Prof. LUIGI COLANI INTERVIEW
by Jun Sato

「人類は最期に来た種」
ルイジ・コラーニ博士


佐藤:自然界の生物の造形の仕組みを根底から理解したあなたの革新的なデザイン・コンセプトが持つ意味、それが、環境的に致命的な難問をかかえる現在、その未来に対し、極めて有効な選択肢の一つになるのではないかと思う。あなたのストレートな解釈をいただきたいのですが。

LC:私たちを取り巻く環境には、2つの違う性格による問題が起きている。私たちの世界はそれらで満ち溢れています。

日本で起こった地震、ツナミなどは、自然そのものから生まれている現象です。それは極めてノーマルで、それによって人々が、命を失ったりするが、あくまでも自然現象なのです。これは避けることができない。しかし、2つ目の問題というのが、人類が問題を作っているということなのです。

私が幼い頃から、自分を動物のそばに置いてきたし、とても真剣にその生態を学習してきました。陸上の生物の研究だけではなく、ダイバーとしても熟練者で、海に潜って、サメ、イルカ、マンタなどを観察してインスパイアーされました。南太平洋に出かけ海中の世界を探索していたら、悠々と泳ぐ10メートル四方もあるマンタに出会ったことがあります。そのオスのマンタは海上約5メートルまでジャンプしたかと思った次の瞬間、体をお椀を伏せたようにカップ状に丸くして、水面に体を叩きつけたのです。その音でメスに求愛しているのでした。海上に水柱が高くあがりました。あの巨体フォルムからのダイナミックなエネルギーには、ただ圧倒されました。

彼らの水流に対しての抵抗の少ない皮膚表面、ダイナミックなフォルムの理由が分かると、我々人間のやらかしている工業デザインでの取組みが完全に間違った方法に向いていることが分かります。例えば、箱型の大型トラックで30%も余計な燃料を食べ、その排気ガスを大気に撒き散らし、大災害を生じさせている。アラビアに降る雪、北半球にまで影響する熱波、これらの現象は、人類そのものが生み出したのである。

そこで、私たちは変えていかなければならない。犯罪の少ない社会はもちろん、私たちの住む家、地球のことを良く理解していく必用があります。この地球は人間の所有する地球ではない。この惑星のゲストにしか過ぎないことを知るべきです。この惑星に最期の最後にやってきたゲストにしか過ぎないのです。馬鹿げたことをする鳥、はち、トンボ、蝶たちなどいません。彼らは人類よりも先輩なのです。人類は最後に来た種である。我々が来て以降、たくさんの種の先輩たちを殺してきた。現在、多様化している最中なのだ。我々は、自分の住む家を破壊している。何故、そうしつづけているのだろうか?

私は25年前、ことごとく流線形をもつ、クルマや列車、トレーラーのデザインを発表しはじめた。その当時、工業デザイナーで私の考えについてこようとした者はいなかった。彼らはペチャクチャ、ペチャクチャとおしゃべりしているのでした。話だけで、何も行動に起こさなかった。

大型トレーラーを製造しているフォードとも話したし、メルセデスとも話した。彼らとの会話では大気汚染ばかりに話しが絞られ、生物のもつ形、自然の仕組みがはるかに人類の活動よりも優れていることを忘れている。人間は、テクニカルに長けた種である。それが、災いして四角の箱をくっつけたトレーラを造り、我々が常にベストだといっている。それは、ベストではない。何百億年の歴史、時間をかけて、完全なまでの形を自然は造りだしてきた。海の中、空、地上において、見事な形、仕組みが出来ている。

佐藤:成田からフランクフルトへの飛行機の中で、私の左隣に9歳の女の子がお母さんと並んで座っていました。彼女は飛行機に酔い、ほとんど、お母さんの膝に横になっていた。気を紛らしてあげようと女の子がトイレに立った時、私は、話しかけてみた。「なんて言う名前?好きな色は?」彼女は、はにかみながら、「ブルー」と答えた。なるほど白いTシャツに青いイルカのイラスト、空に雲が浮かんでるのサンダルを履いている。次の私の質問は、「どうして、海も空も青い色をしているのかな?」だった。女の子はトイレから戻り、「水があるから」と正解をあてた。つまり密度の差こそあれ、私たちの地球は、水によって循環と並行のバランスがたもたれている。

