心身についての告白

記 かば

ようやく気付いたことについて告白します。
二年前に認めてからも試行錯誤を続け、合わせて二十年以上、人とうまく付き合えるように努めてきましたが、私は自分も含めた人の心が分かりません。
ですが、試行錯誤の中で、理屈や論理に人一倍親しんできました。
また、形式美は理解できるので、美への欲求、出会えた喜び、できていく楽しみ、手に入れたうれしさ、失われた悲しみ、奪われる怒り、壊れていく恐れ、満たされない寂しさも理解できます。
人の心が分からないことは良くないことだと思ってきましたが、これも一つの個性であり、活かし方次第では長所になります。
今後は、人とうまく付き合えるようになろう、人の心が分かるようになろうと無理をするのではなく、長所とできるように活動していきます。
以上、決意を含めて告白します。

2010.1.25

記 かば

 ようやく認めたことについて告白します。
 今まで機会が少なかったり、良い相手がいなかったりしたためだと思っていましたが、私のコミュニケーション能力には致命的な問題があるようです。列記すると、
 ・空気(その場の雰囲気)が読めない
 ・人との距離感が分からない(からタメ口も使えない)
 ・“好き”という感覚・感情が理解できない
 ・微妙なニュアンス(言葉でない言葉や微妙なしぐさ)が分からない
 ・察しが悪い
 ・人の顔をうまく識別できない
というものです。
 認めなければいつまでも不毛なことを続けてしまうと気付き、告白します。

2008.4.10

記 かば

 今まで避けてきた健康面について告白します。
 私は先天性巨大結腸症で手術を受けたため大腸が短く、また、その後腸閉塞で手術を受けたために小腸も短い、短腸症候群という障害を持っています。
 幸い、経管栄養や中心静脈輸液が必要なほどではないため普通に食事を採ることができますが、小腸も大腸も短いためトイレが近いという弊害があり、幼いころから粗相をしてしまうことで悩んできました。
 この悩みは現在でも続いていて、寝る前や環境の大きく変わる旅行などではかなり神経を使います。
 排泄に関することであり、できるだけ隠そう、触れないようにしようとしてきましたが、いつまでも隠すことはできないと気付き、告白します。

2005.6.10