下でつぶやいた。キヨミやノボルと違って、マコトのアマヒラたちへの不信は募る一方だった。キヨミの報告も、ヒロシを連行しているように聞こえた。 「今、アマヒラさんが降りた」 「じゃあ、私たちも早く降りなきゃ。見失ったら見付けられないわよ」 「ちょっと待って。そんなに早く降りたら見付かっちゃうってば」 キヨミがマコトを引き止めようと手を伸ばしながら、先に立ち上がったマコトに続いた。キヨミは急にマコトが尾行に熱心になったことを不思議がっているようだったが、すぐにマコトに追い着いて電車を降りた。 「まだちょっと近いけど、お供の人を目印にすれば大丈夫かな?」 「シンジたちは?」 「まだ乗ってるんじゃない? もしかしたら、列に混じってアマヒラさんたちと同じドアから降りるつもりなのかも」 「ケイタイで連絡すれば大丈夫よね」 「そうね、二手に分かれて尾行した方が見付かりにくいかもね」 キヨミは少しだけ考えてからマコトに賛成した。 二人が待っている間にヒロシとアマヒラたちは全員電車を降りて、西口の改札口へ続くエスカレーターに向かっていた。ヒロシとアマヒラの姿は他の乗客たちの間に紛れてしまったが、シンジより背の高いモリは緑色のロングヘアーがときどき見えた。 「じゃあ、行きましょ」 「うん」 素早くシンジとノボルにメールを送ったキヨミが顔を上げて、マコトとキヨミは尾行を再開した。 (なんとか割って入らなきゃ) マコトはモリの緑色のロングヘアーをにらみながら、ヒロシとアマヒラたちが駅を出るまでに割って入らなければと思った。駅から少し離れた再開発地区にはNSSの巨大な本社ビルがあって、そこに入られてしまったらマコトたちには手も足も出せなかった。 (何と言って割って入れば良い?) マコトはアマヒラたちに有無を言わせずにヒロシを連れ出すつもりだったこともあって、連れ出す良い口実はないかと考えを巡らせた。キヨミたちにも協力してもらわなければならなかったから、マコトは考えに気をとられてキヨミと離れてしまいそうになった。 「ちょっと、どこ行くの!」 「え?」 「アマヒラさんたちが乗ったのはそっちのエスカレーターじゃないってば」 キヨミに腕を捕まれて、マコトは慌ててキヨミと同じエスカレーターに乗る人の流れに戻った。 「ありがと」 「お供の人を見失っちゃったの?」 「そういうわけじゃないけど、ねえ、思い切って声を掛けてみない?」 「え?」 「フジムラの知り合いってことにすれば二人も拒否できないだろうし、フジムラになんで声を掛けたのかも分かるんじゃない?」 マコトはキヨミに向き直って訴えた。アマヒラと話せるかもしれないというのであれば、キヨミも賛成してくれるかもしれないという判断だった。 「ねえ、良いでしょ?」 「もしかして……、まだ疑ってるの?」 「そうじゃなくて、確認するだけ。なんでもなかったらすぐに退散するから」 マコトは再びキヨミの先に立ってエスカレーターに乗りながら、渋るキヨミを説得した。ヒロシとアマヒラたちはあと少しでエスカレーターを降りて改札口に着いてしまうから、マコトは急がなければならなかった。 「キヨミだって、直接話してみたいでしょ?」 「そりゃあ、話してみたいけど……。でも、やっぱり止めた方が良いよ。アマヒラさんに迷惑だし、フジムラに恨まれたらあとが面倒そうじゃん」 「じゃあ、あたし一人で確かめてくるから、キヨミはここで待ってて」 「え!?」 驚いたキヨミが止めようとするより先に、マコトは身をひるがえしてエスカレーターを登り始めた。 「ちょっと、マコト!」 「すみません! 通してください!」 邪魔な帽子を脱いで急ぐマコトをキヨミも追い始めたが、ヒロシとアマヒラたちは一足先にエスカレーターを降りてしまった。マコトはさらにスピードを上げてエスカレーターを登って、ほとんど走り抜けるようにエスカレーターを降りた。 「フジムラ!! 待ちなさい!」 マコトが改札口直前で叫ぶと、改札口を出たばかりのヒロシがマコトに振り返った。でも、すぐにモリがヒロシを隠すように割って入った。 「失礼ですが、何のご用ですか?」 「そこにいるフジムラに用があるんです」 「フジムラさんは私どもとの先約があるので、あとにしていただけませんか?」 「急用なんです!」 マコトは邪魔をするモリにひるまないで言い返した。モリがヒロシに会わせようとしない態度から、マコトはアマヒラたちが後ろめたいことをしていると確信した。 「フジムラ! 逃げなさい! この二人に従っちゃダメ!」 「ちょっと、何を言う――!」 マコトを押しとどめようとしたモリが言葉の途中で突然振り返った。マコトも慌てて振り返ったが、モリがヒロシに駆け寄ってくる二つの人影に気付いたときには、ノボルがヒロシの腕をつかんで走り出していた。 「こっちだ!」 「ノボル!?」 ヒロシに駆け寄ってきた二つの人影は、分かれて尾行していたノボルとシンジだった。ノボルに少し遅れてマコトに追い着いたシンジも、モリとノボルたちの間に入りながら叫んだ。 「マコトも早く行け!」 「ありがとう!」 「待ちなさい!」 モリは逃げ出したマコトとノボルたちを制止しようとしたものの、今度はキヨミに抱きつかれて動きが鈍った。やけっぱちのようにモリの腰に抱きついたキヨミも、モリに弁解しながらマコトに叫んだ。 「あんたたち! なんてことするのよ!」 「ゴメン! あとで埋め合わせはするから!」 キヨミの悲鳴のような声を背に受けながら、マコトはできるだけ速く走ってノボルたちを追った。ノボルに腕を捕まれたヒロシは引きずられるように走っていて、追い着いたマコトはノボルと替わると、新宿駅の北側に広がる地下街へ逃げ込んだ。 |
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