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泣き疲れて眠った次の日からリハビリが始まった。 お祖父ちゃんやお祖母ちゃんとも話せるようになって、二人とも泣いて喜んでくれた。 また、私が統合型感覚再現技術を使った初めてのサイボーグになったことも公表された。コンピューター危機の爪痕がまだ生々しかったから非難する声の方が多かったけど、研究所や病院の人たちが強く反論してかばってくれた。 受け入れてくれる家族に、支えてくれるたくさんの人たち。 でも、私の心は空っぽになったみたいにむなしくて、毎日パックやチョコのことばかり考えていた。 『……お嬢様、お祖母様からの手紙に返事を書かれてはいかがですか?』 「うるさいわね。斉藤さんはパックとチョコを捜してれば良いの」 『ですが、井上様を始め、多くの方が心配なさっております』 「うるさい」 私は寄りかかっていたベッドからパソコン画面の斉藤さんに怒った。このところ斉藤さんは二言目にはその話ばかりで、私はうんざりしていた。 「斉藤さんは捜索が終わるまで黙ってて」 『……かしこまりました』 部屋にいたときと変わらない斉藤さんの姿がパソコン画面から消えて、特別病室はまた静かになった。 「……私だってそれくらい分かってるわよ」 斉藤さんに捜させているのも気休めだということはよく分かっていた。なにしろ、二人は世界中のサイバー組織に追われているのだ。 私は絶望に似た気分のまま両腕で目と額を覆おうとして、左手の痛みと右腕の違和感に舌打ちした。 「……なんで一緒に行かなかったんだろ」 私は目の前まで上げた両腕を見詰めた。 最新の人工皮膚で覆われた義手の右腕と何度かの手術で傷一つない左手。 どちらもパッと見ただけでは事故に遭ったことなど分からないくらいだけど、目に見えない痕ははっきり残っていた。部屋で何度もテストしたといっても義手は元の右腕ではなかったし、最新の人工皮膚を使ってもサイボーグへの偏見は変わらなかった。 「く……」 痛みの残る左手で右腕をつかもうとすると、まだリハビリが不十分でうまくつかめなかった。すぐに井上さんやお祖父ちゃん、お祖母ちゃんの悲しむ顔が思い浮かんで、つかんでいた左手からも力が抜けた。 「これじゃ縛り付けられてるのと一緒じゃない」 部屋にいたときには現実に戻りたかったのに、今となってはそれが本当に本心だったのか分からなかった。 「二人とも生きてるんでしょ? 聞こえてるんなら何とか言ってよ!」 私は下ろした両手を握りしめて誰もいない特別病室で叫んだ。コンピューター危機の後に病院と研究所のセキュリティー対策が強化されたといっても、二人には何の障害にもならないはずだ。マスコミは効果を上げていると言ってたけど、新しい生命はそんな弱い存在ではないのだ。 「……何とか言ってよ……」 周囲をにらんでいた私の語尾が震えた。 でも、井上さんやお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、それに、看護師たちが少しでも過ごしやすいようにと気を配ってくれている特別病室から返事はなかった。 飾ってある家族の写真も答えてくれないし、タイミング良くメールが来ることもなかった。 「……お願い、答えて。私はこれからどうすれば良いの?」 鼻先であしらわれるだけでも良いから私はパックに会いたかった。チョコに肩に乗ってもらいたかった。 私は膝を抱えてうずくまって、せめて気がすむまで電子空間でパックとチョコを捜せたらと思った。 すると、右手の人差し指に指輪をしている感触に気付いた。 「え?」 驚いて確かめてみても、私は指輪なんてしていなかった。 「どういうこと?」 私は何度も左手で触ったり、見直したりしたけど、指輪をしている感触はなくならなかった。それどころか、目をつむるとどんな指輪か目に浮かぶ気さえした。 「斉藤さん、ちょっと来て!」 『お嬢様、どうかなさいましたか?』 「右手の人差し指に指輪をしてる感触がするの!」 私はパソコン画面に再び映った斉藤さんに右手を突き出して見せた。 「指輪なんてしてないのに!」 『……誤作動でございましょうか?』 「まさか! 誤作動だったら指輪だなんてはっきり分かるわけないよ」 『では……、パック様が何かなさっていたのでしょうか?』 「斉藤さんもそう思う!?」 興奮した私は座り直そうとして身体の痛みにうめいた。無理のしすぎで、リハビリでもここまで急に身体を動かしたことはなかった。 「イタタタタタ……」 『お嬢様、看護師を呼びましょうか?』 「……止めて、他の人に聞かれたくない……」 『……かしこまりました』 私は少しずつ身体を起こして、起こしてあるベッドに寄りかかった。曲げていた両足もゆっくり伸ばして、二、三度深呼吸した。 幸い、痛みはすぐに消えたけど、右人差し指の指輪をしている感触はなくならなかった。 「……ふう、痛かった。 斉藤さん、ナースセンターに気付かれてないよね?」 『今のところ動きはないようですが……』 『望ちゃん、どうかしたの!?』 斉藤さんの返事の途中でナースセンターからの声が割って入った。 『何か取ろうとした?』 「いえ、何でもありません。ちょっと動こうとしたら身体が痛んだだけです」 『それなら良いけど、まだ一人で動こうとしないでね。手術は全部終わっても、身体はまだ動くことに慣れてないんだから』 「はい、気を付けます」 私はできるだけ素直に答えて天井のスピーカーから呼び掛けてきた看護師にお引き取り願った。