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6、関心


 ヒロシと駅で別れた翌朝、マコトは教室に着くなりヒロシの姿を探した。
「おはよ! マコト」
 ――!
 いきなり後ろから抱きつかれたマコトは驚いて相手を振り払った。
「ちょっと! 脅かさないでよ!」
「あれ、驚いた?」
「驚くに決まってるでしょ! 大体、なんでキヨミがいるのよ! いつもは遅刻寸前に駆け込んでくるじゃない」
 マコトはすぐにキヨミに向き直って怒ったが、振り払われたキヨミはマコトが驚いたことを不思議がっている様子だった。
「そんなのマコトを心配したからに決まってるじゃん。ホントは迎えに行こうかと思ったんだけど、シンジと一緒に来るかなって遠慮して待ってたんだからね」
 黄色のチューブトップにジーンズのホットパンツという服装のキヨミは自慢するように胸を張った。まだ八時前の教室には半分くらいしか生徒が集まってないのに、キヨミは元気一杯らしかった。
「それより、昨日は大丈夫だった? フジムラに変なこと言われたりしなかった?」
「そのことについては昨日もメールで言ったでしょ」
「でも、フジムラがあたしたちとそんなに変わんないなんて信じらんないよ」
「だから、信じられなきゃ信じなくて良いって」
 ぴったり付いてくるキヨミを引き離そうとしながらマコトは教室の仕切りになっているロッカーにトートバッグを押し込んだ。
 でも、キヨミはロッカーの扉を閉めようとするマコトを下からのぞき込んで食い下がった。
「ねえ、フジムラと何話したの?」
「別に大したことなんて話してないって」
「でも、駅までずっと一緒だったんでしょ?」
 キヨミはどうしても昨日のことを知りたいらしくて、マコトがロッカーからほとんど駆け足で離れてもぴったり付いたままだった。
「ねえ、教えてよ」
「そんなに知りたかったらフジムラに直接聞けば良いでしょ」
「だって、まだ来てないもん」
「え?」
「あ、マコトも知らなかった?」
 立ち止まったマコトの前に先回りしたキヨミが得意そうに顔を輝かせた。
「フジムラっていつも早く登校するって聞いたんだけど、そんなに早くなかったみたい。教室にはまだ来てないし、他の場所にもまだ来てないみたいよ」
「そう……」
「もしかして、マコトはフジムラに用があったの?」
「ま、まさか。昨日は病院に行ったから、今日はちゃんと出てくるかなって思っただけ」
 キヨミから目をそらせたマコトはすぐに向き直って否定した。本当はキヨミの言うとおりにヒロシに一言言いたくていつもより早めに登校したのだが、認めてさらに追求されたくなかった。
「それより、キヨミは数学の問題作ってきたの? 今日は発表するんでしょ?」
「あ、そうだ! すっかり忘れてた!」
 大げさなくらいに驚いたキヨミはすぐに自分のロッカーからタブレットパソコンを引っ張り出したが、席へと駆け出したところで勢いよく振り返った。
「ねえ! マコトも手伝って!」
「嫌よ。たまには一人だけで作ってみたら?」
「そんなこと言わないでお願い! マコトのこと心配してたのが原因なんだから!」
 マコトの少し先で振り返ったキヨミはタブレットパソコンを右脇に挟んで手を合わせた。目をつぶって頭も下げるおきまりのポーズで、しばらく向かい合ったマコトはため息をついて歩き始めた。
「……分かった。その代わり、答えは一人で考えてよ」
「え〜」
「『え〜』じゃないでしょ。答えくらい一人で考えてよ」
「計算面倒くさいじゃん」
「じゃあ、問題を一人で考える?」
「う〜」
 キヨミは追い越していくマコトを口をとがらせて見ていたが、マコトが先に空いているイスに座ると後を追って隣のイスに座った。答えを一人で考えるのは嫌でも、文章問題を一人で考えるよりはマシだったようだ。
「でも、答えの確かめは手伝ってくれるよね?」
「まあね」
「だったら、いっそのこと共同発表にしない?」
「嫌よ。あたしはこの間発表したばかりだもの。そんなこと言ってるヒマがあったら早くパソコン出して」
「は〜い」
 マコトにあっさり振られたキヨミは仕方なさそうにイスに付いているメモ台に持ってきたタブレットパソコンを置いた。マコトはその間に改めて辺りを見回したが、ヒロシはまだ来てないようだった。
 そして、二人が数学の問題を作っていると、シンジとノボルの二人が姿を見せた。
「おはよう」
「おはよう」
「何やってんだ?」
「……数学の問題作り」
「なんだ、キヨミは忘れたのか」
 頭を抱えているキヨミのそばにやって来たノボルが開口一番に言って、顔を上げたキヨミから冷たい視線を浴びた。オレンジ色のプリントTシャツに白い長袖シャツを羽織ったシンジは早速にらみ合いを始めてしまったノボルとキヨミを少し困ったように見ていたが、すぐにマコトの耳の近くに身をかがめた。
「……フジムラには会えたか?」
「それが、まだ来てないの」
「そうか……」
 何事もなかったように身体を起こしたシンジは自然な様子で辺りを見回した。他の生徒もだんだん集まってきていたが、いつもならもう来ているはずのヒロシの姿はまだ見えなかった。
「残念だったな」
「そうね。折角早く来たのにね」
「そういえば、ノボルがフジムラについて何か聞いてきたみたいだぞ?