LC:それは楽観的な発想で非常にいい質問を女の子にしましたね。

佐藤:生き物が地球の海、陸、空の間の空間に住もうと移動するとき、必ず摩擦や空気抵抗が発生します。その生物のカタチをとりいれた現在の輸送器機への取り組みを教えてください。

LC:自然は何百万年もの年月を経ています。その時間の中で「完全」なカタチを形成、獲得してきたのです。サメを見てみましょう。大気に比べ600〜800倍の抵抗を持つ「海中」という環境の中に住むために適応した完全な流線型をもっています。つまり、鳥たちのカタチよりも海中の生物のほうが移動能力において優れているのです。サメは1億5千万年前から、そのカタチを変えていないのです。変わっていないのです。そこで、初めて「このカタチはパーフェクト=完全である」と言えるのです。

私が初めて、革新的な飛行機を作った時、それはサメのカタチをしたものでした。殆どサメなのだが、飛行する為の斜めに大きな翼がついています。その当時は、海中に生きるサメに翼をつけたものが、実際に空を飛ぶことができるのか確かではありませんでした。約2メートルのモデルを作り、最初のは軽量バルサを使用したもの、その次は、翼が動くようにしたファイバーグラス製です。それが、見事に飛んだのです。その飛行する姿は夢をみているようでした。夢の世界のようでした。完全な成功でした。その時、自然のカタチに完全な答えがあるのだと実証によって確信できたのです。次の段階で2つの小さなエンジンをつけました。

それからエアロダイナミクス(空気力学)の研究を始めたのです。自然博物館、あなたが想像することのできる最大の博物館でも見つからない質問の答えが自然の中に存在しています。何千年、そのまた何千年も前の鳥をみてごらんなさい。海の上を何千マイルも横断することのできる鳥たちは、少ないエネルギーで風に乗り、その大気の流れに乗って、上に、下に泳ぎながら、翼を動かすことなく、移動することができます。空気の流れの中を、1時間、時によっては、1日中、一体となってグライド(滑空)しています。ある種の鳥たちは、8日間も地上に降りません。空中で眠る、そんなことが出来るのです。とても早く飛ぶことのできる、あのちいさなツバメが、大きな工場の煙突から出る、熱のこもった空気が渦巻く上空で、何時間も回りながら眠ることができるのです。この例においても、我々の大先輩たちは環境に適応しているのです。

現代の飛行機設計というのは、すべて間違っています。ノーズコーン(機首部)から出ている直線のチューブ状の機体胴体、機体後部、この直線の構造自体がまず正常に機能しないのです。今日、手に入るハイテク材料、カーボンファイバーやファイバーグラスを使うことで、完全な飛行機を作ることが可能です。この提案を20年前に、エアバス社とボーイング社のエンジニアたちに提案しました。しかし、彼らの反応は核心に迫りません。

海に生きる大きな魚やイルカから何故学ぼうとしないのだろうか? 自然をよく観察して、コピーすればいいのです。金儲け主義経済を重視する余り、バカげたデザインばかりしています。そのデザインというのは、燃料を食い散らし、大気汚染を引き起こしていると言えます。

佐藤:あなたは幼少の時、すでに、完全に近い真円をエンピツで描くことができたと、約20年前の記事で読んだ記憶がありますが、その辺の幼少期の様子を紹介してくださいますか?

LC:私は、オモチャを与えてくれない両親を持って幸運だった。当時は、そんな両親を憎らしくも思いました。「オモチャを頂戴よ」って。その代わりにと、両親はファンタスティックな部屋、自分でなんでも作ることが出来る「小さな世界」を与えてくれたのです。そうするようにと強いたのでした。これにより、幼少期から、狂ったように絵を描きはじめたのです。スケッチ、石膏遊び、木、橋、クルマ、家をつくり、そしてそれら自分の作ったものを組み合わせて、町を作ったりすることが自然の成り行きとなっていきました。

私の頭脳、目、筋肉、腕、手と神経がつながって鉛筆を紙に走らせ、描いた線をまた目で確認し、頭脳に伝えるという創造と思考のサークルの回路が徐々に形成されてていきました。それは完全なサークル(円)で角や近道や寄り道がありません。この思考回路が私の手を通して完全な円を幼少時に描くのを可能にしたと考えています。10歳の頃でしたが、もうすでに、自分が履く靴を作っていました。しかも、運動靴にスパイクをつけたものです。10歳ですよ。針をつかって手縫いで足にフィットする皮製のスパイク靴を作ったのです。美しい色も付けました。その15年後、25歳になった頃は、すでにパリのファッション会社で一番の靴のデザインをしていました。私は絵も描くことができるし、それを元にして作りあげることができたのです。

佐藤:その頃ですか?DIOR社の仕事を始めたのは?

