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マコトが通学用のトートバックを肩にエントランスまで小走りで入っていくと、先に来てドア近くの壁に寄り掛かっていたヒロシが身体を起こした。 「……わざわざ悪かったな」 「そう思うんだったらもっと早めに言ってよね。先に帰ったのかと思って慌てちゃったじゃない」 「そのことも悪かったと思ってる。ヒラタの取り巻きが邪魔で声を掛けづらかったし、家族以外にメールなんてしないからすぐに思い付かなかったんだ」 「そ、そう……」 ヒロシをにらみつけたマコトは素直に謝られてかえって戸惑った。サングラスを掛けてうつむき加減の何を考えてるか分からない態度は同じだったが、なぜか今のヒロシからは反抗的な感じがほとんど抜け落ちていた。 でも、マコトはすぐに周囲の様子を思い出して近付いてきたヒロシを促した。エントランスは二人の他にも下校する生徒でにぎわっていて、中にはマコトとヒロシに目を向けていく者もいた。 「とにかく、外に出ましょ。フジムラは手ぶらで良いの?」 「ああ、特に持って帰るようなものはないからな」 「じゃあ、あたしについてきて」 マコトはヒロシの先に立って校舎を出たが、すっかり調子が狂ってしまっていた。ヒロシに謝られるまで考えていたやりとりがすっかり使えなくなってしまって、マコトはヒロシと何を話したら良いか思い付かなかった。 そのため、マコトがとりあえず振り返ってヒロシを見ると、ヒロシはベルトに挟んでいた黒い野球帽を目深にかぶったところだった。 「ちょっと、何かぶってるのよ」 「見てのとおりの帽子さ」 「そうじゃなくて、そんなの持ってなかったじゃない」 不意を突かれたマコトはつい問い詰める口調になったが、ますます黒ずくめで表情が分からなくなったヒロシはそっけなく答えただけだった。 「ベルトの後ろに挟んでたから見えなかったんだろ」 「そうだとしても、そんなに目深にかぶってどうすんのよ」 「これぐらいしないとサングラスが目立つんだよ」 「だったらそんな格好しなけりゃいいでしょ。ほとんど不審者じゃない」 マコトは一方的に言ってまた追い着いたヒロシの先を歩き始めた。ヒロシの格好のことを言うつもりはまったくなかったのに、ヒロシと何を話してどう距離をとったら良いのか見当もつかなかった。 でも、快晴の通りを歩き始めたところでマコトは再びヒロシを振り返った。 「ちょっと、トラムに乗るの?」 「いや」 「じゃあ、駅まで歩くの?」 「ああ、トラムだとジロジロ見られるからな」 「でも、義眼は大丈夫なの?」 「大丈夫だろ。少しは慣れたからな」 マコトの少し後ろを歩いていたヒロシは初めて不機嫌そうに答えた。トートバッグからケイタイを出してトラムを呼ぶ用意をしていたマコトからは表情が見えなかったが、ヒロシは義眼と幽霊のことに触れられたくないらしかった。 「だけど、ホントに大丈夫なの? そんなこと言って何かあったら嫌だからね」 「だから、大丈夫だって言ってるだろ。教室で騒いだのは驚いたからで、慣れればあんなのなんでもない」 ヒロシは野球帽の下からにらむようにマコトを見返した。保健室でにらまれたときほど力が込められてなくても、ヒロシがはっきり嫌がっていることを知るには十分な視線だった。 マコトは一瞬にらみ返しそうになったものの、すぐにケイタイをトートバッグにしまって再び歩き始めた。 「……分かったからいちいちにらまないでよ。フジムラがなんで他の人を嫌ってるかは知らないけど、あたしにだって限度があるんだからね」 「だったらなんで引き受けたんだよ。適当に理由を付けて断ることだってできただろ」 「あたしはフジムラと違うもの。タケル先生に頼まれたし、他の人に押し付けたなんて思われたくないの」 マコトは振り向かないまま言って、本当にそうだろうかと自問した。ヒロシが先に行ってしまったせいで待ち合わせという形になったが、タケルからのメールには見守るだけでも良いと書いてあったのだ。 (大体、フジムラだって拒否しなかったじゃない) 付き添いを付けることをタケルに押し切られてしまったのだとしても、マコトにメールを出さなければ簡単にまくことくらいできたはずだ。マコトはヒロシが何を考えているか理解できなくて、ヒロシと一緒に歩いている理由をすべてヒロシに押し付けてしまった。 そして、それはヒロシも同じだった。 ヒロシは黙ったまま先を歩くマコトの少し後ろを歩いていたが、さっきからひどく落ち着かなかった。通りには周辺の敷地から邪魔にならない程度に木々が枝を伸ばして気持ちの良い木陰を作っているのに、二人の周りだけ異世界に切り離されてしまっている感じだった。 (ヒラタは一体何考えてるんだ?) ヒロシはタケルに「ちゃんとマコトに駅まで付き添ってもらわないとヒロシの叔父であることをマコトにばらす」と脅されて従っているだけだったから、マコトの説明が本心だとはとても思えなかった。いくらタケルが女子生徒に人気があるといっても、ヒロシはそれ以上に薄気味悪く思われているはずだった。しかも、マコトにはサングラス越しであっても保健室で義眼を見られた可能性さえあった。 (まさか、どこかに仲間が隠れてるのか?) ヒロシは集団で嫌がらせをされる可能性まで考えて、近くにマコトの仲間がいないかどうか野球帽の下から何度も視線を走らせた。 すると、駅に向かうトラムが二人を追い越して、黙っていたマコトがヒロシに振り返った。 「ちょっと、何かしゃべってよ」 「しゃべるって何をだよ?」 「なんでも良いから。あたしはこんな風に黙ってるなんて嫌なの」 「だったら仲間でも呼べばいいだろ」 「誰を呼べって言うのよ。ここにはあたしとフジムラしかいないじゃない」 「近くに誰か隠れてるんじゃないのか?」 ヒロシのトゲのある言葉に振り返っていたマコトの眉がつり上がった。ヒロシが反抗的な態度を取り戻したから、マコトも遠慮しなくなった様子だった。 「ちょっと、どういう意味?」 「そのとおりの意味だよ。仲間に隠れてもらってて、集団で俺のことをからかうつもりなんだろ?」 「バカバカしい! なんでそんなことフジムラにしなきゃならないのよ」 向き直ってヒロシの前をふさいだマコトが吐き捨てるように言い返した。近くを歩いていた通行人が突然立ち止まった二人を避けたが、黙っている間にそれぞれ不機嫌になっていた二人は通行人のことなど目に入らなかった。 「そんなことより、フジムラがあたしに変なこと考えてるならすぐに警察呼ぶからね」 「ふざけるな! なんで俺がヒラタなんかにそんなこと考えなきゃならないんだよ!」 「だったらなんで付き添いを拒否しなかったのよ! あたしにメールして待ってるなんて絶対おかしいじゃない!」 「俺だってメールなんかしたくなかったさ! でも、タケルに脅されたんだから仕方ないだろ!」 「タケルのせいにするなんて卑怯よ!」 ヒロシとマコトは道の途中でにらみ合ったが、今度はマコトも負けてなかった。ヒロシのサングラスを正面からにらみ返して、バカにしたように頭を反らせてからヒロシに背中を向けた。 「バカバカしい。そんなに元気なんだったら一人で帰れば?」 「あ、待て! 駅に着くまで勝手に帰るな!」 「知らない。タケルに何を言われてるか知らないけど、あたしは関係ないでしょ」 ヒロシを突き放したマコトは本当に帰り始めて、怒っていたヒロシを慌てさせた。ヒロシはタケルと比較されてウワサされるくらいなら死んだ方がましなくらいだった。 「そんなこと言わずに頼む! ヒラタに先に帰られたらダメなんだ!」 「イヤよ。ありもしない疑いを掛けられてまで付き添うなんてまっぴら」 「頼む! このとおり謝るから!」 ヒロシはいきなり道ばたに正座して地面にこすりつけそうなくらいに頭を下げた。ヒロシの慌て振りに気付いて少しだけ振り返っていたマコトは驚いたし、近くにいた通行人も驚いた様子でヒロシを見ている。中には土下座されているマコトを見る人もいて、マコトの顔はみるみる真っ赤になった。 「ちょ、ちょっと、早く立ちなさいよ」 「先に帰らないって約束してくれ!」 