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16


 雑談が終わって私が部屋に戻ろうとすると、突然、ゾッとするような非常ベルが研究室に鳴り響いた。
『システム管理部から全館へ! システム管理部から全館へ!
 保安レベルレッド! 保安レベルレッド!
 大学の大半のシステムが正体不明の大規模なサイバー攻撃を受けてダウンしたため、全システムの保安レベルをレッドに引き上げます! なお、これは訓練ではありません!
 繰り返します……』
「……え?」
 私が凍り付いたようになっている間にも研究室内のパソコンが次々と強制終了されていく。井上さんを始めとする研究員たちもあまりのことに状況を理解できないみたいだった。
 でも、すぐに研究員の一人が指示して他の人たちも一斉に動き始めた。
『パソコンに触るな! 他の部屋への移動も禁止! 体調不良などがある者はすぐに報告しろ!』
『システム管理部と総務部に連絡して最優先で人を回してもらいます!』
『そっちの電話じゃなくてこっちの電話を使って!』
 研究室は戦場のような慌ただしさに変わって、みんな怖いくらいに真剣な表情で点検や確認をしている。保安レベルがいきなりレッドになるなんてこれ以上ない異常事態だったから、私は部屋に戻るのも忘れて周りの様子を見ていた。
『望ちゃん!?』
「……あ、美穂姉?」
『望ちゃんは何ともない?』
「うん……」
『大丈夫。きっと何かの間違いよ。待ってるから、望ちゃんもやることをやってちょうだい。北本研究室から連絡が来てるはずよ』
「……うん」
 私も慌てて部屋に戻った。
『お嬢様、北本研究室から緊急連絡が入っております。直ちに内容をご確認ください』
「う、うん」
 斉藤さんに迎えられた私は考えるヒマもなかった。本当は不安と恐怖、それに半年前の交通事故の記憶がごっちゃになって叫び出したいくらいだったのだけど、斉藤さんが的確に支えてくれた。
『カメラ、パソコン、ケイタイ、ミニコンポの使用を直ちに中止し、静かに座ってアバターや部屋に違和感がないかどうか確かめてほしいそうです』
「ありがとう」
 パソコン画面に表示されたメールのウインドウを斉藤さんに消してもらって、私は部屋を眺め渡した。
「……異常ないみたいね。見た限りでは何も変わってない」
『アバターはどうでございますか?』
「異常なし。違和感も何も、今までと変わったところはないみたい」
『では、そのように報告してよろしいですか?』
「うん、お願い」
 私は斉藤さんに頼んで、ベッドに移る前にチョコの姿を探した。セーフモード――仮想環境部を切り離して音声の再現だけに制限するモード――になるかもしれないのに一人でじっと座っていたくなかった。
「チョコ? どうしたの?」
 いつもなら私の先回りをして寄ってくるチョコが丸くなったまま動こうとしなかった。
「チョコ?」
 机の上で丸くなっているチョコに触ってみて初めて、私はチョコが硬直していることに気付いた。
「ちょっと、悪ふざけは止めてよ」
 何度揺すぶっても無反応で、私は振り向くなり叫んだ。
「パック!! 止めてって言ってるでしょ!!」
『お嬢様、どうかなさいましたか?』
「チョコが動かないの! パックがまた『騒がれたりしたら嫌だから』ってやったに決まってるわ!」
 私はパックのことをほとんど斉藤さんに説明してないことを忘れてまくし立てた。
「今すぐ元に戻して! それに、来るときはメールするって約束したでしょ!」
『お嬢様、どなたとお話になっているのですか? そちらには誰もいません』
「斉藤さんには見えないのよ! パックのやりそうな手ね。いるのは分かってるんだから出てきて!」
 私はパックのいそうな場所をにらみながら叫んだ。
 でも、いくらにらみつけてもパックの声も聞こえなければ白いサマージャケットも見えなかった。
『……お嬢様、外部との接続が切れておりますので研究所外の方とお話しするのは無理かと思います』
「パックならそれくらい平気なの!」
