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斉藤さんに頼んでいた調査は丸一日以上掛かった。元々統合型感覚再現技術は秘密の多い研究だったし、斉藤さんは公開されている情報から絞り込んでいくことしかできなかったからだ。 そのため、斉藤さんが絞り込んだ候補を確認するのは私の役目になっていて、私は斉藤さんの案内で初めて研究所の外に出ていた。 「……ここはどこ?」 『県内幹線の水木アクセスポイントです。さらに特定いたしましょうか?』 「いいよ、してもらってもよく分からないから」 私はケイタイ画面の斉藤さんに答えてもう一度辺りを見回した。 指輪に含まれていた視覚変換用のCGは思っていたより少なかったみたいで、部屋の外の電子空間は慣れてしまうとずいぶん単調だった。広さやドアの数こそ違ってもどこもヨーロッパの城のような石造りの部屋だったし、中にある物体も大して変わらなかった。 「せめて廊下や階段を作ってくれれば良かったのに……」 窓から現実の様子を確認できるようにしてほしかったとまでは言わないけど、パックはよくこんな単調な景色で迷わないなと思った。 すると、私と同じくらい退屈した様子だったチョコがまた立ち上がった。 「ダメよ、チョコ。何を見付けたのか知らないけど、研究所に着くまではおとなしくしてて」 私はチョコの頭に軽く触って注意した。 『お嬢様、どうかしたのですか?』 「うん、チョコがまた何か見付けたみたいなの」 『さようでございますか』 「ここには動くものがたくさんあるからチョコも色々気になるみたい」 『大変でございますね』 「うん。でも、ポケットに入れたりしたらかわいそうだもの」 私は斉藤さんに答えながら肩に乗っているチョコをあやした。チョコも少しの間だけ抵抗したけど、すぐに私と遊び始める。 「……最初の候補までは後どれくらい掛かるの?」 『ケイタイを使用できるか確認しながらでございますから、急いでも後三十分ほど掛かります』 「そんなに!?」 『申し訳ございません。私もこのようなことは初めてでございますので』 斉藤さんに深々と謝られてしまって私はチョコをあやしながら慌てた。斉藤さんの丁寧すぎるくらいの態度には未だに慣れなかったし、慌てた拍子にチョコをあやす手にまで力が入ってしまった。 「あ、そんな謝らないで。斉藤さんが悪いんじゃないんだから」 『ありがとうございます』 「チョコも怒んないで。わざとやったんじゃないんだってば」 私は片手でケイタイを持ったままもう片手で肩のチョコをなだめた。威嚇まではされなかったけど、すっかり機嫌を悪くされてしまった。 『お嬢様、しばらく音声だけにいたしましょうか? ケイタイの通話状態を維持していただければケイタイをしまわれてもお話しできるはずです』 「ありがとう。じゃあ、しばらくそうさせてもらうね」 私は斉藤さんの勧めに従って通話状態を維持したままケイタイをポケットにしまった。 『お嬢様、聞こえますか?』 「うん、はっきり聞こえるよ」 『では、先に進めるようになりましたらまた声をお掛けください』 「うん……」 私はチョコをなだめながら声だけになった斉藤さんに答えた。 電子空間では現実と違ってスピーカーやマイクの位置は関係ないみたいだったけど、何もないところから聞こえる斉藤さんの声を聞くのは変な感じだった。なだめているチョコが突然斉藤さんになった気さえした。 でも、そんなはずはないので、私はすぐにチョコをなだめたらまたケイタイで話そうと決めてチョコの脇腹をくすぐった。 「ほら、機嫌を直してよ」 そっぽを向いていたチョコはくすぐられて身をよじらせる。逃げたくても肩の上は狭いから逃げられない。それに、チョコ自身も肩から降りることまでは考えてないみたいだった。 そして、チョコが機嫌を直すと私はケイタイで斉藤さんに頼んだ。 「斉藤さん、案内を続けて」 『かしこまりました。 次もアクセスポイント内です。アドレスを申し上げますので該当するドアを検索してお進みください』 斉藤さんが教えてくれるアドレスにつながるドアを見付けて私は次の部屋に進んだ。途中にセキュリティの巡回や関門があっても指輪のお陰でほとんどフリーパスだった。せいぜい巡回が通過するときに道を譲るくらいで良かった。 「斉藤さん、聞こえる?」 『はい、聞こえます。カメラも正常に作動しているようです。お嬢様は私の姿が問題なくご覧になれますか?』 「うん、大丈夫。ケイタイは問題なく使えるみたいね」 『はい、お嬢様のおっしゃるとおりのようです』 「じゃあ、次の部屋に案内して」 『かしこまりまし――』 斉藤さんの返事が終わる前に突然通話が切れた。 「ちょっと、どうしたの!?」 ケイタイの画面も暗くなって斉藤さんの姿が見えなくなった。 それどころか、チョコまでひどく緊張した様子で硬直してしまっていた。 「チョコまでどうしたのよ!?」 私が大きな声で呼び掛けながら揺さぶってもチョコは置物になってしまったみたいに反応しなかった。 