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13


 私はパックの言葉を理解するのに少し時間が掛かった。
「ダ、ダメですよ! そんなの手伝えません!」
「どうして?」
「『どうして?』って、新型ウイルスのせいで深刻な社会問題になってるんですよ!?」
 私は真顔で尋ね返したパックに食って掛かった。
「知らないはずがないんだから今すぐ止めさせてください!!」
「そんなこと言われても無理だよ」
「なんでですか!? パックさんは生みの親なんでしょ!」
 パックは両手を上げて私を落ち着かせようとしたけど、私はさっきまでの納得できない気持ちもあって強硬に迫った。
「大体、なんで新型ウイルスに悪さなんかさせてるんですか!? 新しい生命を作るだけならさせる必要なんてないじゃないですか!」
「そんなことはないさ。悪さをしない新型ウイルスなんて生命じゃないよ」
「え!?」
 私はパックの思ってもなかった反論に面食らった。パックが真顔じゃなかったら言い訳だと一蹴してしまうところだった。
「……どういうこと?」
「どういうことも何も、新型ウイルスは誰の持ち物でもないからね。生きるために自分でリソース――コンピューターの記憶領域や処理能力など――を確保しようとすると、誰かのコンピューターの一部を乗っ取るっていう『悪さ』になってしまうんだよ」
「だったら、その持ち主の許可を求めるようにさせれば良いじゃない」
「生きるために必要なものを手に入れるのにいちいち許可を取らなくちゃならない存在が“生命”かい? 新型ウイルスにとってリソースは生きるための空間や時間そのものなんだよ?」
 パックに真顔で言い返されて、私は言葉に詰まった。確かに電子空間ではリソースがなければ存在すらできなかったし、パックの言うとおりだとも思った。
「……でも、だからって他の人のコンピューターを荒らさせることないじゃない。パックが専用のリソースを確保するとか、研究所に協力してもらうとかできたはずでしょ」
「そうかもしれない。でも、僕を高く買ってくれたのはうれしいけど、僕一人の力なんてたかがしれてるさ。それに、研究所に話したりしたら新型ウイルスを兵器にされるのがオチだよ」
「そんなの分からないじゃない」
「いや、分かるさ。侵入型統合直接インターフェイスシステム――パックの研究所での統合型感覚再現技術の呼び名――は元々サイバー戦で効率的に戦うために開発されていたシステムだからね。
 だから、新型ウイルスを知られたりしたら、リソースをどこに確保しようと絶対圧力を掛けられて没収される。なにしろ、JDAI――侵入型統合直接インターフェイスシステムの略称――を使った兵士と同じ能力を持った“兵士”になるかもしれないんだから」
「そんな!」
「望のところだって、世論の反対を気にしてるだけじゃなくて、そういう軍事利用も気にしてるから極秘にしてるんじゃないかな? サイボーグにやたらとこだわるのもJDAIみたいな利用を気にしてるからだと思うよ」
 パックはまるで世間話をしているみたいに淡々と言った。私を脅かすとか、怒らせるとかの感じは全然なくて、落ち着いて私を見詰める様子がかえって真実だと実感させた。
「……そんな……」
「望にはショックだろうけど、既に新型ウイルスは大勢の人間に狙われてるんだ。目立つことをしないで気付かれないようなタイプに進化するのにもまだ時間が掛かるだろうし、それまでは僕たちが守ってやらないといけないんだ」
 私はパックの話をほとんど上の空で聞いた。新型ウイルスが兵器にされてしまうというのもショックだったけど、それ以上に“私も兵士にされてしまうかもしれない”ということがショックだった。
「……間違いないんですか?」
「確かだよ。僕はもう何度も新型ウイルスを助けてるし、研究所ではJDAIの実用化を前提に兵士の選考も行われてたからね。
 なんだったら研究所まで案内しようか?」
「いえ、いいです……」
 顔をのぞき込もうとするパックから目をそらせて私は右手のチョコを見詰めた。斉藤さんや井上さんに相談したかったし、飛島さんにパックの話は全部ウソだと否定してもらいたかった。
