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3、変化


「ねえ、どうしたのってば」
「……え?」
 キヨミに話し掛けられたマコトは慌ててテーブルの向かい側に座っているキヨミに視線を戻した。赤いキャミソールを着たキヨミはきのこのオムカレーを半分ほど食べ進んだところで心配そうにマコトを見ている。二人はあと二人のクラスメイトと共に学校の食堂でランチの途中だったが、マコトはまだ野菜たっぷりの冷製パスタに三分の一も手を付けていなかった。
「何? どうかした?」
「『どうかした』もないよ。マコトったらさっきから上の空じゃん」
「そ、そんなことないでしょ」
「だったら、今何考えてたのよ? あたしが話し掛けても全然聞いてなかったじゃん」
「そんなことないってば」
 聞いてなかったと素直に認められないマコトはいくらか強い口調でテーブルに身を乗り出した。でも、いつもならお気楽で深く考えないキヨミは変なところで勘が良かったから、うかつなことは言えなかった。
「……キヨミはいつも変なものを食べてるなって思ってただけ」
「ひどーい! オムカレーは『変なもの』じゃないってば! チキンライスとカレーの最強タッグじゃん!」
「そんなこと言ったって思ったんだから仕方ないでしょ」
「だったら交換するからおいしさを分かってよ」
「嫌よ。半分しか残ってないじゃない」
 マコトが大げさなくらいにパスタをかばっていると、キヨミの右隣で海鮮焼きビーフンを食べていたノボルが二人に聞こえるくらいの声でつぶやいた。ノボルは二人がランチを共にしているクラスメイトの一人で、二人のやりとりを聞いて自分も参加する気になった様子だった。
「……でも、俺もどっちかっつうとカレーとオムライスは分けて食いてえな」
 ――!
 絶妙のタイミングにオムカレーをマコトに押し付けようとしていたキヨミはすぐに振り返った。
「ちょっと! ノボルまでオムカレーの悪口言わないでよ!」
「なんだよ、思ってることを言っただけだろ」
「だったらビーフンだって変じゃん! 焼きそばかチャーハンかはっきりさせなさいよ!」
「なんだと! ビーフンをバカにすんな! 二千年の歴史をなめんじゃねえ!」
 キヨミの発言に怒ったノボルは箸を置いて立ち上がった。イスに座っているキヨミを上からにらみつけたかったのだろうが、小柄なタイプのGM人間だったから立ち上がっても大して変わらなかった。
「今すぐ取り消せ!」
「だったらオムカレーの三百年の歴史も尊重しなさいよ!」
「ちょっと、二人ともいい加減にしてよ!」
 放っておけばまた変なことになりそうな気配にマコトは急いで止めに入った。キヨミの追及をごまかすだけのつもりだったのに、かえって面倒なことになってしまった。二人の口ゲンカは周囲でランチや談笑をしていた生徒や大人からも注目を浴びてしまっていて、マコトは止めに入りながら恥ずかしくてならなかった。
「二人とも落ち着いてよ! あたしも謝るからキヨミもこれ以上止めて!」
「ほら、ノボルも落ち着け。ビーフンのスゴさは分かったから、少しは周りのことも考えろ」
「シンジはキヨミの味方すんのか!?」
「だから落ち着けって。二人とも注目を浴びまくってんぞ」
 ――!?