LC:DIOR、JOURDAN、COCO CHANEL、リチー…と殆どのファッション業界につくりました。ここで、おかしな話しをしましょうか。その当時、私はエアロダイナミクスの勉強をパリにあるソルボンヌ大学でしていました。学生をしながら、若い飛行機エンジニアとしても働いていました。フランスの航空機会社ダッツセルで。ある日、社長がきて私に、「コラーニ、おまえは若くして、アイデアの塊だから相談したいのだが、我々の飛行機の問題にアイデアをくれないか?ご婦人のヒールのカカトと飛行機の床に不具合があるのだ、予算をやるから、飛行機の床材を研究してくれないか」と。当時の婦人が履いていた靴のカカトは細かったのです。

懸命に材料探しをしてもいいものがありません。そこで「靴」のデザインを見直すことをしたのです。大きなカカト、女性の靴に大きなブロック状のものを付けたのはこの私なのです。若い航空機技師だった私が、靴を発明したのでした。DIORの靴のデザイナー、ロジェー・デュビィエーに提案したところ、「DIORの靴のディレクターとしてこないか」と誘いを受けました。「もう私は、退職するから、すぐに来なさい」と言うのです。「私は、アイデアを出したが、航空機産業に行く、靴のデザイナーじゃないんだ」「すばらしい手持ちの靴を全部買うから」と諭され、3、4年間、飛行機から離れることになりました。フランスのファッション業界のものは殆ど手がけました。3年後、GOLDEN SHOES賞をもらいました。それを期に、再び航空機の世界に戻ったのです。この経験は、仕事を確立していく中で重要なものとなっていきました。

佐藤:次に、お聞きしたいのは、有り余るほどのアイデアと技術をあなたにもたらした何かがきっとあると思います。ご両親が、幼いあなたに、既成のオモチャを与えなかったかわりに工作できる部屋と材料を与えたことだけで、あなたの想像力と活力が生まれてくるとは思えません。私は自宅にある、高校生の時に使った英語の辞書をパラパラとめくっていたとき、COLANIという外套についての意味がでているのを見つけました。あれは、何か関係あるのでしょうか?コラーニ家について説明していただけますか?

LC:もちろんですよ。とても面白い話しがあります。私はスイスでは有名な家系の子孫にあたり、おばの弟がいます。ジアン・マシーェ・コラーニといいますがスイスのロビンフッドと呼ばれています。彼は大富豪からお金を盗んでは、10%を自分の懐に入れ、残りはスイスの山奥に住んでいる貧しい人たちに分け与えていました。スイスの山岳はとても険しく、そこに住んでいる人たちはとても貧しい生活をしています。

ジアンはまた有名なデザイナーでもありました。自力で美しいショットガンを作るという腕にも長けた男でした。本がでていますよ。KING OF BERNINAという。バニナーというのは山を熟知した男という意味です。その銃で鹿を捕り、その肉を山に住む民に分け与える、ロビンフッドだったのです。今のが私の家系の背景で、マデュラインという村には、現在でも、コラーニ・ホテルやコラーニ・バー、コラーニ・レストランという形で残っているほどです。

世界大戦の前ですが、私の父親も工作、技術、知性においても非常に優れた人で、スイスには映画産業が無かったのでベルリンに行き、映画産業に従事し、監督になりました。そこで母と合って結婚したのです。私はベルリンの出身です。

コラーニ家に伝わる「創造性」を知ることのできるもう一つのエピソードにこんなのがあります。18世紀の頃、ドイツ帝国陸軍の制服のデザインをしました。ウイリアム皇帝時代ですが、同時に英国陸軍の制服のデザインもコラーニ家が関わっています。ドイツ帝国海軍の制服(1805)がすでにコラーニという呼び方をしていました。冷たく厳しい気象条件、北風が吹き荒れる海上での勤務には、大きな襟足、ポケット、2列に並んだ、ボタン留めが備わった、暖かな外套が必要でした。この名称、コラーニが現在でも、コラーニ・ネイビー・ジャケットとして使われているんですよ。帝国時代、ヒットラー時代、ナチ海軍、というドイツの軍の歴史を通してコラーニ(制服)は続いてきました。現在でもコラーニの名前で呼ばれています。"9 o'clock on board with Colani" 「9時にコラーニ(外套)を着て乗船せよ」そうマニュアルに書かれているのです。

