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 私が必死で反論を考えていると、パックが突然話を替えた。
「あれ、望は指輪を左手の小指に付けてるのかい?」
「え!?」
「ちょっと見せて」
「あ!」
 パックは私が止める間もなく私の左手――ケイタイを持ったまま――を取った。
「ちょっと、止めてください!」
「うーん、望にはちょっと派手だったかな?」
 私が慌てて引っ込めようとするのを無視してパックは指輪と私を見比べた。何かしているのか、いくら力を込めてもパックの手を振りほどけなかった。
「は、放して!」
「すぐにすむから。
 望はこのデザインを気に入ってる?」
「はずないでしょ! 全然似合わないもの!」
「じゃあ変えよう。もっとシンプルなものが良いな」
「あ!?」
 パックが言うとすぐに指輪のデザインが変わった。ほとんど瞬間的な変化で目が信じられないくらいだった。
「このデザインならどうかな?」
「……悪くない、です」
 私は自由になった左手を胸の前でかばいながら指輪を確かめた。
 新しい指輪のデザインはシンプルだけど落ち着いた大人の雰囲気で、どこかの高級ブランドにありそうな感じだった。
「金属光沢の表現が面倒でちょっと中途半端な感じになっちゃったけど、なるべく早く改善するよ」
「……ありがとうございます」
「だけど、望はアクセサリーを持ってないのかい?」
「持ってません。金属光沢や動きの処理が大変だし、ピアスは元々付けてませんでしたから」
「じゃあ、今度プレゼントしよう。研究所の外ならコンピューターの処理能力なんて気にすることないからね」
「そんな、これ以上してもらう理由なんてありません」
「そんなことないさ。望が研究所の外に出てくれたお祝いがあるし、望が新型ウイルスを生命だって認めてくれたお祝いだってしなくちゃ」
 パックは勝手に言って再び私を眺め回した。
 でも、私はそれ以上にチョコがアバターではないと改めて断言されてショックだった。
「……ホントに、チョコはアバターじゃないんですか?」
「信じられないんだったらチョコの姿も変えてみせようか?」
「そこまではいいです。
 でも、AIがどうやったらこんなに生命みたいになるんですか?」
 私は首を横に振って尋ねた。もうパックに反論する気になれなかったけど、今まで固く信じてきたことを否定されて不安で仕方なかった。
「AIと脳は複雑さが全然違うって聞いてましたけど……」
「そうかな? 僕は全然そう思わないけど?」
「え?」
「AIと脳の複雑さの違いなんて全然生命の本質なんかじゃないよ。そんなことを言うのは新しい生命を認めたくない奴らの言い訳さ」
「でも、飛島さんは――」
「ほら、望は研究員にごまかされてるんだ。研究員に何て言われたかじゃなくて、望自身はどう思ってるんだい?」
 パックは私の言葉を遮って私の目をのぞき込んだ。私は逃げられなくて、正面からパックの目を見詰め返すしかなかった。
「……わ、分かりません」
「どうして? 望自身がどう思ってるかじゃないか」
 私はなんとかパックから目をそらして言い返した。再びそばまで来ていたパックは信じられないような顔をしていたけど、あと少しで言い負かされてしまうところだった。
「それでも分からないから悩んでるんです」
「じゃあ、望は生命とは何だと思うんだい?」
「生命にはAIと違って実体があります」
「そうかもしれないけど、それがそんなに大切かな?」
「大切です」
「じゃあ、二次元空間にいる生命は生命じゃないのかな?」
「え?」
「望も知っているとおり、僕たちが知っている物体はすべて三次元の大きさを持っている。二次元の大きさしか持っていない物体なんて存在しない。だから、二次元空間にいる生命は僕たちが知っているような実体を持ってないわけで、生命じゃないということになるのかな?」
「そ、そんなの屁理屈です! 二次元空間には二次元空間の物体があるわけで、二次元空間の生命が実体を持ってないわけじゃありません!」
「じゃあ、電子空間の生命が“電子空間としての実体”を持ってたらダメなのかい?」
「!?」
 パックの言葉を私はすぐに理解できなかった。
「……ど、どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。現実の物体がクオークからなる陽子や中性子からできてるみたいに、電子空間では“0”と“1”を素粒子とした物質、物体からできているって考えたらダメなのかい?」
「で、でも……、生命は人間が作ったものじゃありません」
