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8、対面


 キヨミの主導で尾行が続けられる中、ヒロシは駅から新宿行きの電車に乗った。キヨミたちは尾行に気付かれてないと思っている様子だったが、ヒロシはミキに教えられてマンションを出る前からキヨミたちに気付いていた。でも、ヒロシは別のことで緊張していたから、キヨミたちにまったく関心を示さなかった。
『あの子たち、隣の車両に乗ったわよ』
「うるさいな。あいつらのことより、ミキの仲間はちゃんといるんだろうな?」
『いるから安心しなさい。ちゃんと高性能の駆体も一人乗ってるから』
 ミキがヒロシの付けているイヤホンから注意した。ヒロシのサングラスにはケイタイの映像も転送されていたから、ミキがまたキヨミたちに気を取られているのもはっきり分かった。
「大体、NSSを誘い出そうっていうのに、なんでそんなにのんきなんだよ」
『だから、私たち電人、電命は人間より時間を長く感じるんだって言ったでしょ。ちゃんと必要な警戒はしてるから、ヒロシも少し肩の力を抜きなさい。そんなことじゃ本番まで持たないわよ』
 今度はミキに少しあきれた様子で注意されて、ヒロシはイスに座ったまま腹立たしい気持ちをぐっとこらえた。
(くそ、リラックスなんてできるか)
 ヒロシもケイタイが使えれば少しは気が紛れるのに、ヒロシのケイタイはミキとの通話や通信でふさがったままだった。その上、ミキからできるだけ自然に振る舞うように指示されていたから、かえって落ち着かない気持ちだった。
(相手はNSSなんだぞ?)
 ミキたちの能力を疑っているわけではなかったが、NSSは日本でもっとも強力なサイバー犯罪対策チームを持つ会社だった。ミキたちがいくら優秀でも、ヒロシは数に勝るNSSが今にもミキたちの警戒をかいくぐって現れるのではないかという不安をぬぐいきれなかった。
 そのため、ヒロシは他の乗客に気付かれないように、黒いジャケットの上から身に着けさせられた装備の確認をもう一度始めた。使いこなせないだろうからと武器になるものは持たされてなかったが、プロが使うセンサーや機器をいくつも身に着けさせられていた。
『あ、気配探知機には触らないでよ』
「分かってるよ」
『だったらいいけど、なんだったら次の駅で一回降りる?』
「え?」
『あの子たちがどこまでついて来る気なのか気になるし、本番に巻き込んじゃったりしたら良くないでしょ?』
 ミキの言葉にヒロシは一瞬ためらった。即答で拒否したかったものの、すましているミキの言葉にはヒロシを落ち着かせようとすること以外にも裏がある気がした。
「……言っとくけど、降りてもあいつらと話なんてしないからな」
『どうしてよ。さっきも嫌がってたけど、ヒロシの口から直接「ついて来るな」って言うのが一番じゃない』
 ミキは思惑が外れた様子で身を乗り出した。ヒロシがキヨミたちに何もしないでいることをさっぱり理解できないようだった。
『尾行してるのはあの子たちなんだし、ヒロシが遠慮する必要なんてないでしょ?』
「そうだけど、嫌なんだよ。尾行に気付けばまた義眼のせいにされるし、あいつらは新宿駅でまけばいいんだ」
『できるの? 追いかけっこになったらあの子たちの方が有利なんじゃない?』
「できるさ。あいつらだって俺たちがロボット街に行くとは思わないだろ」
 ヒロシは少しムキになって答えた。運動で負けているのは確かでも、他人にはっきり言われたくなかった。
「それより、ミキはNSSを誘い出してからどうするんだよ? ホントに勝負に持ち込めるのかよ」
『もちろん。NSSだって、人に知られたくなかったら、私たちの提案を無視できないはずよ』
「俺とだけ交渉しようとしたらどうするんだ?」
『ヒロシは拒否するでしょ?』
 ミキに当たり前のように言われて、ヒロシは言葉に詰まった。確かに拒否すると約束していたが、これほど信頼されているとは思ってなかった。
