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 目標を決めた私は生まれ変わったみたいにリハビリと勉強に励んだ。みんなは不思議がったけど、私は本当の理由を一言ももらさなかった。井上さんに色々尋ねられても、全部適当にごまかしてしまった。
 そして、私が特別病室から一般病室に移る日が近付いて、井上さんと飛島さんが連絡を兼ねたお見舞いに来てくれていた。
「じゃあ、やっぱり記者会見には出ないとダメなんだ……」
「ごめんね。顔や名前は公表されないけど、統合型感覚再現技術やサイボーグについて正しく知ってもらうためには望ちゃん本人にどうしても出てもらいたいのよ」
「コンピューター危機で犯人たちが『アダム――“新しい人類”の始祖という意味――』だなんて名乗らなければもう少し違ったんだろうけどね」
 ベッドに寄りかかって少しうつむいた私を励ますように井上さんと飛島さんが口々に言った。二人は丸イスを二つ並べて座っていて、なんだか少し進展したみたいだった。
「望ちゃんが記者会見に出ている時間は十五分くらいだし、答えてもらう質問も事前に提出してもらったものだけだから」
「それに、みんな望ちゃんを見れば今までのイメージが全部偏見だったってすぐに気付くさ」
「……ありがとう。どうしても出たくないってわけじゃないから、もう平気」
「良かった」
「じゃあ、そろそろ食べようか。温かいうちに食べた方がうまいからね」
 待っていたように飛島さんが立ち上がってサイドテーブルを引き寄せた。サイドテーブルには飛島さんが持ってきた紙袋が乗せられていて、さっきからほんのりとソースの香りが漂っていた。
「望ちゃんは紙袋の中身が何だか分かる?」
「……もしかして、お好み焼き?」
「正解。部屋ではアメ以外のものを再現できないままだったし、望ちゃんも普通に食べられるようになったから、新田さんからプレゼント」
「新田の特製らしいぞ」
「え、そうなんですか!?」
 驚いている私の前で井上さんがお好み焼きの入った透明容器を取り出した。
「うわー」
「まだ熱々ね」
「食堂を借りるくらいなら目の前で焼いてやれば良かったんだ」
「病室じゃさすがにそこまでは無理じゃない?
 それより、望ちゃんはお箸じゃなくてフォークにする?」
「うううん、お箸で食べる」
 私はお好み焼きから目を離さないで答えた。お好み焼きは豚玉のようで、ソース、マヨネーズ、青のり、かつお節、紅生姜がしっかり掛けてあった。病院食は薄味のものが多かったし、私は早く食べたくてならなかった。
「あ、ナースセンターに話してあるけど、夕食前だから半分だけだからね」
「えー!」
「また作ってもらってあげるから」
 井上さんは私をなだめながらも飛島さんの並べたお皿にお好み焼きを取り分けていく。私の分は本当に半分で、残りの半分は飛島さんと井上さんの分になった。
「……夕食だってちゃんと食べられるのに」
「まあまあ。気持ちは分かるけど、今は楽しんで食べよう。新田の話だと、望ちゃんにリクエストされてずいぶん研究したみたいだぞ」
 飛島さんが先に一口食べてみせて、私もお皿と箸を取った。左手にはまだ少し痛みが残っていたけど、右腕はかなり自由に動かせるようになっていた。私はふてくされたまま箸で八分の一ずつに切り分けられたお好み焼きをつまんで、ゆっくりと口に運んだ。
「おいしい!」
「それは良かった。新田もきっと喜ぶだろ」
「そうね、ずいぶん練習してたものね」
 井上さんも食べながら言ったけど、私は返事をしないでお好み焼きをほおばった。予想以上にソースの香りが口の中に広がって、私はふてくされていたことをすっかり忘れてしまった。
「すごくおいしい! こんなにおいしいお好み焼き食べたの初めて!」
「そんなに喜んでもらえると俺たちもうれしいよ」
「焦らなくてもなくならないから、ゆっくり食べてね」
「だけど、望ちゃんもすっかり良くなったな。表情もよく作れるようになったし、腕の方も問題なさそうじゃないか」
「そりゃあ、毎日リハビリしてるもの。勉強の方だって、高校に復学する手続きをしてるのよね?」
「うん、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに頼んで、ここの大学の附属高校に編入させてもらうつもり」
「え? うちにかい?」
「学校の先生たちとも相談したんだけど、ここの附属高校が一番良いだろうからって」
 二切れ目を食べ終えた私は驚いている飛島さんに向き直った。
「だから、飛島さんにはこれからも家庭教師お願いします」
「ええ!?」
「望ちゃんはここに義体――ロボット技術を使った義手や義足、人工眼や人工内耳などの総称――関係の技術者として勤めたいんだって」
 井上さんも笑顔で飛島さんの顔をのぞき込んだ。井上さんには前もって相談していたから、井上さんも楽しんでいるみたいだった。
「二郎も協力してくれるでしょ?」
「そりゃあ……、少しくらいなら構わないが、高校の勉強を全部見てやれる自信はないぞ?」
「ありがとうございます。国語と英語は井上さんが見てくれるから、飛島さんには数学と物理、生物をお願いします」