もっと面白いのは、帝王がとてもその海軍の制服を気に入って、寒い宮殿の中でも着てみたいと思ったのです。そこで、コラーニ家に、もっと薄い生地を使い、もう少し丈をつめて、襟を小さくし、エレガントな宮殿でも着られるものをつくってほしいと依頼がきました。そのコラーニ家の発明が、今日なお続いている「ブレザー」なのです。18世紀のことですよ。ドイツ皇帝は大変気に入り、一日中、そのブレザーを着ていました。ジーンズよりも長い歴史があるのです。ファッションにおいても、これほど長い年月、同じ名称で呼ばれ、使用されているものは他にありません。これらは、コラーニ家に150年〜200年近くも伝わる歴史遺産です。家系はとても創造力に富んでいたのです。

役者として、はるばる南アメリカから旅をしていたおじいさんもいますよ。ロシア皇帝の夏の御用邸で謁見を受けた者もいます。ですから、私の個性は、何の不思議でもないはずで、これは私にとって極めて普通にしていることなのです。私は、幼少から手や指を使って仕事を続けてきたし、それはアーティストとしての醍醐味でもあります。母は私がアート高校で学ぶようにもしてくれました。しかし、アート高校で学ぶことは余りありませんでしたよ。既に、先生と肩を並べるほどでしたから。

2年後、そこにいることが出来なくなって、「お母さん、ご免なさい。学校では学ぶことがもうないからやめるよ!」「僕は、クルマのデザインを本格的にやりやいんだ」「OKAY!どこで学ぶつもりなのかい?」「ヨーロッパでエアロダイナミクスを学べるのは唯一、ソルボンヌしかないんだよ、お母さん。」と退学。

在学中にフランスの航空機会社に「新素材」という論文を書きました。それは、ファイバーグラスについてです。1953年のことです。卒業後、アメリカから2人の紳士が来ました。「あなたが航空機にファイバーグラスを提案した若者なのか?それじゃ、アメリカに来なさい」といわれ、サンタモニカにあるダグラス社に行き、そこで新素材部門の責任者になりました。そこで、一年間、新素材を用いた航空機の実験に関わりました。その当時の飛行機はアルミニウム製でしたから世界初の発明で、機首、主翼と機体の付け根、後部の絞りこみをファイバーグラスでというのは画期的でした。

そのあとヨーロッパに戻り、1954年にフランスで初めて、SIAMM社にファイバーグラスの車を作りました。この素材は、私にとって、空気抵抗の少ない曲面を取り入れたデザインをどんどん可能にしていったのです。私は、自然からデザインを盗み、模写し、コピーしていきました。

特別な秘密を君に教えてあげよう。私は、自然の形を翻訳しているに過ぎない。私のデザインはまだ自然の一部までなっていない。頭脳を使って、いや使ってというよりも、自然に寄りかかって、その英知を翻訳していきたい。それができたら私は満足だ。私の成功はそこにあるのです。自然の英知の美しさ極まるカタチの翻訳ということで、自然は馬鹿げた著作権とか要求してきません。サメや鳥、競走馬に(C)COPY RIGHT. ALL RIGHTS RESERVED.なんていうことは書いてありません。

私はその美しさにただ唖然とし、感動し続けているのです。たった33センチの大きさの鳥は280kmで飛行可能で、それはフェラーリよりもはるかに速く移動できるのですよ。想像してごらん、どうやったらそんなことができるのかと?それを備えたカタチが理解できると、あなたにできるのは感動に包まれて泣くことだけです。こんな深い哲学はないのです。

私はキリスト教徒ではありませんが、自然に対し、真摯に宗教的な生き方をしています。自然を見るときは、祈ります。自然を搾取して自分たちの管理下に置き、踏みつけ、支配するという西欧の一般的な考え方や宗教には賛成できません。むしろ仏教、神道は自然に近い考え方をしています。私のデザインが、日本で極めて早い時間で受け入れられていったことが理解できます。

