夢のお告げ さとう じゅん 人は科学で解明されない「第六感」を体験することがある。私の体験を2つ書いてみた。 初めは、娘の名前から。結婚して4年目、私たち夫婦に子が授かった。家内は定期検診でも男の子か女の子か医者に確かめようとはしなかった。ただ女の感で女の赤ちゃんだと決めていたらしい。 誕生の前日、私が奇妙な夢を見てその内容を忘れないうちにと家内に話したのは夜が開ける頃だった。夢で男の声が聞こえその声の持ち主と私は、夢の中で問答したのだった。キツネにつままれた感じとはこのことをいうのかと思ったりした。
そうするとその姿の見えない声の持ち主は半紙をさっと取出して敷き、鮮やかな筆さばきで「琴音」と見事な字を書いたのだから、本当にびっくりした。私は寝ている家内を起こして「夢のお告げ」の説明をせずにいられなかった。
生があれば死と真正面に向わなければならない時もある。 96年のクリスマスを控えたある12月の早朝4時に目を覚ました私は、何故かパスポートと国際運転免許証の有効期限の確認をするのである。外国を訪ねる予定が入っている訳ではなかった。 その日の午後5時、会社に20年来の親友クリフォードのパートナーのステイシーの住むサンフランシスコから国際電話が入る。彼女が何も言えない状態を察した私は、彼の死を瞬間で感じ取ることができた。それ以外はない様な感じだった。しかし余りの突然にかける言葉も浮かばないし、ありきたりの会話も意味がなかった。私は背筋が凍る思いにとらわれた。ガタガタ震えながら一旦電話を切った。 どの旅行会社も18時で予約コンピューターがストップするらしく、思うように予約が出来ない。そうかと言って正規運賃で飛ぶような身分でもない。これは無理かなと半分思いつつも2時間電話で探し回って、ようやく1枚の切符を予約することができた。帰宅し、その晩はロウソクを灯し一晩中泣いた。時差を考えると早朝、パスポートを確認した時間後まもなく、親友は脳いっ血で亡くなったのだ。 翌金曜日、新宿の旅行代理店で券を受け取り成田へ。夕方の便に飛び乗ることができた。飛行機は満席で親友クリフォードが席を確保してくれたのかとも思えた。20年も親友でいるといい思い出と同時に失った悲しさが沢山ありすぎるのだ。よく言われることだが「第六感」は近しい関係で極めて顕著に働くようだ。 |