「分かったから早く立って」 マコトはヒロシに駆け寄ってほとんど引っ張り起こすようにヒロシを立たせた。やせているとはいえ土下座しているヒロシを立たせるのは大変だったはずだが、マコトはすぐにヒロシを引きずるように急ぎ足でその場を離れ始めた。 「お、おい」 「いいから早く歩いて」 「だったら腕を放せ」 強く右腕を引っ張られてつまずきそうになったヒロシが抗議しても、マコトは聞く耳を持たなかった。それどころか、マコトは正面をにらんだままヒロシに次々と言葉を浴びせた。 「薄気味悪いとは思ってたけど、常識もないのね。少しは周りのことも考えなさいよ」 「俺だって恥ずかしかったんだ」 「明日、学校で変なウワサが立ったらどうするのよ」 「そんなの無視すりゃいいだろ」 「大体、あたしがそんなに信用できない? いくらフジムラが好きじゃないからってタケルに告げ口なんてするわけないじゃない」 「ご、ごめん……」 一瞬マコトの声が震えた気がして、ヒロシは慌てて謝った。マコトは気が強くて言葉もきついが面倒見は良いグループのリーダー格だと思っていたから、泣くかもしれないとは思ってもなかった。 「ホントにごめん。他に引き止める方法を思い付かなかったんだ」 「バカ。そんなに謝んないでよ。フジムラのキャラじゃないじゃない」 「でも、悪いのは俺だから――」 「だから謝んないでって! フジムラがそんなに謝ったら調子が狂うの!」 マコトはヒロシの言葉を遮るようにヒロシに向き直った。眉間にしわを寄せて怒鳴ったが、髪と同じ焦げ茶の瞳は少し潤んでいるようだった。 マコトの剣幕と涙に驚いて、ヒロシはそっとマコトから目をそらせた。 「……分かった」 「分かれば良いの。手も放すから、後は一人で歩いてよね」 「え、ヒラタは?」 「一応駅まで付き添うわよ。みんなに駅まで付き添うって言っちゃったし、ここまで来たら駅まで付き添ったって同じだもの」 ヒロシの問い掛けにマコトはぶっきらぼうに答えて顔をそらせた。 確かに、二人が今いる場所は学校と駅の間の半分を少し過ぎたところで、駅まであと数百メートルというところだった。 「その代わり、何かしゃべってよね」 「ヒラタが話してるような話なんて知らないぞ」 「なんでも良いから」 「そう言われてもな……」 「じゃあ、ネックレスを見せて」 「え?」 「ほら、いつもしてるじゃない」 「ああ……、これは曾祖父さんからもらったお守りの指輪を提げてるだけだよ」 ヒロシはマコトに言われてシャツの中から指輪を引っ張り出した。指輪は三つの輪を組み合わせたようなデザインで、柔らかな銀色の光沢を放っていた。 「よく見せて」 「いいけど、落としたりすんなよ。曾祖父さんの祖母さんの形見なんだから」 「へえ……」 マコトはヒロシの言葉をほとんど聞いてない様子で指輪をつまんだ。指輪は本当に三つの輪を組み合わせたわけでも宝石をはめ込んであるわけでもなかったが、シンプルで落ち着いた大人の女性に似合いそうだった。 指輪を見ているうちにマコトは会ったはずもないヒロシの曾祖父の祖母の姿が目に浮かんできそうになって、慌てて指輪をヒロシの手に押し付けた。 「……ありがとう」 「もういいのか?」 「いつまでも突っ立ってるわけにいかないでしょ」 「それもそうだな」 マコトの少し怒った様子にヒロシはそれ以上尋ねないで指輪をしまった。ヒロシもマコトの性格が少し分かるようになって、いちいち過剰反応しなくなっていた。 「だけど、指輪のことは秘密だからな」 「分かってるって。誰にも言わなければ良いんでしょ」 「そうさ」 ヒロシは先に歩き始めたマコトに続いた。まだ誰かと一緒に歩くというのは落ち着かなかったが、さっきほど嫌な感じはしなくなっていた。 「後、聞きたいことはあるか?」 「そうねえ……」 マコトが振りかえらないまま考え始めた。 二人はいくつか話をしながら歩いて、駅で別れたときには並んで歩くようになっていた。 |
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