佐藤:東洋では実に上手に、文化の根底に自然崇拝があります。文字や建築、服装、生活様式などありとあらゆる面で自然との繋がりを確認することが出来ます。コラーニさんの卓越したアートと科学と融合し、一体化させた造形は、女性的な曲面フォルムを持ちながらも、内部には男性的に雄弁に語るコンセプトが明かに見えてきます。そして、それにはコラーニと刻印が押されているような独立した作品ばかりです。その優れたアイデアとセンスに私は20年以上、魅了されてきました。

LC:私が他のデザイナーと根本的に異なるのは、常に、3D(縦、横、高さ)の立体で思考していくことだ。それは私の頭脳の引出しに整理されてあり、石膏を使って、そのイメージを100%表現することが可能である。人の顔から、女性の体、色づけ、何でもパーフェクトにこなし、顧客を満足させることができる。頭に描いたカタチを実際に造形していく前に、とても大切なことがある。美術学校の殆どで行われている、自分の手を使用しない論理的な解説、討論、学習は意味をなさない。彼らの思考回路はつながっていないのだ。私はこのエネルギーの流れを50年以上繰り返し、続けてきた。これはすべてのデザイナーに必要な思考の流れなのだが。その回路ができ、その次に熟慮思考のプロセスが必要になる。

私が若い頃、大学で教授から分からない質問を受けたが、あれは完全に論理の世界である。その時、私は「ツバメをみてみなさい」といつも心の中で、言ってきました。大きな窓ガラスに映った空にぶつかって死んだツバメを家に持ち帰って観察すると、ただただその美しさ、速さ、静かさ、エネルギー効率に圧倒される。人間がこの短い時間の中で作り上げた、もっともらしい公式、常識の愚かさよ!それが私の多くの疑問を紐解いていく泉となっています。

佐藤:20年前に提案されたスピード自転車について、現在はどうなっていますか?また将来、自転車の活用法についてアイデアを聞かせてください。

LC:人間の力で移動するという点で、未来の自転車は、何人かの個人によって、開発されています。寝た格好で乗るタイプなどは、良い考えなのだが、私の既に開発した自転車は、人の筋力パワーだけで軽く100kmで走ることができる。レーサーはそれなりに鍛え上げられた人である必要がありますが。

佐藤:普通のスポーツバイクに慣れた人が乗ると65−70kmぐらいのスピードがでますよね。

LC:自転車のプロファイルに流線型を採用したもので、どんな相手にも、なんの問題も無く、勝つ自信があります。私がチームを組んでツール・ド・フランスに出たら、完全に優勝できます。空気抵抗を考慮していない現代の自転車に問題があるのです。最近は空気抵抗を軽減しようと、ヘルメットに工夫が見られますが、あんなものでは、ダメです。自転車、それに乗る選手全体で空気抵抗を考え、魚のような、流線型にすることが必要です。

企業に関わっている人たちが、現代という環境的重要性を、認識できたなら、もうとっくに存在していて当り前なのです。企業は、金儲け主義のデザインしか消費者に提供していないのだ。消費者を完全にバカにしている。企業のみならず、現在の我々の英知を50年前と比較すると、今日の方が、愚かに振る舞っていることが分かる。それを、ハッキリというと、世界の各地域で、アメリカの真似ばかりを始めたからである。アメリカ人は世界で一番知性が無い連中だ。文明化したと言われる白人社会が最も愚かなことばかり、やらかしているといえる。これは、大変重要な事実で、忘れてはいけない。最後の知性を更に、下げようとしているのだ。中国人、日本人ははるかに、白人文化の及ばない高さにある。それで、私はアジアに行こうと決めたのだ。アジア人の価値観ほど、白人文化が真似しなければならない。知性、共同の意識のレベルが根本的に異なるのです。アメリカ人の愚かさの説明には大変な手間が必要だ。

アジアの学校で優秀な成績を収めている学生が、アメリカの大学に留学したら、間違い無く、トップクラスにランクされるのを知っています。余り成績の良くない中国の学生をアメリカに連れていったら、めきめき成果をあげていきます。

ヨーロッパでも、どちらに向かおうかと方向を定めかねている企業がいるが、それがアメリカであってはならない。アジア、我々とつながる大陸であるべきだ。ソビエトやインドの若者を教育すると、アメリカの学生よりはるかに賢くなるだろう。アメリカではすべてが金銭の対象にしかなっていないのだ。その考え方が、文化までも侵食して蝕んでいるのだ。

