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 私がミーティングが終わるまで座って待っていようとすると、パックがくつろいだ様子でイスに座っているのに気付いた。
「あ、お邪魔してるよ」
「!!」
 びっくりした私は返事をするどころじゃなかった。
 ドアはきちんと閉まっているし、どうやってセキュリティをすり抜けて来たのか不思議でならなかった。
「……い、いつから来てたの?」
「望が『お好み焼き』の話をしてたときからかな?」
「……見てたの?」
「まあ、そうとも言えるね。
 それより、今日の服装は昨日よりずっと良いね。その方が望に似合ってるよ」
「あ、ありがとう……。でも、次からは無断で入ってこないで」
 私はパックの視線を気にしながら言い返した。
 確かに今日は今までより気を遣って選んだけど、パックにほめられるとなんだか恥ずかしかった。
「そ、それより、見てたんだったら早く帰って。今日は研究室にも人がいるんだからすぐに見付かっちゃうわ」
「大丈夫だよ。研究員たちがこの部屋をのぞいたって見付けられないって」
 パックは自信たっぷりに言って私にも座るよう促した。まったく、どちらが部屋の主人か分からない感じだ。
 私は立ったままでいようかと思ったものの、結局ベッドの端の方に腰を下ろしてもう一度パックに言い返した。
「……もし見付かったとしても知らないからね」
「ありがとう。僕も望が約束を守ってくれててうれしいよ」
「別にパックのためじゃないわ」
「だけど、望は僕のプレゼントしたソフトを試してくれなかったんだね?」
「!」
 私はパックがメモリーカードを手にしているのに気付いて慌てた。
「勝手に開けないでよ!」
「でも、あれだけ説明したんだから一回くらい試してほしかったな」
「わ、私の勝手でしょ……」
「そうかな?」
「…………」
 パックにさらに見詰められて、私はパックから目をそらせた。
 今日のパックは昨日と同じ白いサマージャケットだったけど、中に着ているシャツが違った。ジャケットを脱いだらどんな感じなんだろうと思ったらますます目を合わせられなくなった。
「昨日も聞いたけど、望はどうしてそんなに身体にこだわるんだい?」
「こだわってなんかいません!」
「じゃあ、現実に好きな子でもいるの?」
「違います!」
「昨日も言ったように、試作品みたいなサイボーグになって暮らすのは大変だよ?」
「…………」
「もし差別を受けないとしても一年のかなりの部分は研究所で検査や整備、更新のためのテストなんかを受けなければならないんだよ?」
「……分かってます。でも、一生ここにいるよりはずっとマシです」
「どうして?」
「アバターじゃ不自然すぎるし、もう隔離されてるのは嫌なんです……」
「なるほど……」
 パックは私を面接しているみたいに言った。
 顔は見られなくても、足を組んでいるパックはホントに医師かカウンセラーみたいだった。
「じゃあ、仲間ができれば考え直してもらえるかな?」
「え!?」
「今日は元々これをプレゼントしようと思って来たんだ」
 パックはあっさり言ってサマージャケットの内ポケットから別のメモリーカードを出した。
「展開させて良いかな?」
「……な、何ですか? 『仲間ができれば』ってどういうことですか?」
「それは展開させてからのお楽しみだよ」
 パックはほほえむだけで説明しようとしなかった。
 でも、私にウインクしたりしたところを見るとメモリカードは危険なものではなさそうだった。
「……どうぞ」
「ありがとう。きっと気に入ってもらえると思うよ」
 パックは私が断るとは思ってなかった様子ですぐにメモリーカードを振って実行させた。
 すると、煙のようになったメモリーカードがまとまって本来のソフトの形を現し始める。
 どうやら、ずいぶん小さな形をしたソフトのようだ。
「さあ、何だと思う?」
「……!」
「どうかな?」
「……もしかして、ハムスターですか?」
 私は興奮して身を乗り出した。
 驚いたことにパックの掌にはチョコチョコ動き回るハムスターが乗っていた。正確にはアニメのと断った方が良さそうなデザインだったけど、確かにハムスターだった。
「……触ってみて良いですか?」
「どうぞ」
 私はパックが差し出した手に近付いておっかなびっくりハムスターに手を伸ばした。