 シンジの一言でノボルとキヨミの二人は初めて周囲の注目に気付いたように慌てて座り直した。GM人間にアフリカ系と元々目立つ方の二人だったから、よけいに恥ずかしがっている感じだった。
「……アンタが悪いんだからね」
「俺に話し掛けんな」
「何よ、一人だけ帽子かぶっちゃって」
 キヨミはぶつぶつ言いながら引き下がったが、ノボルはトレードマークの青い野球帽を目深にかぶって注目されなくなるまでやり過ごすようだった。
 そして、マコトもキヨミがまた話し掛けてこないうちに左隣のシンジに向き直った。
「シンジ、二人を止めてくれてありがとう」
「いや、これぐらいなんでもないって。それより、何か気になることがあるんだったらいつでも相談に乗るぞ?」
「え?」
「キヨミに尋ねられてごまかしてたけど、何か気になってるみたいじゃないか」
「そ、そんなことないって」
「ほら、またごまかそうとしてる。俺が一体何年一緒にいると思ってんだ?」
「そんなの今は関係ないでしょ」
「ほら、ごまかせなかったら今度は怒るんだ」
 ――!
 マコトはのどまで出掛かった怒りをかろうじて飲み込んだ。キヨミとノボルの二人のために集まった注目がようやく薄れてきたのに、またここで注目されるわけにはいかなかった。
「……シンジには関係ないでしょ」
「フジムラの付き添いをしたときに何かあったのか?」
「!」
 マコトは驚いてシンジの緑色の瞳を見返した。淡い金髪でマコトより背が高いシンジは子供園のころからの幼なじみで、マコトはシンジにだけは隠し立てできなかった。
「当たりなんだな?」
「だったら何だって言うの? 保健委員に守秘義務があるのは知ってるでしょ」
「別にフジムラの秘密をバラしてくれって言ってるわけじゃないさ。タケル先生がいたんだから変なこともなかったろうし……。
 ……ただ、フジムラはあの性格だし、マコトが気にするようなことを言ったんじゃないかって心配なんだ」
 シンジは言い終わるより先にマコトから目をそらせて四人が座っているテーブルから離れたところでランチにしているヒロシの後ろ姿を眺めた。間に座っている他の人の姿でヒロシの様子はよく見えなかったが、どうも一人で食べているらしかった。
 マコトはどこかマコトに対して謝っているようにも見えるシンジの横顔に罪悪感を感じたが、答えは最初から決まっていた。
「……ありがとう。でも、シンジが心配してくれてるようなことじゃないから」
「そうか……。だったら良いんだ」
 一瞬だけマコトを見たシンジはすぐに半分ほど残っている豚のショウガ焼き定食に戻った。
「マコトも早く食べないと時間がなくなるぞ」
「分かってる」
「それから、今のは全部忘れてくれて良いけど、もう少しうまく考えないとまたキヨミに尋ねられるぞ」
「そうね」
 マコトも野菜たっぷりの冷製パスタに目を戻しながらシンジに答えた。
 でも、実際にはキヨミのことなど考えてなくて、マコトはシンジの瞳を見たときから偶然サングラス越しに見たヒロシの義眼を思い出していた。
(そんなに大騒ぎして隠すような義眼じゃないじゃない)
 少なくともマコトがキヨミたちと想像していたような義眼ではなかった。多少違和感はあっても、あれくらいの義眼なら隠さないでいる人は珍しくなかったし、もっと不気味な目をした機人だっていた。義眼よりも怒鳴ったときの右目の方が怖かったくらいだった。
 それなのに、ヒロシはかたくななまでに義眼を隠して他の人を嫌っている。すでに学校で孤立しているから平気なのかもしれなかったが、マコトはヒロシがあれだけ徹底して他の人を嫌っているのはひどく子供っぽく思えた。
(結局、ただのわがままじゃない)
 人と付き合うためには我慢が必要なことを知っているマコトとは正反対のヒロシなのに、マコトはなぜかヒロシを頭から振り払えなかった。
(あんなヤツが私の秘密に気付くはずないって)
 マコトはヒロシのようなタイプは他の人に関心を持つはずがないと自分に言い聞かせた。