「じゃあ、人工DNAから作った人工細胞は生命じゃないのかな? あれは全部合成材料から作ったっていう話だけど、遺伝子組み換え生命だって人工DNAと大して変わらないくらいいじったものもあるみたいだよ?」
「う……」
 私はパックの反論に言葉が詰まった。反論したくてもパックの畳み掛ける問い掛けに圧倒されてしまいそうだった。
「……だ、だけど、電子空間はコンピューターの中にしかないわけだから不安定です」
「じゃあ、現実はそんなに絶対的で安定してるのかな?」
「電子空間よりよっぽど安定しています」
「誰かが現実を操作する技術を開発したとしても?」
「…………」
 パックにまた尋ねられて、私は唇をかんだ。
「……パックさんは現実を疑うんですか?」
「いや、現実の存在は疑ってないよ。ただ、ブラックホールの制御やワープ、タイムマシンなんかが大まじめで研究されてるのに、現実がそんなに信用できるものなのかなって思ってるだけだよ」
「じゃあ、パックさんは現実と電子空間を同等だと思ってるの?」
「そうさ」
 パックは当たり前のように答えた。
「実際にこうして存在しているんだから、そう思うのが当然だろう?」
 パックは少し気取った調子で言って、改めて私の目をのぞき込んだ。ただ尋ねられているだけだと分かっていても、私はパックのことを初めて“怖い”と思った。
「それとも、ここは望にとって長い長い夢の中で、僕もチョコもその登場人物にすぎないのかな?」
「……ち、違います」
「じゃあ、何者?」
「パックさんは生きた人間です……」
「じゃあ、チョコは? 外見はアバターと変わらないよ?」
「でも、脳がありません」
「だから、脳のない生き物なんていくらでもいるさ。無頭児だって生命維持装置につないでやれば結構生きるんだぜ?」
 パックは私が怖がっているのに気付いたのか、優しく言い聞かせるような口調になった。
「望、僕はシステムが大事なんだって言ったはずだよ? 生命とは“存在し続けようとするシステム”で、脳があるとかないとか、現実にいるか電子空間にいるかとかが大切じゃないんだ。AIとの違いだって、存在し続けようとして現実――ここではその生命が存在する周囲の環境という意味――と抗うかどうかって考えれば良いんだ」
 パックは言いながらそっと私のすぐ近くまで顔を寄せた。
 そして、私の両肩に手を置いてじっと私を見詰める。
「不安になることなんてないだろ?」
「でも……」
「『でも』、何だい? チョコを生命に含めたからって望がAIになるわけじゃないんだよ?」
「……でも、私は人間以外のものになんてなりたくありません」
「だったらならなければいいさ。サイボーグになったって人間に変わりないように、身体――脳を含む――がなくなったって人間だと考えればいい」
「でも……」
 私はとても信じられなくてパックから目をそらせた。パックは前に「僕たちはもう人間じゃない」と言っていたし、私自身、身体がなくなったら人間ではなくなってしまうという確信があった。
「……だったら、なんで社会的には認められてないんですか?」
「さっきも言ったとおり、奴らは人間の概念の拡張も新しい生命も認めたくないのさ」
「なぜ?」
「認めたらここを好き勝手に使えなくなるし、ロボットをこき使えなくなるからだよ。人間や生命だったら保護して尊重しなくちゃならないからね」
 私が少し落ち着いて怖がらなくなったのを確認してパックは私から離れた。
「望もそれくらい分かるだろ?」
「はい……」
 私はパックの言い分を認めた。まだパックの「生命とは存在し続けようとするシステム」という主張を認めたわけではなかったけど、最後の話だけはもっともだと思った。
 すると、私が尋ねるより先にパックが再び話を替えた。
「ところで、望はなんでここにいるんだい?」
「え?」
「ここには何か目的があってきたのかな? あちこち探検してたというより、どこかを一直線に目指してたっていう感じに見えたけど?」
「そ、それは……、チョコの実体を見付けるためにパックさんの研究所を探しているところでした」
 私は気まずさもあって少し戸惑いながら答えた。チョコをアバターだと信じていたのが遠い昔に思えてならなかった。
「……バカ、ですよね……?」
「いやいや、そんなことはないさ。軍や情報機関が関係してる研究所だっていうのに望はずいぶん勇ましいんだね」
「そんな、そこまで考えてませんでした」
「だったら、その研究所を探す代わりにちょっと手伝ってくれないか?」
「……何を手伝うんですか?」
「新型ウイルスを守るんだよ。まだちょっとひ弱な生命だからね」
 怪訝な表情で尋ねた私に、パックは一際さわやかな笑顔で答えた。

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