「斉藤さん、なんとか返事をして! チョコ、ふざけてないで動いて!」 私はケイタイに怒鳴ったり、チョコを乱暴にたたいたりした。今まで一度もトラブルなんてなかったのに、急にトラブルだなんて信じられなかった。 「……は! もしかして、新型ウイルス!?」 ケイタイとチョコに夢中になっていた私は不意に新型ウイルスのことを思い出した。 あれだけ社会問題化している新型ウイルスならチョコ――正確にはチョコのアバター――やケイタイにトラブルを起こせるかもしれなかった。 「ど、どうしよう……?」 本当に新型ウイルスなら今すぐ部屋に戻るべきだと思った。でも、すぐに感染してしまったのなら戻っても同じだと思い直した。というのも、電子空間では見るのも移動するのも同じことで、ここでトラブルが起こったのなら部屋にいて起こったのと同じだったからだ。 「イ、イヤよ!!」 私はその後どうなるかに気付いてパニック寸前になった。チョコとケイタイが置かれている仮想環境部――私に電子空間を見せてくれているシステム――に新型ウイルスが侵入したなんて絶対認められなかった。仮想環境部が切り離されるなんて死んでも嫌だった。 「斉藤さん、チョコ、返事をしてくれなきゃ怒るわよ!!」 私は思い付く限りのことをしてチョコとケイタイに起こったトラブルを解決しようとした。解決しなければまたあの何もない闇に放り出されてしまうと必死だった。 「ほら、なんとか言って!」 たたいたりつねったり、ぶら下げたり振り回したりしてもチョコは相変わらず反応しなかったし、ケイタイも同じだった。井上さんや飛島さんに助けてもらおうとまでは頭が回らなかった。 「お願いだからなんとか言って!」 「無理だよ」 「今返事したじゃない!」 「返事したのはケイタイじゃなくて僕だよ」 「ふざけないで!」 「ふざけてなんかないさ。こっちを見てごらん」 「え?」 「やあ、ずいぶん元気そうだね」 「パックさん!!」 私はパックがすぐそばに立っているのを見て驚いた。パックは当たり前のような顔をしていたけど、私はこんなところでパックに会うなんてまったく想像してもなかった。 そして、まだ両手でケイタイとチョコをつかんでいた私は急に恥ずかしくなって両手を背中に隠した。 「と、突然来ないでください!」 「まあまあ、落ち着いて。今度からはメールを出すことにするよ」 「今度は何の用ですか!? またのぞき見してたって言うなら怒りますよ!?」 「だから落ち着いて。 別に新型ウイルスに感染したわけじゃないから大丈夫だって」 チョコは今日もあの白いサマージャケット姿で私をなだめるように言った。今日もシャツが違って、派手だけど良く似合っていた。 「望がそんなに驚くとは思わなかったんだ」 「パックさんのせいなんですか!?」 「そうさ。望に会うのに騒がれたりしたら嫌だからね」 「だったらすぐに止めてください! チョコがかわいそうだと思わないんですか!?」 「『チョコ』ってどっちの名前?」 「決まってるじゃないですか! ハムスターの名前ですよ!」 「へえ、ずいぶん気に入ったみたいだね」 「ごまかさないで!」 私はパックのあまりに平然とした態度に食って掛かった。チョコをこんなにひどい目に遭わせて平気だなんて絶対許せなかった。 「今すぐチョコを自由にして!」 「いいけど……。もしかして、そのチョコをアバターとでも思ってるの?」 「当たり前じゃない! 脳はコンピューターに置き換えられないってちゃんと分かってるんだからね!」 「心外だな。チョコはアバターなんかじゃないさ」 「ウソ!」 「ウソじゃないさ。僕はチョコをプレゼントしたとき、“新しい生命”で“新型ウイルス”だって言ったはずだよ」 「だったらあんなに生きているように感じられるはずないじゃない!」 「だから、それくらいよくできてるから新しい生命で新型ウイルスなんだよ。作った本人が言ってるんだから間違いないって」 怒る私にパックは落ち着いた態度を崩さないで説明する。私は両手にケイタイとチョコを持ったままで迫力が足りなかったかもしれないけど、本当に憎らしくなるくらい落ち着いていた。 「だったら、チョコがアバターじゃないって証明してよ!」 「じゃあ、代わりに聞くけど、望はハムスターを被検体に使うと思ってるの?」 「使ってるからチョコがここにいるんでしょ!」 「モルモットでもサルでもなくて?」 「え?」 「手術法の開発や安全性の確認に使うならモルモットの方が楽だし、サルの方が色々な実験に使えると思わないかい?」 「そ、そうかもしれないけど……」 「チョコはハムスターなんかじゃないよ。僕が保証する。チョコは動けなくたって大して気にしてないさ。元々望に見えるような姿なんて持ってやしないんだから」 パックははっきり断言して私を見詰めた。そして、私は反論する言葉を見付けようとパックを強くにらみ返した。 |
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