佐藤:大量生産方式を開発した現代の象徴の自動車、その「ヘンリー・フォード物語」に、鳥肌が立つような恐ろしい記述があります。「消費者は愚か者だから、テレビでどんどん宣伝し、購買するように洗脳できる。そして、それにより莫大な富を独占できるのだ。」とはっきりと50年代の手記に残しているのを、見て身の毛が逆立つのを覚えた。アメリカの競争社会のバイタリティーだけは凄いと思うが、彼らの社会構造全体を見ると、取り返しのつかない地点までに来ていると疑う余地はない。

LC:その通りだ。人々はテレビに影響されすぎている。次の時代に政府が必ず直面する大きな問題とは、若者が仕事しなくなるということである。彼らはいつも常に「逃避」を考えている。仕事は何でもよくて、休暇、一番中踊りあかしたり、酒を飲んでばかりいたりで、人生とか、その意味とか、普通の生活とか、未来とか何も考えたりしないのだ。まもなく、政府は若者がその国の為になるような強制をするようになる。これは中国や日本政府の話しではない。ヨーロッパでは、若者が何とか職業に就くようにと考えるようになった。しかし、大変な困難さがある。

働こう!と考えているのは知性がある人間たちだ。1時間の残業を喜んで引き受ける若者を見つけることが難しくなってきている。若者にパワーがなくなって、遊ぶことばかりを考えている。お金がどこからくるのかなんて考える奴などいない。母親のサイフからお金を盗み、犯罪に手を染めていく。現代の白人社会の若者たちの立ち振る舞いは、「恐怖のショー」に他ならない。数日前にベルリンで「ラヴ・パレード」があった。150万人のドイツの若者たちが24時間、大広場で歌い踊り狂った。ニタニタと笑い、踊ったあとに400トンのダンボール箱やビール瓶を投げ散らかして、去っていった。彼らに仕事をするという感覚は無いのだ。白人社会の工業は縮小し、その結果としての製品の質も低下している。未来に対し何もしないという態度そのものが大問題なのだ。

佐藤:白人社会のドイツに来て、コラーニさんを目の前に失礼ですが、今、お話された分析の見解は、まったく正しいと思います。

LC:70年生きているとハッキリと断言できるのです。

佐藤:あなたは自然と人間の間に自分を据え、時代の軸の中で若者の問題を正しく指摘された。コラーニさんの言われた様に本音で話してくれる人は少ないです。

LC:私にとっても、いい未来を共に模索していく若者を見つけるのが難しくなってきています。しかし、私がデザインを教えている上海の大学に到着するなり、中国の学生たちは、涙をためて、「コラーニ先生!」と駈け寄ってきて、すぐに仕事を始めたいというのです。学習、仕事、未来に対しての取り組みの根本に大きく、決定的な違いがアジアには存在するのです。中国の若者に現在すぐやる職業が少ないが、彼らは未来に賭ける意気込みがあるのです。ヨーロッパの若者は未来など考えもしない。休暇という名の自国からの逃亡、遊び、その根底は「現実からの逃避、仕事からの逃避、責任からの逃避」なのです。そして休暇から戻ったら、次の休暇のプランを考えるという馬鹿げた思考しかできないのです。

佐藤:問題を解決しないと、いつまでも身の回りについて回る、堂々巡りのループの世界だけですよ。

LC:「興味がない、気力が無い、楽観的に振舞えない」これらが白人社会のアメリカ・ヨーロッパに起きていることなのです。ちょっと、話しこみ過ぎたかな。

佐藤:いえいえ、大変良く分かります。次の話題に移りましょうか。お話をざっと、伺っただけでも、かなりの種類のプロジェクトを手を抜くことなく、平行して柔軟にこなしていらっしゃいます。日本のマジメなビジネスマンにも参考になると思うので、是非、その時間管理の秘訣について教えてくださいますか。

LC:タイムマネージメント?面白い質問をしてくれた。それが簡単でないのはよく分かるでしょう。問題解決をしようとする時の私の頭脳、思考回路はとても素早い。しかしここまでの積み重ねに膨大な時間を当ててきた。自分で、普通の方法によらない方法を作ったのです。