 でも、ここにはパックしかいなかったし、チョコもケイタイも何も言わなかった。
「……『守る』って、具体的にどんなことするんですか?」
「そんなに難しいことじゃないよ。危なっかしい新型ウイルスを安全な場所まで誘導したり、新型ウイルスが捕まらないようにセキュリティを妨害するだけだからね」
「でも、どっちも犯罪ですよね……?」
「だったら、犯罪にならない範囲で新型ウイルスをかくまってくれるだけでも良い。といっても、『新型ウイルスの存在そのものが犯罪』とか言われたら困るけどね?」
「そんなこと言いません。そんなこと言ったら私がここにいるのも犯罪ですから……」
「そうだね。
 でも、一つだけ犯罪にならないで新型ウイルスを守る方法があるよ?」
「え?」
「新型ウイルスも含めて僕たちが電子空間を独立させてしまえば良いんだ」
「!?」
 私はパックの言葉に驚いてパックを見詰めた。すぐに冗談で言っているのだと思おうとしたけど、パックの表情は真剣だった。
「そ……、そんなことできるわけないじゃない」
「どうして? 新型ウイルスにはもちろん、僕たちにだって権利はあるんだよ?」
「でも、私は人間だもの……。あと半年くらいで現実に戻るのに、そんなことできるわけないじゃない」
「望、最初に会ったときに僕が言ったろ? 『僕たちはもう人間じゃない“新しい種族”なんだよ』って」
 パックの優しく言い聞かせるような言葉が私の中で荒れ狂った。今まで必死になって信じようとしてきたすべてがパックの一言で崩壊していくようだった。
「……そんなのパックが勝手に言っただけじゃない!! そんなの一言だって認めてないし、これからだって絶対認めないからね!!」
 私はパックを怒鳴りつけた。そして、すぐにコマンドを唱えて部屋へ戻ろうとした。もう一秒だってパックと一緒にいたくなかった。
 でも、何度コマンドを唱えても視野は変わらなかった。
「パック! 邪魔するのは止めて!」
「望……、望の気持ちは分からないでもないけど、家族や知ってる人たちに二度と会えなくなるわけじゃないんだよ? ケイタイやパソコンを使えばいくらだって会えるさ」
「そういう問題じゃない!」
「じゃあ、身体に未練があるのかい?」
「当たり前でしょ! 私の身体なのよ!? 私はあの身体があって初めて私なの!」
 私は言い捨ててパックから離れた。パックがどう思ってるか知らないけど、私は身体を捨てるつもりも「新しい種族」になるつもりもまったくなかった。
「来ないで!
 パックだけ『新しい種族』にでも何でもなれば良いでしょ!」
「望! 望は事故前と同じ身体になりたくないのか!?」
「!?」
 私が油断したすきにパックが私の左手首をつかんだ。
「卑怯者!!」
「そうさ。僕は望に一緒に来てもらいたいんだ。でも、『事故前と同じ身体』と言ったのはウソじゃない。今すぐには無理だけど、望が望むならそれ以上の身体だって作ろう」
「そんなことできるわけないじゃない!」
「できるさ。ここではアバターが身体で身体がアバターなんだよ。研究所のリソースだけにこだわらなければ人間以上の感覚を持たせることだって不可能じゃないんだ」
 パックは強い視線で私を見据えて抵抗する私を引き寄せた。
 心底嫌いになったはずなのに、パックに言われた「事故前と同じ身体」という言葉が私の中に染み込んでくる。
 私はパックに抱き止められてしまってからようやく絞り出すように言い返した。
「……でも、そんなの本当の身体じゃないじゃない」
「それは望の考え方次第さ。望は電子空間に来たときに生まれ変わったんだ。だから、身体も生まれ変わった。同じ生まれ変わるならサイボーグの身体より今の身体の方が良いんじゃないか? 今はまだ不十分でも、こっちの身体なら事故前と同じ身体にだってできるんだから」
 パックは後ろから私にささやいた。
 私は精一杯意識から閉め出そうとしたけど、パックの言葉の意味を全身で感じた。触れている部分からはパックの体温が伝わってくるし、パックのかすかな身動きを感じた。パックは生きている人間で、私にはこの感覚が現実なのかバーチャルなのか、それとも私の空想なのか区別できなかった。
「……一緒に来てくれるね?」
「止めて……。私は手伝わないわ」