「地理と歴史、公民は学校の先生が見に来てくれるんだって」
 飛島さんを見ていた井上さんが身体を起こした。井上さんはまだ私のこと優先で飛島さんと付き合うつもりはないみたいだったけど、私は二人を見ていて少し妬けてしまった。部屋にいたときには進展しなくてやきもきしていたのに、今となっては邪魔したい気もした。
「だけど、軌道エレベーターのコンダクターはどうするんだい?」
「もう良いんです。宇宙には旅行でだって行けるし、私も助けてもらったお返しに他の人を助けたいんです」
「そうか……、そういうことだったら反対しないけど、しっかり勉強しないとな。ここも統合型感覚再現技術の研究が制限された関係で縮小されるらしいから」
「はい」
「じゃあ、冷める前にお好み焼きを食べちゃいましょ? 望ちゃんも食べきれないんだったらいつでも食べてあげるよ?」
「いい!」
 私は井上さんに抗議して両手でお好み焼きをかばった。冗談だと分かっていても、こんなにおいしいお好み焼きを残すつもりなんてなかった。
「ハハハ、望ちゃんのお好み焼きを取らせたりしないよ」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
「冗談だよ、冗談。
 それにしても、新田もよく作ったよな。研究を自由に続けられたとしてもこのお好み焼きの再現は無理だったんじゃないか?」
「そうね……」
 井上さんも感慨深そうにうなずいた。
 それで、私も三切れ目のお好み焼きを食べながら考えていると、飛島さんが口を開いた。
「望ちゃんは今でも部屋のことを思ったりするのかな?」
「え?」
「もう誰かに聞かれてると思うけど、部屋を懐かしいと思ったりするかい?」
「ええと……、思うことはあります。部屋にいたときは移動にほとんど手間が掛からなかったし……」
「そうだね。部屋では現実より楽なこともあったからね……。
 でも、現実でなきゃ無理なこともたくさんあるわけだからね」
 少し考えていた様子の飛島さんは話を打ち切るように顔を上げた。
「なあ、望ちゃんが一般病室に移ったら、中庭の桜見物に出られないか?」
「そうね。ちょっと盛りを過ぎちゃうかもしれないけど、良いかもしれないわね」
「望ちゃんも一年以上外に出てないわけだし、どうだろう?」
「良いんですか?」
「正式には医師や他のスタッフとも相談しないとダメだけど、多分大丈夫なはずよ。一般病室に移れば原則として病院内の移動が自由になるし、規則の範囲内で面会も自由だから」
 私に尋ねられた井上さんも乗り気な様子で答えた。多分、二人とも私にこれ以上部屋のことを考えさせるのは良くないと思ったのだろうけど、私も桜見物は反対でなかった。
「じゃあ、お願いします」
「分かった。相談しておくね。多分、明日の昼休みか帰りまでには正式に答えられると思うから」
「じゃあ、望ちゃんが食べ終わったらそろそろ帰るか」
「あ、気が利かないでごめんなさい」
「ちょっと、望ちゃんまで変なこと言わないで。一緒に帰るわけでも何でもないんだから」
「えー、もったいない。私はもう大丈夫だし、招待してくれれば結婚式にだって出られるのに」
「患者が生意気なこと言わないの」
 振り返った井上さんが軽く左手を上げた。飛島さんは一足先に立ち上がっていて、おかしそうに私と井上さんを見ている。飛島さんも本当は統合型感覚再現技術の研究が制限されてかなり悔しい思いをしているはずだった。
「飛島さん、助けて」
「助けたら俺が怒られるからね。ほら、逃げてばっかりいるとお好み焼きを落っことしちゃうぞ」
「あ――」
 私がお好み焼きを気にした瞬間に井上さんの左手が私のお皿を支えた。
「ほら、人のことを心配するより自分のことを気にしてちょうだい。『もう大丈夫』って言うなら一人でちゃんと食べられるよね?」
「……ごめんなさい」
 私が小声で謝ると、井上さんはまた笑顔になった。
「でも、結婚式には必ず招待するし、必ず招待してもらうからね?」
「え?」
「いるんでしょ? 好きな人」
「!!」
 驚いた私の代わりに井上さんがしっかりとお皿を支えた。
「ほら、しっかり持って」
「……い、いませんよ、好きな人なんて」
「そう? じゃあ、そういうことにしてあげるね」
 井上さんは笑っていたみたいだけど、私は驚きと恥ずかしさで顔を上げられなかった。パックのことは斉藤さん以外に話さなかったのに、なんで気付かれてしまったのだろうと思った。
「でも、がんばれることは良いことだからね。私と二郎も応援してるから、望ちゃんの願いがかなうと良いね」
「……はい」
 私はうつむいたまま、パックとチョコのことを思った。
 チョコが私の肩の上で遊んで、パックが私を電子空間に招いてくれる。私はもう電子空間に住めないけど、このサイボーグの身体は電子空間につながっていた。
 私はそっと指輪の感触を確かめると、必ずまた電子空間に戻って二人を捜し、電子空間にも生命がいるということを世界に認めてもらおうと思った。

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