第五回「夏祭り」 提出作品

アリスのはなし

作 かば

 サトルが木陰のベンチで本を読んでいると、後ろから小さな手が目隠しをした。
「だ〜れだ?」
「アリス」
「すぐに分かるなんて、やっぱり『愛』?」
「いいから手を離してください。本が読めないじゃないですか」
 口調は丁寧でも、はっきり抗議されて、アリスは素直に手を離した。少し驚かせて彼の気を引くつもりだったが、サトルは動じることなく本を読み続けていた。そのため、アリスがトレードマークのツインテールを止めてストレートにしていることやかわいらしい青色のサマードレスを着ていることにも気付いてない様子だった。
 でも、二人の関係は、彼女が彼の起動に立ち会って一目惚れした四年前からずっとこんな感じだったから、アリスは気落ちしたりしないで、ベンチを回り込んだ。そして、熱々の恋人であるかのように、サトルのすぐ隣にくっついて腰を下ろした。
「今日は何読んでるの?」
「三百年くらい前に流行った子供向けの小説です」
「面白い?」
「ええ。アリスも読みますか?」
「いい。それより、私が作った話を聞いてくれる?」
「仕方ないですね」
 アリスに下からのぞき込まれて、サトルは読書を諦めて本を閉じた。彼にとって、アリスは彼を振り回す年の離れた妹のような存在だったが、彼を作った上司が溺愛する娘ということもあって、なかなか強気になれなかった。
 そして、彼が閉じた本を下に置くと、アリスは密着していたサトルから少しだけ離れた。
「その代わり、長い話はダメですよ。昼休みが終わったら仕事なんですから」
「大丈夫、全然長くないから」
 サトルの予想どおり、アリスはとびきりの笑顔で喜んだ。彼女の父親が彼女に求められるままに研究室への出入りを認めてしまうのも理解できるかわいらしさで、サトルは、なぜアリスがここまで自分に好意を寄せるのか改めて不思議に思った。彼は自分をごく平凡な男性型機人と思っていたが、その容姿が彼女の意見を多く取り入れて作られたことを知らなかった。
 アリスは恋する彼の隣に座り直して、今度こそサトルを振り向かせようと意気込んで話し始めた。

 昔々、あるところにサトルという青年が住んでいました。サトルの家はとても広いお屋敷でしたが、住んでいるのはサトルだけで、サトルはいつも寂しく思っていました。
 でも、どうすれば寂しくなくなるか分からなかったサトルは、仏壇にキュウリやトマト、ナスで作ったウシやウマをお供えして、ご先祖様にお願いしました。お盆に野菜で作ったウシやウマをお供えしてお願いすると、そのウシやウマに乗ってやってきたご先祖様が、どうすれば良いか教えてくれるのです。
 サトルのご先祖様は、サトルに「外を見なさい」と教えてくれました。
 ご先祖様にお礼を言って、サトルはすぐにスダレを巻き上げて外を見ました。サトルのお屋敷には広い庭があって、外との境には低い木がたくさん植えてありましたが、ちょうどその外側を、かわいい女の子が歩いていました。女の子は青色のサマードレスを着て、つばの広い麦わら帽子をかぶっていました。
 サトルが急いでその女の子を呼び止めて名前を聞くと、女の子はアリスと答えました。アリスはプールの帰りでした。
 ご先祖様が教えてくれたのはこのかわいいアリスのことに違いないと思ったサトルは、アリスをお屋敷に招待しました。プールの帰りで疲れていたアリスも、サトルが良い人に思えたので、休ませてもらうことにしました。
 サトルはアリスを仏壇のある一番広い部屋に案内して、とっておきのかき氷を出しました。サトルもめったに食べられない、特別なかき氷でした。
 そして、アリスが麦わら帽子を隣に置いて、かき氷を上品に食べ始めたとき、サトルはアリスの髪が少し濡れていることに気付きました。アリスの髪は腰に届くくらい長かったので、一人ではきれいに拭ききれなかったのです。
 いくら夏でも風邪を引いてしまうかもしれないと思ったサトルは、アリスの髪を拭いてあげることにしました。真っ白でふわふわのタオルを出してきて、アリスの邪魔をしないように、後ろからていねいに拭き始めました。
 サトルは女の子の髪を拭くのは初めてでしたが、アリスの髪がとてもきれいなことはすぐに分かりました。ツヤがあって滑らかな髪は流れるようで、サトルは今までこんなきれいな髪を見たことがありませんでした。
 そのため、最後まで拭き終えたとき、サトルはアリスを帰したくなくなっていました。一緒に暮らして、ずっとそばにいて、もっとアリスのことを知りたいと思っていました。そして、ご先祖様が教えてくれたのはこのことなんだと気付きました。
 気が付いたサトルはためらいませんでした。まだかき氷を食べていたアリスを後ろからそっと抱きしめて、「一緒に暮らしてください」と頼みました。アリスが「なぜですか?」と尋ねると、「あなたが好きになったからです。結婚してください」と答えました。
 アリスも優しく髪を拭いてくれたサトルのことが好きになっていたので、サトルに抱きしめられたまま、小さく「うん」とうなずいて答えました。そして、二人はサトルの家で末長く幸せに暮らしました。

「……おしまい」
「ちょっと待ってください。それじゃ誘拐じゃありませんか」
「違うよ。相思相愛だから大丈夫だもん」
「でも、アリスは子供でしょう?」
「子供じゃないってば! もう九才だし、サトルより年上なんだから! それに、パパもママも『良いお話ね』って言ってくれたんだからね!」
「え……? お二人にも話したんですか?」
 サトルは硬直したように動きを止めて、まじまじとアリスを見つめた。アリスに悪気はないのだろうが、彼女に話を聞かされて、内心穏やかではない教授の顔が容易に想像できた。そして、その教授とこのあと仕事で顔を合わせなければならないことを思い出して、サトルは気が重くなった。
 でも、アリスは彼の気持ちなどお構いなしに、甘えるようにサトルに寄りかかった。
「ねえ、今日もサトルの部屋に行って良い? 今日はプールに行って少し疲れちゃった」
「ダメです」
 サトルは小さくため息をついて、丁寧に断った。


“第五回夏祭り”に参加するに当たって、久し振りにアリスとサトルを登場させてみました。
 間がかなり開いてしまったので、今までの作品と雰囲気違うかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。
(11/08/13 制作)

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