 な、ノボル」
「え、何?」
「フジムラについて何か聞いてきたんだろ?」
「ああ、そうだった。オヤジに聞いたんだけど、フジムラの母親って弁護士らしいぞ」
「え、ホント?」
 マコトだけでなく、ノボルをにらみつけていたキヨミも驚いてノボルを見詰めた。二人ともヒロシの家族の職業どころか、ヒロシがどこに住んでいるのかさえ知らなかった。
「じゃあ、フジムラんちってお金持ちなの?」
「さあ、そこまでは知らないけど、“ジンケンハの弁護士”っていうから違うんじゃないか」
「ふーん」
「母親の実家は義体会社とも言ってたな」
「へ〜」
 キヨミは数学の問題を完全に放り出した様子で相づちを打った。マコトは一瞬キヨミに注意すべきかと思ったものの、“義体会社”という言葉に引っ掛かりを感じた。
「じゃあ、フジムラの義眼って母親の実家のせいなの?」
「え? 聞かなかったけど、多分違うんじゃないか」
「じゃあ、なんで義眼なの? クローン臓器だって良かったんじゃない?」
「そんなこと俺に聞かれても困るよ」
 突然マコトに尋ねられたノボルは少し身体を引いて眉をひそめた。マコトも問い詰めるつもりはまったくなかったのに、尋ねているうちにヒロシが義眼を嫌っていた様子がはっきり思い浮かんだ。
「フジムラが義眼を嫌ってるのに母親の実家が義体会社っておかしくない?」
「そういえば、フジムラと小学校が一緒だった子に聞いたんだけど、フジムラって小学校に入学したときから義眼だったらしいよ」
「じゃあ、生まれつきの病気か何かか?」
「そこまでは知らない」
「だよな」
「でも、ガンとかだったらクローン臓器にしなかったのもおかしくないんじゃないか?」
 ノボルを促してからずっと黙っていたシンジが話をまとめるように口を開いた。他の三人に比べて口数が少ないシンジはマコトとキヨミが座っていたこともあって完全に三人を見下ろしていた。
「俺も少し調べたんだけど、クローン臓器だと時間が掛かるし、ガンとかの病気だと繰り返すおそれがあるから使えないらしいぞ」
「そっか。言われてみればそうだね」
「遺伝子治療や遺伝子組み換えじゃますます時間が掛かるしな」
 キヨミとノボルも納得した様子で、マコトもそれ以上追求するのを止めた。
 すると、今度はキヨミが数学の問題を考える前にしていたことを思い出してマコトに向き直った。
「でも、そういうのってマコトはフジムラから直接聞かなかったの?」
「え?」
「昨日は義眼とかの話は全然しなかったの?」
「ま、まさか。フジムラが自分からするはずないじゃない」
「そうだとしても、マコトはフジムラに何にも聞かなかったの?」
「聞けるわけないでしょ。すぐに怒鳴られるか無視されるかで終わりよ」
「でも、一番気になるじゃない」
「だったら本人に聞けば良いでしょ」
「だから、フジムラはまだ来てないんだってば」
 キヨミはタブレットパソコンを押しやりながら身を乗り出した。さっきと違って、今度はノボルとシンジまでマコトを見ていた。
「ねえ、話せる範囲だけで良いから」
「そんなこと言われたってとにかく何にも聞いてないし、聞かされてないの。あたしが聞いたのは関係ないことだけ」
「たとえば?」
「ゲームや音楽の話とか……、飛鳥の救援プロジェクトの話とか……」
「へー、フジムラもそういうのに興味あるのか」
「待って。まだ興味あるかどうか分かんないでしょ」
 少し驚いた様子のノボルをキヨミが黙らせた。でも、話しすぎてしまったと思ったマコトはキヨミが向き直ってもそれ以上は口をつぐんだ。
「ねえ、他には?」
「それだけ」
「そんな〜、もう少し教えてよ」
「だから、本人に聞いてって言ってるでしょ」
「本人が来たら必ず聞くから」
「ダメ」
「そこを何とか」
 キヨミはいざとなったらくすぐってでもマコトにしゃべらせようと身体を動かしたが、マコトもキヨミの考えに気付いて少しずつイスをキヨミから離した。
「ちょっと、あんまりしつこいと怒るよ」
「でも、マコトだけ知ってるなんてずるいじゃん」
「ずるくなんかないって。大体、他人のことをベラベラ話す方が問題でしょ」
 マコトはイスをじりじり動かしながらキヨミをにらんだ。本気でケンカするつもりまではなかったものの、昨日のことはヒロシがマコトにだけ見せた素顔だと感じていた。特に、駅で別れる前には根暗な感じも気にならないくらいになっていたから、簡単に話してヒロシに憎まれたくなかった。
「ちょっと、シンジも何か言ってよ」
「ほら、キヨミもその辺にしとけ。そろそろフジムラのことを聞き出すより数学の問題を手伝ってもらった方が良いんじゃないのか?」
「ま、まだ時間あるもん!」
「そうだとしても、マコトがホントに怒ったらどうするんだ?」
「う……」
 マコトに再び迫ろうとしたキヨミは一瞬ためらった。シンジの言うとおり、ここでマコトを怒らせてしまったら両方ともダメになるのは火を見るより明らかだった。マコトもわざと怒った顔でキヨミをにらんで、板挟みになったキヨミは助けを求めるようにシンジとノボルに目を移した。
「ねえ――」
「言っとくけど、俺はどっちにも味方しないからな」
「何よ、ノボルだって知りたがったくせに」
「ほら、どうするんだ?」
「うー」
 ノボルに頼む前から断られ、シンジに促されたキヨミはあきらめたようにタブレットパソコンを手に取った。
「……マコト、ごめんね?」
「いいって。あたしもキヨミがフジムラに聞くときには協力するから」
「ホント?」
 頭を下げたばかりのキヨミが顔を上げた。そのうれしそうな顔を見たマコトは一瞬ヒロシに悪いと思ったものの、すぐにヒロシも他の生徒と係わりを持つべきだと思い直した。

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