『ですが、仮想環境部も含めたシステム全体が研究所のネットワークからも物理的に切り離されているようです。また、研究所内外や内部の移動も禁止されております』
「だったら、チョコはなんで動けないのよ!!」
 冷静に答えられて私はパソコン画面の斉藤さんに八つ当たりした。ただでさえ不安で仕方ないのに、さらに不安の種に増えてもらいたくなかった。
「チョコは大切な家族なのよ!」
『お嬢様、落ち着いてください。私も詳しい理由は分かりませんが、チョコが動かないのも外部との接続が切れたためかと思います』
「え!?」
 私は斉藤さんの言葉にチョコの本体が研究所の外にあることを思い出した。
「だったらすぐに助けなきゃ!」
 チョコがどこかでセキュリティーに追われているかもしれないと思った私はすぐに外へ出ようとした。
「斉藤さんも出られる方法を考えて!」
 パックやチョコにも無理なことを私が簡単にできるはずもなかったから、私は何度もコマンドを唱えながら斉藤さんに頼んだ。たとえ不可能なことだとしてももう二度と家族を失いたくなかった。
「お願い! 二度と帰って来れなくても良いから!」
『お嬢様、落ち着いてください。保安レベルレッドが解除されるまで無理でございます』
「だったら解除してよ!」
『無理でございます。私には権限がございません』
「だったら権限のある人を連れてきてよ!!」
 私は否定的なことばかり言う斉藤さんに怒鳴り返した。とにかく外に出ることしか考えてなくて、外に出るためなら何だってするつもりだった。井上さんが待っていることや北本研究室から言われたことはすっぽり頭から抜け落ちていた。
「そうだ! パックのことだからこういう状況も想定して何か残してるはずよ!」
 まだコマンドを唱えていた私は急いで部屋の中をかき回し始めた。
『お嬢様、北本研究室からの要請に反します』
「それがどうしたって言うのよ! 斉藤さんもパックが残したものを探しなさい!」
 私は斉藤さんに命令してかき回し続けた。机、本棚、クローゼットと、何か隠せそうなところは手当たり次第に探した。
「ほら、早く探しなさい!」
『かしこまりました。ですが、具体的にどのようなものを探せば良いのですか?』
「そんなのパックが残したものに決まってるでしょ! 私が知らないものを探して!」
『……かしこまりました』
 斉藤さんは私の剣幕にそれ以上言い返さなかった。私はその間も部屋の中を散らかせるだけ散らかして必死に探した。部屋の中だけじゃないかもしれないと思って仮想環境部の中も探した。
 でも、パックが残したものはなかなか見付からなくて、一旦部屋に戻った私に斉藤さんがもう一度声を掛けた。
『お嬢様、後は私が探しますので、お嬢様は井上様にお会いになった方が良いのではありませんか?』
「いい! 美穂姉には斉藤さんから適当に謝っといて!」
 私は斉藤さんをにらみつけて即答で拒否した。井上さんのことを言われて気がとがめないわけじゃないけど、それ以上に見ているだけには我慢できなかった。
「……あのときとは違うもの」
 交通事故のとき、私は潰れた車体と座席に挟まれて何もできなかった。私自身が瀕死の重傷だったのだからとは理解しても、私が一番軽傷――お父さんもお母さんも弟も助からなかったのだから――だったのだ。私より重傷だったのにずっと私を助けようとしてくれたお母さんやお父さんのことを思うと、今でも私は何も“しなかった”のだと思えてならなかった。
「だから、チョコは絶対に私が助けるんだから」
 私はすっかり散らかってしまった部屋の中をもう一度ひっくり返し始めた。
「そうだ! 斉藤さんはどこまで調べたの!?」
『お嬢様がご存じないと思われるファイルで比較的大きなファイル五千件のうち、二五二一件を調査済みです』
「もっと急いで! もしかしたらチョコのいるところでもここと同じようなことになってるかもしれないんだからね!」
『かしこまりました』
 たとえ犯罪になったとしても家族はきっと分かってくれると思った。井上さんだって、賛成してくれないまでもきっと理解してくれるに違いなかった。

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