例えば、我々は世界の問題に一番速く着手することのできるスーパーチームだ。例えばクルマという命題が与えられたなら、3か月以内に最高のものを市販し、道路に送り出すことができる。たったの90日間だよ。スイスとフランスにエキスパートを集めたスタジオがあるから。それでも、その90日の間に私は懸かりっきりでなく、他の仕事をする時間も充分にある。記事を書いたり、本を読んだり、リラックスしたりする時間は充分にある。

私はトコトン、真剣につめていくタイプの人間だ。アルコールは一滴も口にしたことがない、それは頭脳を破壊するからだ。一日中、働くから夕方8時には寝るし、朝5時には起きている。それから3時間かけて、頭脳を鍛える。一日にこなさなければならない要素の洗い出し、順番の予定を組んでいく。若者がスタジオに着く頃には、彼らへのメモが細かくそこらに貼り付けてあり、的確な指示をしていきます。計画性は大切である。それでも、人と合うときには神経質にはならない。私のチームはいつも笑顔に輝いているんだ。潤滑油の風呂に入っているように、トランスミッションのような円滑さ、柔軟性、そして友情を持って仕事をしている。これが秘密です。私のところにいる若者は、身を投げ出すように、一生懸命、ベストな状態で仕事に応えてくれるのです。だから、同時進行で並行しながら、さまざまな製品を、短時間に素早く生み出すことができるのです。

佐藤:大変お忙しいスケジュールを精力的に何十年もこなされていますが、ご家族のからの協力は欠かせないでしょう。その点ではいかがですか?

LC:私は長い間、サビーナーと結婚しています。チャームなワイフです。20歳になる息子は、ドイツ政府の学生アイデアコンテストでも優勝した、数学好きの息子です。その息子も時間がある時にはスタジオに顔を出し、チームの一員として手伝います。

佐藤:今制作中のVIPERのパワーアップバージョンのMAMBAについて紹介していただけますか?

LC:私はエアロダイナミクスが専門だから、速く、効率的に移動する手段を熱心に探求してきました。自動車、飛行機など。現在は大型旅客機を製造できる金持ちではないが、車ならいろいろな提案ができる。いつも、動物をみて、速いスピードで走れると信じてきた。そして自分の可能性を試していったのである。1950年代にレーシングカーのウイングを逆にひっくり返した方が、ダウンフォース(下降気流)が得られることを証明した。

これは、ドイツで3週間前にドイツで発売されたものです。VIPERはとてもパワフルなエンジンを積んでいますが、エアロダイナミクス的には使い物にならない代物でフロント部、後部ウイング、サイドスリップを空気抵抗に見合ったフォルムに作り変えました。

この改造の成功に飽き足らず、私はもっと踏み込んで、2ヶ月前から、VIPERのシャシー(車体の骨組み)を使ってもっと速い車を作っています。それがVIPER(がらがら蛇)よりも毒性のある蛇MAMBAです。アメリカ製エンジンを使用し、ドイツでブーストチューンを加え、1000馬力、400km仕様の公道で走れる車検をパスするスーパー・スポーツカーを目指しています。

デンマークにあるロータス(スポーツカー・メーカー)にアルミシャシーを供給している会社のエンジニアとも打合せしていますが、アルミ使用によって、ざっと300kgの軽量化が出来ます。9年前、アメリカ、ソルトレイクでのフェラーリの空力改造車で350km以上のスピード記録を持っていますからね。

佐藤:フロントノーズを傾斜させた運転席を持つトラックについて説明してください。

LC:25年前、オイルショックがありましたね。ドイツでは、政府が許可したもの以外で自家用車運転が出来ないような規制が敷かれました。その時から私は、経済と車の関係を見つめてきました。特に注目したのは、大型トレーラーです。環境について見ると、道路上の犯罪者はトレーラーです。四角い箱で、走るときに風に抵抗し、フロントから四角い空気の塊を押し出し、真っ黒な排ガスをモクモクと吐き出している。

それでは、25年前以上に私が作った縮小モデルを見せてあげましょう。運転席が低い位置にあるから、衝突時の安全対策も充分考えて、運転席キャビンが上に跳ね上がる仕組みまでついています。しかし、どの会社も私の提案に興味を示さなかった。だから自分の資金を投資し、4タイプのトラックをつくりました。しかし、遂に1ヶ月前にスイスに私の会社のトレーラー製造部門を立ち上げ、現在、最初のプロト10台を製造中で顧客も決まっています。今週、ニュルブルックリンで開かれるトレーラーのレースではメルセデスを押さえ優勝できるでしょう。

佐藤:数年後に再び訪れるとされる石油資源の枯渇に対し有効な一手段であるがデータ的にはどんな利点がありますか?