 そして、マコトは今まで気にしていた分を取り戻すように食べ始めて、ランチの前にタケルから受け取ったメールについても深く考えるのを止めた。
「そうだ、あらかじめ言っとくけど、今日はキヨミと一緒に帰れないからね」
「え、どうして?」
「さっきメールでタケルから放課後も駅までフジムラに付き添うように頼まれたの」
「えー、そんなの断れば良いじゃん」
「保健室でも様子がおかしかったみたいだし、タケルや担任が送るっていうのを断固拒否してるんだって」
 マコトがオムカレーとセットになっているサラダを食べながら抗議するキヨミに説明すると、キヨミは器用に食べながら反対した。
「そんなのほっとけば良いじゃん。親に迎えに来てもらえって言ったら?」
「それが、フジムラの家族はみんな家にいないんだって」
「えー」
 キヨミはフォークを持ったまま大げさなくらいに顔をしかめた。家に誰もいないことはヒロシ以外でも珍しくなかったが、キヨミはヒロシの悪意のようなものを感じ取った様子だった。
「だったら、学級委員とか、他の人に頼めって言ったら?」
「そうだそうだ、保健委員だって他にいるんだし、今度は他のヤツが付き添えば良いんだ」
 キヨミの反論に帽子をかぶり直したノボルが同調した。やり過ごしている間に海鮮焼きビーフンを食べ終えたノボルもヒロシに好感を持ってない様子だった。
「大体、本人が拒否してるんだったら付き添うなんて無理じゃん」
「だから、フジムラ本人に付き添わなくても近くで見守って何かあったら手を貸せば良いんだって」
「変なの。そのメール、ホントにタケルからなの?」
「フジムラはコンピューターばっかりいじってるからメールの偽造くらいやりかねないぞ」
「でしょ。いっつも他の人を毛嫌いして見下してる感じだし、そんなにタケルや先生に送ってもらいたくなければトラムにでも乗ればいいのよ」
「そうだな。駅までだったら呼ばなくてもたくさんあるしな」
 ノボルもさっきキヨミとケンカしたことなどすっかり忘れた様子でヒロシを突き放した。二人の容赦ない言葉にマコトはヒロシが孤立していることを改めて実感したが、マコトは二人の言葉に全面的に賛成できなかった。
「でも、タケルからのメールだってことははっきりしてるし、これぐらいのことで他の人に押し付けたって思われたら嫌じゃない」
「じゃあ、マコトは引き受けるの?」
「だから『一緒に帰れない』って言ってるでしょ」
「だったらあたしも一緒についてく! マコトに何かあったら嫌だもん」
 キヨミが最後のサラダを口に運んだフォークを持ったまま挙手して宣言すると、ノボルも負けじとシンジに振り返って主張した。
「それなら俺たちだってついてくぞ! なあ、シンジ?」
「ああ、ついてくぞ。俺もマコトが一人で付き添うのは心配だな」
「ちょっと待ってよ! フジムラ一人に四人も付き添いはいらないし、シンジとノボルは授業があるでしょ!」
 マコトはシンジまでノボルとキヨミに賛成したことに驚いて言い返したが、シンジは真顔で受け流した。
「授業なんてサボるさ。それに、俺たちはフジムラじゃなくてマコトに付き添うんだ」
「そんなの止めてって! 気持ちはうれしいけど、フジムラ一人に付き添うのにみんなに来てもらったなんて思われたくないの!」
「だったらそばにいないようにするさ」
「それだって同じよ! フジムラくらいあたし一人で大丈夫だし、駅まで付き添ったらすぐにみんなに連絡するから!」
「ホントか?」
「約束するって!」
 マコトは強い口調でシンジをにらみつけた。保健室でつかみ掛かられそうになったとはいえ、いくらなんでもヒロシを警戒しすぎだった。根暗で薄気味悪くても、ヒロシはマコトとそう背丈の変わらないのただのクラスメイトなのだ。
「ほら、キヨミも絶対ついてこないって約束して」
「うん……」
 マコトはそれでも納得いかない様子のキヨミとノボルにも言い渡して、たかが駅まで付き添うだけだと改めて自分に言い聞かせた。

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