「そうか……。でも、まったく手伝ってくれないわけじゃないんだろう?」
 パックは私を解放して向き直らせた。
 私は自由になっても逃げるどころかまともにパックを見返すことさえできない。
「望はまだ心の準備ができてないんだろうけど、僕は本当に望に手伝ってもらいたいんだ。望もそれだけは分かってくれるよね?」
「うん……」
「だったら、電子空間を独立させるのは僕だけでやるから、その間望が良いと思う方法で新型ウイルスを守ってくれないか?」
「え?」
「とにかく新型ウイルスが僕と望以外の人間に捕まらないようにしてもらいたいんだ。捕まって解析されるとやっかいだからね。もちろん僕もできるだけ助けるから、望が助けられそうにないと思ったらいつでも僕に連絡してほしい」
「……本気、なんですね?」
「そうだよ。僕はずっと電子空間に住むことが夢だったんだ」
 パックは静かな口調で言った。私が思い切って顔を上げると、パックは優しくほほえんでいた。
「でも……、本当にできるんですか? 電子空間を独立させるなんて、世界中の人たちと戦うことになるかもしれないんですよ?」
「大丈夫さ。今の僕たちは世界最強なんだよ? 望だって今まで一度もセキュリティーに見付からなかったじゃないか」
「あれはパックさんがくれた指輪のお陰――」
「そう。
 だけど、望だってセキュリティーが今どこで何をしようとしているかはっきり“感じて”るはずだよ? 現実にいる人間たちは目で見て間接的に判断するしかないけど、僕たちは五感のすべてで直接感じることができるんだ」
 パックは心配する私の目をのぞき込んでそれ以上の言葉を遮った。
「だから、独立させられるかどうかなんて心配は無用だよ。向こうはおとなしく認めるか、抵抗してから認めるかの二つに一つしかないんだから」
「で、でも……、電子空間との接続を切られたらどうするんですか?」
「その前に逃げてしまえば良い」
「そんな、むちゃですよ。身体は現実にあるんですよ? 軍隊や情報機関から逃げられるはずないじゃないですか」
「違うよ。僕が言ってるのは身体を逃がすことじゃないって」
「え?」
「望はさっき話したばかりのことを忘れてしまったのかい?」
 私はパックに尋ね返されて戸惑った。
 でも、記憶を探ると思い至るのはたった一つのことだった。
「……まさか、脳を置き換えるんですか?」
「そう。そのまさかさ。ホントは望を誘う前に終えたかったけど、今の僕は三分の一くらいがコンピューターになってるんだよ?」
「そんな……、記憶の問題はどうするんですか?」
 私はショックが大きすぎてパックの言っていることが信じられなかった。飛島さんの話を信じてたから今までなんとかパックの話を受け入れられたのに、私は急にアイデンティティーを否定されてしまった気がした。記憶も含めた私が無数にコピーされる様子が思い浮かんで、震えが止まらないほど怖かった。
「大丈夫かい?」
「……記憶、記憶は全部置き換えられないんじゃないんですか?」
「そうだね。でも、一生思い出さないままの記憶もあるし、忘れてしまう記憶もあるからね。置き換えられない記憶がある程度あっても、事故や病気で記憶障害になる人に比べてそう問題は起こらないと思うよ?」
 パックはまた目をそらせた私に答えてから話を替えた。
「他に聞いておきたいことはあるかな?」
「……いえ」
「そうかい? 僕への連絡方法とかは?」
「……知りません」
「だろう? 聞けるときにはちゃんと聞いておかないと。
 後でチョコとコミュニケーションソフトを自由にする方法も教えておくからね」
「……ありがとうございます」
「それと、できることならここに来ることで得られる素晴らしいものについても考えてほしいな。さっきも言った事故前と同じ身体だけじゃなくて、不老不死や世界中のあらゆる情報、それに、僕が手に入るんだよ?」
「え?」
 驚いた私が顔を上げるのを待っていたみたいにパックの顔がすぐ近くにあった。
「ちょ――」
「それとも、僕はいらないかな?」
「そ、それは……」
 私が混乱して答えられないでいると、パックはうれしそうに笑って私にキスした。

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