LC:現在の私は、幸運なことに経済的にも充実していて、流線型の輸送方法の製造が出来る状態になった。アメリカ大陸にこのトレーラーを持って行き、33000km走行後、データー分析したところ、30%の燃料削減ができた。但し、エンジンには何も手を加えてはいませんよ。流線型を取り入れたトラックは、そんなパワフルなエンジンを必要としないのです。エンジンにも手を加えたら30−35%の燃料削減は簡単にできるでしょう。日本のトラック会社でテストしたいところがあったら、テスト車両を提供しますよ。

近い将来、資源が枯渇すると、すぐさま、全ての石油使用が厳しく制限され、人々はエアロダイナミクスを嫌がおうにも見直す時となる。その時になるまで人々は気づかないのだ。あと50年後には、石油は完全に使えなくなってしまうのだ。その時、自家用車なんてものは存在しない。流線型をした超軽量のマシーンに高性能のハイブリッドエンジンの移動手段が考えられる。

佐藤:そこの壁に貼ってある軽飛行機について説明してください。

LC:戦後アメリカでは小さな飛行機を製造する会社が現れました。しかし、その形は辛うじて飛んでいるという貧弱でエンジニアリングなどとは呼べないものだ。10−15年前にこの2人乗りの軽量飛行機を開発し、すぐさま成功を収め、「空のポルシェ」と呼ばれるようになった。私に設計を依頼した会社は、あくまでドイツ国内での製造を主張し、その結果、価格が高くなったのでその契約は停止中。デザイン権は私が持っているのでルーマニアーやポーランドや中国での再生産を考えているところだ。小さな量産に対応できる会社を希望しており、中国での選択肢も有力候補の一つである。私が個人所有するのものにはミツビシ製エンジンを積んでいます。スイスにある私の倉庫にはこんなアイデアが保管してありますよ。

佐藤:人体をモデルにした未来エコ都市「CITY OF TOMORROW」については?

LC:このアイデアは83年に日本で生まれました。私の頭脳からキノコのようにモクモクと湧いてくるアイデアが統合的に都市デザインとなったものです。人間が横たわって、リラックスした姿勢を描いています。柔らかな絹に包まれたような夢のような感じがする都市デザインなのです。人が横たわり、肺は呼吸する公園、発電所(心臓)は公園の中に、腕は交通路、頭脳は政府、足は情報ビルと人の内臓器のもつそれぞれの役割を都市機能に翻訳したものです。アメリカと東洋の医者の考え方には大きな違いがあります。

中国政府からこのバイオ都市のデザインを持って来てくれとの依頼を受け、上海でのヤンスィシーキャン(揚子江)の三角州地帯10km x 5kmでのリサーチが始まっているのです。吹き出してしまうほど面白いんです。中国の医学者たちも、「狂気にも似た素晴らしいアイデアだ」と評価しています。そしてここが将来、アジアのシリコンバレー的な役割を果たすようになるでしょう。50メートルある模型も制作中です。太陽電池、風力発電、250メートル地下の温度を変換し冷暖房に使います。この都市のための特別な石油エネルギーなどは要らないのです。

中国はその膨大な歴史の中で、いち早く都市という概念を築きました、2000年前の秦です。四辺の中央に門があって、整然と縦横に通りが配されたものでした。中国共産党首脳とその歴史を踏まえての新しい都市の概念について話し合いを開始したところなのです。ションミン島にこのバイオシティーを横たえ、片方の腕には船用の桟橋が、もう一方の腕には飛行場が出来ます。世界中の研究者たちが集まり、未来についての研究がなされるようになるでしょう。

佐藤:3日間に渡り、インタビューのみならず貴重な写真や資料など提供して頂き、感謝いたします。上海の「人間都市プロジェクト」に大いに期待しています。

LC:これが実現すると、私の生涯の作品の中で、もっとも人類の社会生活に貢献するものとなるでしょう。ありがとう!又会いましょう。

7/17/1999
Special thanks to Prof. Luigi Colani and Luigi Colani Design, Germany
(C) Jun Sato for Kanryu Project

home