「うわっ、ホントに生きてるみたい……」
 ハムスターの毛並みの感触がはっきり感じられたし、生きているみたいに温かかった。しかも、それがチョコチョコ動き回るのだ。
「持ってみる?」
「え! 良いんですか?」
「もちろん。望へのプレゼントだからね」
 私はもうハムスターのかわいらしさにすっかり夢中になっていたから言われるままにハムスターを受け取った。
「うわ! くすぐったい!」
「気に入ってもらえたかな?」
「はい! でも、どこでこれを手に入れたんですか?」
 バーチャルペットは見たことあったけど、部屋で触れるものは初めてだった。
「こんなに良くできたバーチャルペットなんて初めてです」
「違うよ」
「え? バーチャルペットじゃないんですか?」
「そうだよ。これはこの世界で生まれた新しい“生命”なんだ」
「?」
「分かりやすく言えば『新型ウイルス』ってことだよ」
「ええ!!」
 私が大声を上げて驚くと、ハムスターこと新型ウイルスは怯えたように掌から降りようとした。
「し、新型ウイルスだなんて受け取れません!」
「大丈夫だよ。増殖能力は止めてあるし、悪さもしないよ。それに、ウイルス本体はこの研究所内にはないから見付かる心配もないって」
 パックに言われても私はパックに突き返した。
「そうだとしても新型ウイルスなんて受け取れません!」
「さっきまであんなに気に入ってたのに?」
「そ、それは新型ウイルスだなんて知らなかったからで……」
「じゃあ、望はただのバーチャルペットの方が良かったのかな?」
「??」
 私はパックの話が理解できなくてパックを見詰め返した。
 新型ウイルスがどうして生命になるのか分からなかったし、なぜパックが新型ウイルスを持っているのかも理解できなかった。
「……あの、どうして新型ウイルスが『新しい生命』なんですか? バーチャルペットは『新しい生命』じゃないんですか?」
「分からないかな?」
「?」
「まあ、バーチャルペットがなぜ新しい生命じゃないかは後で説明するよ。それより、新型ウイルスは僕が電子空間に移るために作った生命の先行例なんだ」
「え! パックさんが新型ウイルスを作ったんですか!」
「そうだよ。でも、驚くなら生命を作ったという方にしてほしかったな」
「あ……」
 私はパックに残念そうな顔をされてしまって赤くなった。ばつが悪くて穴があったら入りたいくらいだった。
「でも……、電子空間で『生命を作る』なんてホントにできるんですか……? 現実では人工DNAを使って原始的な人工生命ができたってニュースは聞きましたけど」
「もちろんできるさ。
 もっとも、生命の定義にもよるけどね」
「……どういうことですか?」
「望は生命を限定的に考えてるんだろうけど、僕の言う『生命』は肉体や物質に縛られているわけじゃないってことだよ。そんなのは生命の一要素であって、大切なのはそれらから構成される“システム”なんだ」
「?」
「分かりやすく言えば、今の僕たちが身体を持ってなくても生命であるように、同じようなシステムを作ってやればそれが生命ということだよ」
「……?」
 分かったような気もしたけど、やっぱりよく分からなかった。ただ、パックが“生命はシステムである”と主張しているらしいことだけは分かった。
 すると、私を見詰めていたパックが優しい声で言った。
「その様子だとよく分からなかったみたいだね?」
「はい……」
「じゃあ、続きは宿題にしよう」
「え?」
「そろそろミーティングが終わるみたいだし、望にもよく考えてもらいたいからね」
「じゃ、じゃあ……、これ、持って帰ってください」
 私は慌ててまだ掌に乗ったままになっていた新型ウイルスを突きつけた。
 でも、優雅に立ち上がったパックは受け取ろうとしないで私に言った。
「受け取れないよ。それは望へのプレゼントだからね」
「で、でも、勝手に置いてかれたら困ります」
「じゃあ、削除しちゃって構わないよ?」
 私はパックに耳元でささやかれて硬直した。
「『宿題』というのはそれが生命かどうか望なりによく考えること。そして生命じゃなくてただのプログラムだと思うんだったら、削除しちゃって構わないよ」
 言い終わったパックはそっと私から離れると、また魔法のように引き上げてしまった。

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