『あれ? 照れてるの?』
「う、うるさい。俺が拒否したとしても、親と交渉しようとしたらどうするんだよ」
『それはあり得ないから大丈夫よ。この件に関して、NSSが自分からわざわざジャーナリストや弁護士に係わろうとするはずないもの』
 ミキは笑顔でヒロシの両親の職業を指摘した。
『それとも、ヒロシは指輪を譲ってくれるの?』
「ま、まさか。そんなことするはずないだろ」
 ヒロシは慌てて胸元の指輪を押さえた。曾祖父の祖母がどうして指輪を手に入れたのかは分からなくても、今は確実にヒロシの持ち物だった。
 すると、ヒロシの様子に満足したのか、ミキはヒロシから離れた。ヒロシはまだ警戒していたが、今日のミキが白いスーツの下に明るい水色のカットソーを着ていることに気付いた。
『まあ、万が一、NSSがヒロシの両親と係わりそうになったら、その前にヒロシの両親にも打ち明けるけどね』
「だったら最初からそう言えよ」
『でも、それじゃあ面白くないし、ヒロシも硬いままだったでしょ?』
「え?」
『少しは落ち着いた?』
「あ――」
 ヒロシはようやくミキの質問の意味を理解した。ミキの言うとおり、ヒロシはもう必要以上に緊張してなかった。
「……ありがとう」
『どういたしまして。じゃあ、もう一度聞くけど、ホントにあの子たちを新宿駅でまくつもりなの?』
「う……」
『NSSがどこで私たちに気付くか分かんないんだし、できるだけ早いうちに言っちゃった方が良いんじゃない?』
 ミキにもう一度のぞき込まれて、ヒロシは目をそらせながらまた苦い気持ちになった。ヒロシはキヨミたちが尾行しているのはマコトが何か話したせいと思っていたから、キヨミたちとは顔を合わせたくもなかった。
「……だったら、ミキがあいつらに言ってくれよ」
『でも、私のことは何て説明するの?』
「う……」
『本当のことは言わないにしても、かえって関心を持たれちゃうんじゃない?』
「うう……」
 ヒロシは反論できなくてうなった。昨日、一人で帰るべきだったと思っても、あとの祭りだった。
 それでも、ヒロシは考え続けて、ミキの仲間にキヨミたちを足止めしてもらっているうちにまけないかと思い付いた。ヒロシについて電車を降りたキヨミたちをミキの仲間に引き止めてもらって、電車のドアが閉まる寸前にヒロシだけ電車に戻るというアイデアだった。
(高性能の駆体だったら、あいつらを引き止めても余裕で戻れるだろ)
 キヨミたちもヒロシがホームの階段を登り始めれば全員降りるだろうし、問題はヒロシが確実に電車に戻れるかということだった。
(あいつらから見通せない階段のある駅は――?)
 ヒロシは途中で立ち止まっても、後ろの車両に乗っているキヨミたちから見えない階段のある駅を調べようとして、ケイタイが使えないことを思い出した。
『覚悟できた?』
「違うよ。あいつらよりこっち側に西向きの上り階段が来る駅を探してるんだ」
『そう。だったら、次の駅が良いんじゃない? 新宿まであと三駅だけど』
 ミキは少し残念そうだったが、ヒロシが計画を説明する前にミキの表情が一変した。
『あら、NSSは思ってたより気付くのが早かったみたい』
「え!?」
『今、次の駅にハイヤーが一台乗り付けたわ。乗ってるのは元会長の娘とその護衛役の同僚だし、悪いけど、ヒロシの計画は手伝えなくなりそうよ』
「ええ! じゃあ、あいつらはどうするんだよ!?」
 ヒロシは二重の驚きで声を上げた。NSSに見付かっても、キヨミたちをまくくらいの時間はあると思い込んでいた。
「俺は絶対にあいつらに言わないからな」
『そうね。今となっては何もしない方が良いわね。接触しなければNSSもあの子たちを巻き込まないでしょう』
「だったら、俺はここで待ってれば良いのか?」
『そうよ。今、改札口を通ったから、何もしなくても迎えに来てくれるんじゃない?』
「そうか……」
『元会長の娘がどんな顔か見てみる?』
「え?」
 ヒロシが答えるより先にミキの姿が別の女の人に替わった。
 ――!!