悪いと思ったけど、パックの話を聞かせるわけにはいかなかった。 そして、ナースセンターにつながるマイクのスイッチが切れたことを確認してから、私は斉藤さんに向き直った。 「斉藤さん、ケイタイに移ってくれる?」 『大丈夫でございますか?』 「大丈夫よ。今度はゆっくり動くし、右手で持つだけなら疲れないから」 ためらう斉藤さんをせかして、私は慎重に右手でケイタイを拾った。ベッドの上に放り出してあったケイタイを取っただけだから、リハビリにはなっても看護師の注意には反してないはずだった。 「……じゃあ、斉藤さんも小声でお願いね」 『はい、お嬢様』 「斉藤さんもやっぱり指輪の感触はパックのせいだと思う?」 『はい、パック様の他にそのようなことをされる方がいるとは思えませんし、できる方がいるとも思えません』 「そうよね……。 でも、なんでこんなことしたんだと思う? 『生きてる』って伝えるだけならメールでも呼び掛けでも楽な方法がたくさんあるじゃない」 私が体育座りで尋ねると、斉藤さんは少し考えてから答えた。 『……もしかすると、指輪に意味が込められているのではありませんか?』 「『意味』?」 『はい、パック様がお部屋でお嬢様に指輪をプレゼントされたように、この指輪の感触にも意味が込められているのではと思います』 「……でも、右手の人差し指だし、私はもう電子空間に行けないんだよ?」 『ですが、パック様は電子空間から義手に働きかけられました』 「そうか……、電子空間から義手に働きかけられたなら、義手からも電子空間に働きかけられるかもしれないってことね?」 半信半疑だった私は斉藤さんの言葉に目の前が明るくなった。私を縛り付けていると思えてならなかった義手が初めて大切なものに思えた。 「じゃ、じゃあ……、義足や人工眼、人工内耳からも電子空間につなげると思う?」 『その可能性はあると思います』 「やった!」 私は小さく喜びの声を上げた。またパックやチョコに会って触れることもできると思うと、私はサイボーグになって良かったと生まれて初めて思った。 「じゃあ、そのための方法を早く見付けなくちゃ」 『では、井上様に相談されてはいかがですか?』 「そうね。ソフトはなんとかなってもハード――義手などは専用端末にしかつなげない――は貸してもらわないとね。 あ、でもどうやってインターネットに接続しよう? なんとか専用端末を貸してもらってもインターネットになんて接続させてくれっこないよ」 素早く計画を立て始めたところで、私はコンピューター危機の後、統合型感覚再現技術などを使ったインターネットへの接続が厳しく禁止されていることを思い出した。今まで気が付かなかったけど、パックが義手に働きかけたのもコンピューター危機の前、義手が製作中のころに違いなかった。 「どうしよう……? 斉藤さんは専用端末をいじってインターネットに接続できる?」 『無理でございます。違法でございますし、私が侵入できるということはインターネットに接続できているということでございますから』 「そうよね……」 私はうつむいて考え込んだところで一つのイメージが思い浮かんだ。義手や義足、人工眼や人工内耳は専用端末にしか接続できないといっても、ハード的には専用工具や端子を使わなければならない――人工眼と人工内耳は体外装着型の制御・電源装置に接続する――だけのようだった。専用端末自体は普通のパソコンみたいだったし、勉強すればなんとか自作できそうな気がした。 「……ねえ、斉藤さんは私が研究所で働けると思う?」 『思いますが、何か思い付かれたのですか?』 「私、研究所で専用端末とソフトを勉強して自作する。何年掛かるか分からないけど、自作した専用端末とソフトでパックとチョコを捜してみる」 私は斉藤さんにはっきり宣言した。今までコンピューターにほとんど興味がなかったのに、パックとチョコに会うためなら私だってそれくらいしてみせると思った。 「斉藤さんも私がくじけそうになったら注意してね」 『かしこまりました。私にできる限りさせていただきます』 「リハビリももっとしっかりやらなきゃダメだし、学校の勉強も遅れを取り戻さないとね。高校ではあんまり勉強してなかったから、その分もしっかりやらないと」 『では、学業成就のお守りをお取り寄せになりますか?』 「フフ……、そうね。 でも、その前に美穂姉や飛島さんに相談して色々聞いてみないと」 『かしこまりました。 後、お祖母様からの手紙への返事はどうなさいますか? 手でお書きになれば良いリハビリになると思いますが?』 斉藤さんがすかさず真顔で言って、私は思わず苦笑してしまった。 「……分かったってば。さっきは八つ当たりしてごめんね」 『お気になさらないでください。では、ナースセンターに連絡して、お返事を書く準備をしていただいてよろしいですか?』 「うん」 私がうなずくと、斉藤さんは少しだけうれしそうにケイタイ画面からいなくなった。斉藤さんをそれだけ困らせていたのだと思ったら、私は少しだけ反省した。 「……ずいぶんみんなに心配させちゃったな」 でも、目標を決めたせいか、今はビックリするくらいすっきりした気分だった。 「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんには葉書で謝ることにして、美穂姉にもメールしとこう」 私はもう一度ケイタイ画面に向き直って、井上さんへのメールを打ち始めた。 |
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