 元会長の娘は文字どおり息をのむような美人だった。しかも、ヒロシが思っていた以上に若くて、ミキと大して変わらないように見えた。
「……元会長の娘って、婆さんじゃないのか?」
『まさか。元会長は百歳以上の人間だけど、彼女は機人よ。美人だからって油断しないで』
「す、するかよ」
 ヒロシは慌てて目をそらせながら言い返した。赤い瞳に赤い髪をした元会長の娘は非人間的な美しさだったが、非人間的な冷たさも感じた。人間と見分けがつかない精巧な駆体なのに、ミキの姿を見て騒いだとき以上に幽霊を見ている気がした。
『彼女の名前はアマヒラライザよ。元会長が動いてるとは思ってたけど、いきなり彼女が出てくるとは思ってなかったわ』
「知ってるのか?」
『いいえ。調べただけよ』
 ミキは妙にそっけなく答えて、また別の女の人を映した。
『それから、彼女の同僚にも油断しないで。彼女は元戦闘用のGM人間だから、ヒロシが逆立ちしたって勝てる相手じゃないわ』
 緑色の長いストレートの髪をした女の人は、アマヒラに比べるとひどく地味でおとなしそうに見えた。でも、細身で背が高い姿は女性剣士のようにすきがなかった。
「この人の名前は?」
『モリミズキよ。アマヒラより気に入った?』
「ち、違うよ。ミキが教えてくれなかったからだろ」
『そう? でも、アマヒラみたいなのが好みなら止めときなさい。死ぬまで利用されるわよ』
 再びサングラスに映ったミキは冷たく言い切った。ヒロシはミキがアマヒラを嫌いなのかと思ったが、確かめられる雰囲気ではなかった。
 そして、二人が話している間に減速を始めていた電車が次の駅に到着した。電車が完全に止まると電車とホームのドアがほぼ同時に開いて、アマヒラとモリの二人の姿が見えた。
(うわ、氷の女王じゃないか)
 ヒロシはアマヒラの姿を見た瞬間、小さく身震いした。アマヒラはただホームに立って待っているだけなのに、アマヒラの周囲には人のいない空間ができていた。例外はアマヒラのすぐ後ろに控えているモリだけで、降りた人たちもアマヒラの近くを通らないように避けて通った。
 アマヒラは降りる人がいなくなったところで電車に乗り込んだが、まるで自分専用の特別列車にヒロシしか乗っていないかのような態度だった。
「く、来る」
『し! しゃべらないで。つけ込まれるわよ』
 向かって来るアマヒラに気付いて急いで目をそらせたヒロシは、ミキの指示で精一杯気付いてない振りをした。
 でも、アマヒラはモリを連れてまっすぐヒロシに近付いて、ヒロシの前に立ち止まった。アマヒラは香水を付けているらしく、ヒロシはかすかに柑橘系の香りを感じた。
「フジムラヒロシさんですね?」
「は、はい」
「私、NSSの顧問担当秘書で、アマヒラライザと申します。おでかけ中のところ大変申し訳ありませんが、しばらくお時間をいただけないでしょうか?」
 アマヒラのすんだソプラノに呼び掛けられて、ヒロシは緊張しながら顔を上げた。細い縦縞の入った黒いスーツを完璧に着こなしているアマヒラは背が思ったより高くなくて、ヒロシとほとんど変わらないようだった。

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